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フレイヤ・マッキノンと平穏な日々


フレイヤ・マッキノンは賢者の石を知らない
ベッドの上でハリーポッターを読んでいた俺は、気が付いたら滅ぼされたはずのマッキノン家の忘れられた最後の生き残り、フレイヤ・マッキノンになっていた。日本の漫画の世界に転生したと勘違いした俺は魔法でドラゴンボールの技を再現することにばかり気を取られ、イギリスに転生した意味を忘れていたのだった。
感想等はこちらまで

フレイヤ・マッキノンは賢者の石を知らない

第一話[ひとつ先]
「行け!ネビル!やっちまえ!よしっよっし!キター!ナギニ、お辞儀の人ざまあwww」

俺はベッドに寝そべりながら読みまくってボロボロになった「死の秘宝(下)」を傍らに置く。
目を閉じればありありと小説のシーンが浮かぶ。俺はどっちかというと映画版は好きじゃない。なんか自分の妄想とキャラクターが違いすぎると見たくなくなるんだよねー。スネイプ先生は花丸だけどムーディー先生てめーはダメだ。

パタンと本を閉じ、ベッドから手を延ばして本棚に「死の秘宝」を仕舞おうとする俺。次はドラゴンボールだなと考えていた俺の手からハリーポッター最終刊が滑り落ちた。
「やばっ!」と落ちていく本を取ろうとした俺はベッドから落ちた。




ボフッと鈍い音を鳴らし俺はベッドの上に落ちる。

「?ベッド?」

俺はベッドから落ちた。けどベッドに落ちる?おかしくね?
辺りをキョロキョロ見渡すが…

「何処だよここ…」

さっきまでいたはずの俺の部屋は消え去り、俺は埃っぽいぼろい部屋に居た。

「…いや、ないない。無いわー」

とりあえずほっぺをつねる俺。俺のほっぺって案外モチモチなのな。知らんかったわー
「いひゃい」

はい、痛覚の存在を確認。
俺はベッドから降りた。床板が軋む。

「っていうか視線低くね?手小さくね?」

じっと手を見る俺は顔とか触ってみる。

「縮んどる…」

知らない天井で縮んでて…

「1.これはリアルな夢である
2.黒の組織の取引に巻き込まれようわからん薬で縮んだ
3.スタンド攻撃を受けた
4.転生物の世界に飛ばされた
5.高度などっきりである
6.そもそも俺という存在はこの身体の子供の妄想である」

…わけがわからないよ助けてドラえもーん。

「とにかくここがどこだか知らんが俺は家にかえる!E.T.みたいに「おうちかえる」してやるぞー!」

とりあえず現在地の確認と移動手段の確保だな。とりあえず誰かに見つから無いようにここから逃げなければ。

こちらスネーク。ミッションを開始する。
決意を固めた時、急にドアが開き、貧相な格好のガキが現れた。

ガキはこちらを見ているようだが大丈夫だ。メタルギアの警備の目は節穴だ。俺は冷静に本棚の陰に隠れる。

「…何してんだ?」
駄目でした。

ガキに連れられ階段を下りる俺。下の階は広めの部屋になってて食器とかが並べられた長テーブルが二つ。そこに十数人のガキが座ってナイフとフォークをカチャカチャさせている。フロアには数人の大人がいて、シチュー的なのが入った鍋を載せたカートを引いたり、席を立とうとする子供を留めようとしていた。
「…なんぞこれ」

呆気に取られる俺と俺の手を引くガキに白髪の苦労人っぽいお婆さんが近づいてきた。

「あら、ダン。フレイを連れて来てくれたのね。フレイ、時間は守らなくちゃいけないわよ?」

お婆さんの話によるとガキはダン。俺はフレイと言うらしい。

「前向きに検討致します。」

「どこでそんな言葉を覚えたの?まあ良いわ。座りなさい。」

「はあ…」

よくわからん内に座らされる俺。ダン少年は隣だ。どうやら今から飯らしい。手も洗わずに飯を食うのか?日本人の俺には理解出来ませんな。

俺はお婆さんに声をかける。
「コマンダー!飯の前に手洗いとうがいをする許可を下さい。」

お婆さんは珍しいものを見るような目をして
「ええ、そこを出て左よ軍曹。2分以内に済ませなさい。」

こやつ…出来る!
「Sir,yes.Sir!」

トコトコとトイレに駆ける俺。キュッと蛇口を捻り、軽く手を水洗いし、石鹸を取ろうと上を見た俺の前には外人の女の子が居た。激しく動揺する俺。目の前の子は石鹸を握っていた。

「…なんだ鏡か。」

手洗いうがいを済ませ、逃げるように席に着く。 ちょうどいただきますの時だったのか、なんか皆お祈りしていたから空気の読める俺もそうする。主がどうのこうの言っていたが俺はそれどころじゃない。

「本を落としたと思ったらブロンド外人幼女になっていた。超スピードだとかそんなちゃちなもんじゃねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。」

内心テンパりまくりの俺はスプーンを落としてしまう。するりと落ちていくスプーンにぞわりと背筋が寒くなる。本を落としたシーンがダブる。これを落としたらもう家に帰れないような気がする。絶対に駄目だ。手を伸ばしても届かない。周りから音が消える。俺は思わず呟いた。

「止まれ。」

俺を嘲笑うかのように落ちて行くスプーンは急に大人しい子犬のように空中に静止する。スプーンの下に手を差し出した瞬間、スプーンは思い出したように落下を再開し、俺の手に収まった。

「…なんじゃこりゃ?」

俺はじっとスプーンを見つめる。不意に俺は視線を感じ目を上げるとダン少年も驚いた顔をしていた。少年と目が合う。

「…見た?」

少年は一瞬見てはいけないものを見たような顔をしたがゆっくり頷く。

「スプーン…止まってた?よな?」
少年は目を見開いたままこくこくと頷く。

「手品?超能力?どう思う?」

「わかんない。」

「…俺も分からん。」

気まずい空気が流れる。

「ダンよ…飯食って忘れよう」

「…そうだね」

具の少ないシチューはなんとも微妙な味だった。


おっすオラ、フレイ。本名はフレイヤ・なんたらかんたら・まきの。何故か日本人っぽい名前が入ってる多分イギリス人の11才。今やこのょぅι¨ょの身体にも慣れた。あの本の日から結構経ったのだな…。現在地はイギリス。1991年でまだインターネットは無い。2ちゃんもない。っていうか日本の俺は存在してるのか?存在してたら6才か?そこらへんはよくわからん。調べてない。

俺の居た所は孤児院で、あれから仲良くなったダンやその他はもう引き取られ、もういない。別れる時、ダンの野郎は泣いてやがったから幼女っぽくほっぺにチューして「強くなれ」って言ったら泣き止んで頷いた。引き取られた先でもよろしくやってくれるだろう。

今の俺は期せずしてバイリンガルになったので、出版社で翻訳の手伝いをしている。年齢上給料は払えないので、その分孤児院に寄附して貰っている。将来雇ってもらおうかな?
今はドラゴンボールとか漫画を訳してるけど擬音とか難しい。俺の感性はどっちかって言うと日本人なので訳した後擦り合わせるのに苦労する。まあ、そんなこんなで出版社の皆には可愛がって貰ってるし、たまに日本人のビジネスマンが来たときはリーマンのたどたどしい英語をからかった後、懐から出した「翻訳こんにゃく(笑)」を食べて通訳するのが俺の持ちネタになっている。

イギリスで日本語が通じるのがうれしいのかリーマン達はゲーム機やら醤油やら扇子やらいろいろくれた。アメリカに行くというIBMのリーマンに、手紙とこつこつ貯めた金300ドル分をゲイツに届けて貰ったら、手書きの株券とひたすら感謝の書かれた長い手紙が届いた。ふふふせいぜい頑張ってゲイツ帝国を築くがよい。そんなこんなで俺はやたらとませた何故か日本語を読み書き出来る天才幼女として活躍していた。表向きは。

では俺の裏の顔とは?

あのスプーン事件から、俺にはどうやら気を使う才能があると気づき、日夜鍛練してきた。それでは修業の成果を見せようではないか。

夜、俺は孤児院を抜けだし、裏山にやって来ている。
精神を統一し、深呼吸をする。俺は自作の亀仙流の胴着を着て。
「か〜め〜は〜め〜…波ぁー!」

突き出した両手から輝く波動が放たれ、目の前の岩盤に2メートルのクレータを穿つ。

「おおおお!気円斬!」

上に伸ばした手から輝く円盤が現れ、投げ付けた木を切り裂き、消失する。

「舞空術!」

体が浮き上がり、木々の上まで上がった所で単車ぐらいの速度で飛び、一周して戻ってくる。

「ー!しんど!まだまだ鍛え方が足りないな。気円斬と舞空術は特に。後はまあ、あの技は夜には使えないし…よし、最後に…!?!」

俺は不意に後ろに気配を感じ振り返る。ヤバイこの気配、俺より遥かに強い!振り返ったはいいものの、俺は動けない。しかし、動揺は禁物だ。いざとなったらアレがある。冷静になれ。


「…。」

風に茂みが揺れ、木の向こうの人影が動いた。

「太陽拳!」

俺を中心に閃光が辺りを照らす。額に指を当て瞬間移動する直前、俺は確かに茂みから人影が飛び出すのを見た。

シュン!と言う音とともに部屋に戻ってきた俺はすぐに気配を消す。
「ヤバイ。あれはヤバイ。フリーザ様かあれは。」

あの人影…殺気すらなく存在感だけで俺を釘付けにしやがった。俺は気の放出は上手く無いが、何故か瞬間移動だけは一人前に出来る。気分的なものだが瞬間移動はめちゃくちゃ速い舞空術って感じで爽快だ。癖になる。悟空がよく使うのも分かる。
ここはあの山からそんなに離れていないけれど、瞬間移動ならば分からないだろうし今は気配も消している。大、丈…夫

気を使い果たした俺はポスンと昔より良くなったベッドに倒れ込んだ。


「う…んっ」

カーテンの隙間から光が射す。眩しくて目を反らした俺はもう一眠りと思うがそうはいかない。出版社の手伝いに行かなくちゃならん。

眠い目を擦った俺はぼーっと昨晩のことを思い出す。そういえばベッドに倒れ込んだんだったな。でも…

「あれ?なんで布団着てんの?ちゃんと寝間着に着替えてるし。」


「お目ざめかね?」

「ほえ?」

ふとみると部屋の扉の前に長い髭、魔法使いっぽいローブと帽子、半月型の眼鏡から優しい目をした背の高いお爺さんが立っていた。暖かい雰囲気をしているが芯は強い。この気配は…

「すいませんすいません昨晩はほんの出来心で貴方様のオーラ的なものにびびって太陽拳なんてものを使っただけでして決して逆らおうなんて思って無かったんですすいませんどうぞおめこぼしを!」

俺はベッドからダイブ&土下座からの謝罪ラッシュ。瞬間移動でも居場所がばれたのだもう謝り倒すしかない。
暫くの間の沈黙。
「頭を上げなさい。わしは君をどうこうしようという訳ではない。それよりも昨晩のあれらは本当に君じゃったのか?」

「はぁ…まあ。っていうか何処から見てました?」

「なにやら奇声を発して岩盤を砕いた所からじゃ」

「…最初からじゃないですか。っていうか奇声って…かめはめ波ェ…」

ショボンとする俺にお爺さんが感嘆したように声をかける。

「非常に驚くべきことじゃ。あれらは自分で考えたのかの?」

「いえ、漫画です。」

といって俺は最近訳したばかりのドラゴンボールを数冊爺さんに渡す。イギリス人にはまだまだ浸透してないからな漫画は。

爺さんは新しいおもちゃを与えられた子供のように喜々として読んで行く。

なんか残像が見えるほど早く読んでいるような気がするがきっときのせいだ。

「…ほぅなるほどのぅ。これはなかなか、マグルの想像力もあなどれんのぅ」

漫画数冊を一瞬で読み終え、お爺さんは俺に漫画を手渡す。

「マグル?」

あれ…そういえばこの爺さん誰かに似てね?

「そう、マグル。非魔法族のことじゃ。おおっそういえばまだ名乗っ取らんかったの。わしの名はアルバス・ダンブルドア。ホグワーツ魔法学校の校長をやっとる。そしておぬしと同じ魔法使いじゃ。フレイヤ・マッキノン。」
やっぱりダンブルドアだったー!やべぇよおれこの世界日本の漫画の世界だと思ってたよ!だからドラゴンボールで押せば行けると踏んでたのに…

「魔法使いじゃと言われて落ち込む子を見るのは初めてじゃの」

「はぁ…すいません。私自分がサイヤ人の子孫だったら良いなって思ってたんで、気を使ってる気になってたのに魔法使いって身も蓋も無い種明かしをされてショックだっただけです。それに私の苗字ってマキノじゃなくてマッキノンだったんですね。もう日本と何の関係もないことがわかってアイデンティティがクライシスしそうです。っていうかマッキノンって滅んだんじゃ?」

「よくしっとるの。世間ではそうなっとるな。おぬしの母はマッキノンの血を引くとはいえスクイブじゃったし、ああスクイブとは魔法の才に乏しい魔法使いじゃ。とにかく名家にスクイブはまずいというのでおぬしの母は隠されたのじゃ。わしはそのような差別はいかんと思うのじゃが、災い転じて福となす。おぬしの母が秘匿されたお陰でおぬしが生き残ることが出来たという訳じゃ。」

「へー。なるほど。傍流だけどわたしもマッキノンだと。ところで何故マッキノンは滅んだんです?」
「おぬしがおる以上滅んではおらぬが」

「帰属意識が低いんです。」

「まあよかろう。そもそも…」

まあ、お辞儀さんの話でした。まる。

「なるほど。じゃあ蛇面殺人鬼はけつの青いポッターのガキにしばかれて、きゅっとしてどかーんされたんですね分かります。」

「なかなか面白い例えをするの。」

まあ、それは良いとして本題だ。

「ところで魔法学校の校長先生だと特にこの時期忙しいんじゃないですか?なにゆえここへ?っていうかお腹空いたしそろそろ出版社に行かないといけないんですけど。」

「出版社の方は心配せずともよい。それより空腹はいかん。」

ダンブルドアが杖を一振りすると俺の部屋に高級そうなテーブルセットが現れ、俺もいつの間にか着替えていた。テーブルの上には二人分の焼きたてのベーコンエッグとハニートーストが用意されている。においがやべぇ。食欲をそそる。

「魔法マジパネェ」

思わず飛びつきそうになるが今は寝起きだし、あの日から飯の前には手洗いうがいを心がけている。

「手洗いうがいも必要かの?」

「!心でも読みました?それとも既にリサーチ済み?」
「レディの心を覗くような真似はせんよ。勘じゃよ勘。」

ダンブルドアがくるくるっと杖を回すとどからともなく水の帯が現れ手や顔や喉を洗った後、消えた。

「なにからなにまですいません。いただきます。」

「わしも頂くとしようかの。」

ダンブルドアが食べるのをみて俺も食べる。おもわずうんま〜いと言いそうになったが何とか堪える。お腹も空いてたし朝食はすぐに無くなった。

「時にわしがここに来た理由じゃが、それは二つある。一つはこれじゃ。」

ダンブルドアの手には最初からそこにあったかのように封筒が握られていた。

「入学案内?ホグワーツ魔法魔術学校ですか。」

「左様。おぬしはもうすでにいにしえの魔法使いのように独自の方法で魔力を制御し扱うことに成功しておるし、ある意味大人よりも自立しておる。じゃから入学するかどうかはおぬし次第じゃ。ホグワーツは全寮制じゃからこの孤児院とは別れねばならぬ。じゃがホグワーツは良いところじゃよ。友達も出来るじゃろうし、それに…」

「ダンブルドア先生が校長ですしね。」

「これは一本取られたのぅ。」

俺は話を続けてくれと合図する。
「うむ。それにこれは二つ目のことにも関わるのじゃが、おぬしには魔法使いの常識と身の守り方を知ってほしいと思っての。先の時勢からしてマッキノン家の生き残りと言うだけでよく思わぬ者もおるやもしれん。」

「行きますよ。学校。行ったとしても別に今の俺の技を捨てる必要は無いんでしょ?そろそろこの孤児院に頼るのも気が引けてきましたしね。」

「そうか。それは畳重。おぬしの技術は特殊じゃが、魔法使いに新たな道を示すやもしれんのぅ。それに学校におってもふくろう便を使えば出版社の手伝いもできるじゃろうて。」
第二話[ひとつ前-/-ひとつ先]
「ふたつ目の理由じゃが…わしが来た表向きの理由はこれじゃな。」

「表向き?」

「生徒になるかもしれん子に会いたいというのが本音じゃからじゃ。」

「トップが学校を留守にしていいんです?」

「なかなか厳しいの。まあちょっとぐらいよかろうて。それでじゃ。理由を説明するぞ?」

「いつでもどうぞ。」

ダンブルドアはこれまたいつの間にか出したティーセットでお茶をすすっている。もう気にしない方がいいのかもしれない。この人にとって魔法は息をするようなものかもしれないな。

「おぬしは、傍流とはいえマッキノン家の最後の一人じゃ。じゃからマッキノン家の家財に対して相続権が発生しとるはずじゃ。しかし、おぬしの母はあまりにも巧妙に隠され、自身の出自も知らずマグルとして生活しておった。その間の記録は魔法省にも残っておらん。じゃからおぬしが本当にマッキノンの血を引く者か確かめねばならんかった。

・・・昨日の一件でおぬしは魔法使いとしての資質を十二分に備えているのは分かった。少なくともおぬしは魔法使いじゃから今日わしがあっても問題ないというわけじゃ。忘却術を使えば済むとはいえ魔法使いがマグルに接するのはできる限り避けねばならんしの。」
「なるほど。大体分かります。」

って言うか遺伝子診断すればいいんじゃね?ああ、この時代にはまだないのか?中途半端に過去だから判断狂うなー。

「で、具体的にどうやったら証明できるんです?」

「うむ。多くの魔法使いの家系に於いて言えることじゃが、その魔法使いの財産はそれ自体が相続権を持つものを判別することができるようになっておる。じゃから今の段階では誰もマッキノンの財産に触れることはできぬ。正統な後継者以外はな。」

「なるほど。じゃあ、その遺産の一部を使って判別するってことですか?普通の人ならつかめないカップかなんかを掴めるかどうかって感じに?」

「おおよそそういうことじゃが、カップではない。そもそもそのカップを持ってくる手段がないからのぅ。じゃから『来て』もらう。おぬしなら呼べるはずじゃ。ちょっと驚くかもしれんが。」

「なにを呼ぶんです?」

しもべ妖精ですね分かります。

「屋敷しもべ妖精じゃ。名は『ウォーディ』。」

「しもべ妖精ってなんですか?」

「そうじゃったな。しもべ妖精とはその家に仕え、その家とともにあるもの・・・かの?百聞は一見にしかず。さっそく呼んでみるがよい。」
「かっこつけて呼んだ方がいいですか?呪文とかは?」

「普通は名前だけでも来るもんじゃ。」

「じゃあ大見得切りますから失敗しても笑わないでくださいね?」

「うむ。よかろう。」

えーしもべ妖精ってドビーとかウィンキーとかクリーチャーじゃん。しかもマッキノンが滅んでからずっと放っとかれてるんでしょ?ボロボロしわしわの頭が逝ってるが来たらどうしよう。まあいいけどさ。

「出でよ!我がしもべ、マッキノンとともに歩むものよ!その名は『ウォーディ』!我が前に姿を現せ!」

バチン!

「しもべ妖精『ウォーディ』参上仕りました。何なりとご命令を。我が主。」

「なんかノリのいい奴来ちゃったー!!」

示し合わせたようにうまくいってしまって、逆に驚く俺。ダンブルドアは笑っているし、『ウォーディ』に至っては小さめのだがパリッとした執事服にナプキンを二の腕にかけ、マジでしもべ妖精?ってぐらい美形だ。

「・・・俺が今のマッキノン当主ってことでおk?」

「左様にございます。ご主人様。」

「ダンブルドア先生。なんか良く分からんとです。」
予想以上に『ウォーディ』の登場にビビる俺は、ダンブルドアに話を振る。

「うむ。とにかくこれでおぬしはマッキノン家の正当な後継者ということが証明されたわけじゃ。わしも立会人として鼻が高いぞ?」

「ああ、先生立会人だったんですね。てっきり野次馬かと。っていうかそれ以上鼻が高いとピノキオになりますよ。」

「ひどい言いようじゃ。まあ、これで今後のことはめどが立った。フレイよ。必要な事項は封筒に記載しておる。後のことはウォーディに聞くとよい。そうじゃな。ウォーディ?」

「もちろんでございます。」

「じゃあ、急じゃがわしはもう次の生徒のところへ行かねばならぬ。わしからはもう話しておるが、フレイヤよ。お世話になった人にきちんとあいさつして回るんじゃよ?」

「わかりました。ありがとうございました。また学校で。」

「そうじゃの。また学校での。」

ダンブルドアが手を振り、シュルシュルッっとマントに隠れたかと思うと、私の部屋にはもう彼が訪ねてきた痕跡はなくなっていた。

「静かな嵐のようなひとだな。」

「そうでございますね。」

おれは新しい執事の『ウォーディ』を見た。
「財産云々はとりあえずあいさつ回りをしてからでいい?」

「かしこまりました。」

「っていうかさ、ぽっと出の俺が財産かっさらっていくの嫌だとは思わないの?」

「いえ、とんでもない!ご主人様は正当なマッキノン家の後継者にあらせられます。畏れ多くも私のような立場の者が口をはさむなどあり得ません。」

「でもさー前の主人とかあるじゃん。なんか前の主人よりふがいないなーとか、あの品物はマッキノン家に代々伝わる〜とかをさ、私みたいなマッキノンの帰属意識が低い奴がもらっちゃっていい訳?」

「たしかに、前のご主人様は素晴らしいお方でしたが、先代様はあなたのこともお気にかけていらっしゃいましたよ?」

「ほえ?」

「あの忌々しい死喰い人を相手に奮戦なさったご主人様が最後におかけになった魔法、それがあなた様を守ることになったのです。」

「どういうことなの?」

「先代様が最後におかけになった魔法はそれはそれは強力なもので、あの闇の帝王でさえ破ることができなかったものでございます。その魔法とは『追跡阻害呪文』。単純ですが、強力な呪文です。その呪文の効力で、死喰い人にはあなた様の存在を認識することすらできないでしょう。逆に目の前にいるのにあなた様を認識できない者は死喰い人または闇の帝王に与するものということです。もしそのような存在が現れた場合、いかなる場合でもお逃げ下さい。マッキノン家の当主たるに値する方はあなた様以外おられませんから。」
「あー。おっけー大体分かった。でもそれは無理なんだよねー。まあ後で話すけどさ。」

挨拶か…まさか俺がここを出ていくことになるとはな。

ぐるっと部屋を一周見渡す。

思えばいろいろあったなー。今の世界におっこちてきたり、ダンを殴ったり、ホームシックで泣いたり、ダンを蹴ったり、内心楽しかったけどいやいやかくれんぼしたり、ダンを一本背負いしたり、寄付が滞って孤児院がヤバくなったり、ダンを逆さづりにしたり、出版社に自分を売り込んだり、ダンに鞭打ちしたり、ゲイツに手紙を書いたり、ダンを振ったり、漫画を訳したり、ダンにほっぺチューしてやったり。何というツン増し増しのドM仕様のツンデレ。まあ、いろいろあったな。最近話し方が女の子っぽくなってきたし、昔の人格もだいぶ今の体に引きずられてるな。

ぐしぐしと手櫛で髪をすいていたら、どこからともなくウォーディが櫛やら着替えやらを持ってきていた。やんわりと「そんなぼろい服着るな」と言われ、なんか上等の服に着替えさせられ、髪をセットされた。だるかったので、着替えた後椅子に座って寝てたら「終わりましたよ」と、起こされた。鏡を渡されたから見たら、
「誰ですかこれ?」

「ご主人様でございますよ。」

とウォーディが胸を張っていた。もう鏡見るの怖いわ。最初の日から俺は鏡に呪われてるに違いない。

「ところでさー私って前の当主とどんな関係なの?」

「姪の娘でございますね。」

「ウホッ超他人ww」

「それでもきちんとマッキノン家の血統をついでおいでですよ。前当主のお方様とあなた様のお母様は従姉妹同士であらせられますしね。」

「もうわけわからん。どうせ家系図とかあるんでしょ?明日視るわ。俺今日あいさつ回りするし。」

「かしこまりました。私は一足先に屋敷に戻ってお迎えの準備をいたします。お迎えは明日の朝でよろしいですか?ご主人様。」

「おっけー。あ、でもご主人様っていうのは勘弁してくれ。なんか合わん。フレイでいいよフレイで。若しくはおぜうさま。」

「分かりましたお嬢様。それではごきげんよう。」

バチン!とウォーディは去っていった。アイツふつーにスルーしやがって。

まあいいや、あいさつ回りに行こう。ポッター家のハリーちゃんよりはましだ。今頃ダンブルドアに全力でスパム食らってるだろうからな。全力全開のサービス拒否攻撃受けてるからね。

ダンブルドア先生の根回しが良かったのか、施設長のお婆さんは「良家の御嬢さんをこんなところに閉じ込めて悪かった。でもここにいたことは忘れないでね。あの弁護士さんの言うことをよく聞くのよ。」って言っていた。弁護士に扮していた先生、ちょっとやりすぎです。ちょっと引き止める気ぐらい残しておいてもいいじゃないですか。

仕方がないので、「いらない分の財産は処分して寄付する。ここにいたことは何か記憶に染みついてて脳みそ漂泊しても忘れない。」って言ったら泣いて喜ばれた。って言うか大丈夫なんですかこの施設。大丈夫なの俺?ヤンデレの女友達に形見のドレス破られたり、成りすましされたりしない?

出版社の方もそんな感じだった。「いやー天才だと思ってたけど実は名のある家のお嬢様だったなんて。あ、取材してもいい?今時珍しいシンデレラストーリーだからね。」って言われたので、「翻訳の仕事があったら実家に送ってくれたら学校でやります。後、才能と生れは関係ないと思います。取材の方は小説として発表するならオッケーです。」って言っといた。なんか小説だと嘘くさくて売れないって言っていた。確かに。


「うぼー」と服を脱ぎ棄てベッドに倒れこむ俺。今向こうに帰ったら変な夢だって笑うんだろうな。ふと見ると白い指に金糸の髪が絡み付いていた。引き返すなら今しかない。でも、どうすればいいというのだ。これから俺は私として過ごし、いつか私は俺であったことを忘れ、マッキノン家再興のためにあれやらこれやらするのだろうか?その時の俺は・・・おれは・・・・・・
第三話[ひとつ前-/-ひとつ先]
「…なんだ。夢か。良かった。」

ベッドから落ちた俺はちょっと気絶していたようだ。よっと、と体を起こし、落ちていた本を拾おうとする。が、金縛りにあったように身体が動かない。
まさか、こっちが夢?



「嫌な夢見た。胡蝶の夢か。」

俺は確かに現実に居たんだ。勝手に夢の世界の住人にするな。

起きると、昨日の夜脱ぎ散らかした服は消え、ウォーディが服を用意して控えていた。

「ここって人間界だよね?昨日からムンドゥス・マギトゥスになったのかな。」

「おはようございます。お嬢様。ここはマグルの住む地にございます。」

「マグルの地に執事妖精は居ないよ。」

のそのそと起きだし、わざとゆっくり着替える。このぼろい孤児院ともおさらばか…

「ふと思ったんだけどさ…」

「何でしょうお嬢様。」

「妖精でもこっちで魔法を使うのってまずくないの?」

「我々しもべ妖精は『人たるもの』ではなく魔法生物として扱われますので、法規の埒外でございます。」

「今の私は?裏山でバンバン使ってたけど。」

「魔法省が探知出来るのは魔法の発動地点のみでございます。故に、お嬢様がもし杖をお持ちでしたら、私が魔法を使い、逃げればお嬢様が冤罪に問われる可能性もございましょう。ですが今のお嬢様は杖も持たず、魔法教育も受けておられないので魔法省の監視は事実上ございません。そのような状態で魔法を使える者などほとんどおりません故人員の無駄でございます。」
「なるほどね。」

未成年の魔法使いと言ったっていっぱいいるし、素養のあるやつを対象にすると赤ん坊まで見ないといけない。そんなのに割く金も人も無駄だってことか…リリー・ポッター、ああエヴァンズか?とかやグレンジャーがカップをネズミに変えても捕まらなかったわけだ。

まあ、教育無しに意識して魔法を使うのは、訓練無しでいきなりMS動かすようなものって感じか。よほどの天才かニュータイプじゃなきゃ無理だし、無意識の魔法、ハリーの髪が伸びたりするのまで監視してたら切りがないって感じか。

「じゃあ暫く俺の技は睨まれない程度には使い放題ってことだな。でも来年からはどうなんだ?監視が付くんなら家で練習出来んぞ?」

「マッキノン家に関わらず、魔法使いの家庭は魔法省の監視対象外でございますし、我が家には訓練場もあります故問題無いかと。」

「ふーん。じゃあさ、私皆に挨拶してくるし、荷物運んで家の前で待っててよ。どうせウォーディがいても問題無いような秘境にあるんでしょ?」

「確かに大丈夫でございますが、お嬢様はどうやって来られるので?」

まあ、心配するのも当然か。
「ウォーディの気は覚えたから地球の裏側でも瞬間移動出来るよ。」

ウォーディの驚く顔初めて見た。こいついつもポーカーフェイスだしな。

「瞬間移動でございますか?姿現しのようなものでしょうか?」

「効果はね。原理は違うと思う。執事妖精はどうやって転移するの?」

「どうやってと言われましても…」

まあ、魔法はどっちかって言うとノリの方が大事だしな。

「感覚的なものでいいよ。」

そうですね…とウォーディは両腕を伸ばした。

「右手に私がいて左手の場所に行きたい時、」

ウォーディは両手の平を合わせる。なんか錬成されそう。

「こう言う感じでしょうか?」

「やっぱりね。」

俺は原作の姿現し関連の妄想については十分だ。

「これは仮説なんだけど、」

と俺は説明に入る。

「ABCDEと連続した土地があるとして、今自分がAにいて、行きたい先がEだとする。そうすると妖精は空間を歪めてAとEを直接繋いでAEにする。姿現しはAとEの間にワームホール、つまり抜け穴になるFを作ってABCDEをAFEにする。そして私の瞬間移動は単純にABCDEを素早く移動するか、間の空間BCDを圧縮してA[BCD]Eにするって感じかな?」
ウォーディは真剣な顔をして聞いている。こいつ人間より賢いんじゃね?

「素晴らしい御慧眼にございます。魔法使いは我々の魔法を見下しこそすれ、考察するなどございませんでした。この理論は革新的なものです。記録しておかねば。」

「慧眼なんて大層なもんじゃないよ。マグルの想像力に限りがないだけさ。記録なんて大層なもんじゃないよ。好きにするといいけどさ。」

ウォーディはさっとメモを用意し、すごい速度でメモっていく。どっから出したんだそれは?

「推測に過ぎないけど、それぞれの特徴を言うなら、妖精のは燃費は悪いけど邪魔されにくい。魔法使いのは燃費は良いけど、別の空間を作る以上「バラけ」とか妨害のリスクが高い。まあ、玄人好みだね。魔法使いは変態技術が好きみたいだ。私のは一番燃費が良いけど原始的だね。姿くらまし阻害では邪魔されないけど、多分結界の類は初歩的なものでも越えられないかな?力技で出来なくも無いけど。ホグワーツで試してみないとね。」

ウォーディはメモを取りながら、私の髪をセットしていく。こいつ優秀過ぎね?

「ウォーディはさ、優秀だからしもべ妖精じゃなくて執事妖精って感じだよね。」
「身にあまる光栄にございます。」

出来ました。と言われて鏡を見ると、鏡の中には人形みたいな女の子。なんか完璧過ぎて萌えとか言うのが恐れ多い。

「なんで昨日から姫姫した格好ばっかなんだよ…趣味?」

俺はウォーディを軽く睨む。マッキノン家の金が入ったらジャケットとジーパン買ってやる。

「お嬢様にはマッキノン家の御当主として恥ずかしく無いように振る舞って頂かなければなりません。」

「なにそれ怖い。」

「その口調もですよ。」

「オッサンにはなっても淑女にはならん!」

「なって頂きますよ。」

ちょっ!ウォーディ怖い。でかい目で静かに見つめないで!

「それでは」と言ってウォーディは去って行った。

部屋を出て静かな廊下を歩く。朝だし、小さい奴らはまだ寝てるか。

黙って去るのは気が引けるが、あいつらの顔を見たら泣きそうだ。階段を下り、施設長に挨拶をと思っていた俺はフリーズした。

施設の玄関前には「フレイ姉ちゃん今までありがとう」の横断幕。その下には施設の大人やクソガキどもが並んで笑っていた。

マジかよ…と思っていたら、ガキの中からカラフルな物体を持った少女が走ってきた。この赤毛の歯抜けのそばかす元気娘はアンだったか。
「お姉ちゃんホントにお姫様みたい!お金持ちになっても私達のこと忘れないでね!」

と言って千羽鶴を渡してきた。施設長も歩いてきて、

「皆貴方の門出を祝いたいって3日で急いで作ったのよ。」

うおー!涙腺よ!耐えろ!アンの野郎はガキグループに戻って「せーの!」とか言ってる。上から来るぞ!気をつけろ!

「「「お姉ちゃん大好き!ありがとう!!」」」

「うぼあー!」

ガキどものホーリーを喰らって崩れ落ちる俺。視覚センサーが洗浄液まみれで何も見えん。確かにガキの世話をしたり、出版社で貰ったお菓子をやったり、折り紙教えたりしたけどさ。それは大人として当然で感謝なんていらんし特筆すべきことでもない。それに別れのプレゼントが千羽鶴とか病気か私は。それを三日でやってくれましたとか朝早いのに全員で見送りとか恥ずかしいだろちくしょー!!お前ら皆好きだー!!」

クソガキどもの中にルパンダイブする俺。もう服やらなにやらぐちゃぐちゃになるが気にしない。愛されとるなーちくしょー!



瞬間移動で現れた俺に「おおっ」とウォーディが驚く。ウォーディの気は独特なのですぐにわかった。「ボロボロですね」とお手入れセットと代えの服を出してきたけど今日はこのままで良いと言っておいた。っていうか青天井で着替えさせられるとかどういうプレイ?
聞くところによるとマッキノンの家にはこっちの現金もそれなりにあるらしいから、ダイアゴン横町に行くついでに服を買おう。

それにしても。

「後ろは森、ここは草原、前は湖、向こうには小島。ぽつんと大地に突き刺さるポスト。マッキノン亭はいずこ?」

回りはポスト以外の人工物はなんにもない。大自然そのまま。

どうすんのと思ってたら、ウォーディが前に進み出て両手を上げた。

「新たなる正統な御主人をお連れした。跳ね橋を下ろし開門せよ!」

跳ね橋?開門?なんじゃそりゃ?と俺はウォーディを痛い子を見るような目で見たが、その認識はすぐに改めなければいけなかった。

一瞬湖の上を一迅の風が抜けたと思うと、目の前の空気が揺らぎ、虚空から戦車でも通れそうな頑丈な跳ね橋が降りてきた。

ウォーディが「さあ、どうぞ。お帰りなさいませ。」とか言うから反射的に「ただいま」と言って跳ね橋に足を踏み出した俺は呆気に取られた。

さっきまであった湖は消え、目の前には堀に囲まれた立派な屋敷というか城が現れていた。

「…」

俺は一歩下がって跳ね橋から足を離す。
すると目の前にはさっきの湖。

一歩進んで跳ね橋に足をかける。目の前には

「…城じゃん。」
「城でございます。」

「お帰りなさいませ。」
「ただいま。」

とは言ったものの立ち尽くす俺。心配したのかウォーディが俺を見て聞いてくる。

「どうかなさいましたか。」

「いや、どうもこうもすさまじいものを継いじゃったなと思って。」

「ウェールズにこの城ありとまで言われたものでございますから。」

「…こんな城があるのにどうして滅んだマッキノン家。」

苦悶に顔を歪めるウォーディ。

「全てはトラバースの裏切りに気付けなかった私にあります。」

「どういうこと?」

「中でお話しします。私もお嬢様が昨晩死喰い人どもとの接触は避けられないと言う理由をお聞かせ頂きたいですから。」

「そういえばそうだったね。」

堀の上に架けられた跳ね橋を進み、城門をくぐるとよく手入れされた広い芝生を屋敷の入り口まで石畳が貫いていた。

石畳を歩いていると、芝生の上に鳥の陰が映り、何事かと思えば俺の前に昼間なのに、美しい灰羽のワシミミズクが降りてきた。ウォーディはミミズクを指して、
「ワシミミズクのアルキメデスでございます。お手紙や新聞はこのアルキメデスに御申し付け下さい。」

と、紹介した。アルキメデスは俺に一礼し、また飛んで行った。

「なんか準備万端って感じだな」

「前当主がお亡くなりになってからお嬢様をお迎え致す日を待ち望んでいましたから。」

屋敷の石段を上ると、ドア両脇に佇むグリフォンの像が膝を折って頭を垂れ、ドアは自動で開いた。

城の中は吹き抜けで、半端なく広い。あちこちに派手過ぎないがしっかりとした装飾がなされ、荘厳な雰囲気を醸し出している。

「ディズニーもビックリだな…」

「大広間が一つ。広間が三つ。食堂が一つ。浴場が二つ。寝室が10、控え付き書斎が3、お部屋が5、客室5、客間3、衣装部屋4、使用人用の部屋が5、使用人用食堂と浴室がそれぞれ1、その他宝物庫、書庫、薬剤庫等が10。梟小屋、厩、練兵場、プールを備え、地上5階、地下1階。屋敷しもべが3とその取り纏めをしています私ウォーディとなっております。こちらが目録でございます。」

目録で出来た広辞苑を渡される俺。なんか一品一品、一々解説されている。頭痛い。
「凄すぎてどこから突っ込んで良いのか分からん。とりあえず相続人が絶えたら相応しい人探してそいつにあげちゃった方が良いね。」

「戯れにでもそんなことを言わないで下さいませ。」

「本気だって。これだけのものを埋もれさせるのはもったいないしね。もし私が結婚しなかったり子供のいないまま死んだら…そうね。マグル生まれの魔法使いから相応しいのを見繕って相続させなさい。次こそ本当にマッキノンが滅びるかもしれないし、俺は…はぁ…スッパリ子作りしますとは言え無いしな。」

「…承知致しました。御尊命とあらば。」

大広間に通された俺は適当にソファーに座り目録を見る。いいソファーだ。赤いビロードがいい味を出してる。

「ダイアゴン横町には昼飯を食べてから行こうと思うんだけど賄いとかあったら分けてくれない?」

「賄いなど滅相もない!」

ウォーディはありえないと言う感じで答える。

「でも私昨日まで孤児院暮しのビンボー人だったからね。いきなりおぜうさまとか言われてもねー。まあ、妖精の皆は優秀だから何か用意してくれてるんでしょ?」

「もちろんでございます。皆この日のために耐え忍んで来ましたから。」
屋敷しもべはドMばっかだ。いつ来るとも知れぬ主の為に何年も待ってて、いざ来たときには諸手を挙げて歓迎する。

「ですよねー。だからさ、今まで待たせた分もあるし皆で食卓を囲みたいんだよね。一人じゃ寂しいし。」

「そのようなことは…」

「じゃあ、フレイヤ・マッキノンが命じる。当家の屋敷しもべよ、我と昼食を共にせよ。」

ハリーさんは今頃まだ手紙からの逃避行をしているはずだ。今ダイアゴン横町に行っても会うこともあるまい。後は登校日まで城探検とか日本旅行とか大人しくしておき、組分けでハッフルパフに入る。後は先代のありがたい魔法に頼って目立たないように蛇面殺人鬼がぬっころされるまでハリーさん等の活躍を見守っていればいい。

「承りました。」

「じゃあそういうことで。」

ウォーディは一礼した後、バチンッと消えたと思うと数秒で戻ってきた。俺は思わずソファーから落ちてしまった。

「早くね?っていうかウォーディの持ち場とか仕事とか無いの?」

「私の仕事は主の側に控えることですので。」

「…さいですか。ところで他の子達の反応はどうだった?」
「皆、身にあまる光栄と感涙しておりました。しかし、当主たるもの我等を過剰に扱うのはお控え下さいませ。後、フレイヤ様にはもう少し当主に相応しい居住まい、言葉遣いをなさるようお願い致します。」

「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!私がルールだ。」

「出過ぎた真似を申しました。」

そういってウォーディは頬をつねり始める。やっぱこいつらどMだわ。

「なんてね?ウォーディの言うことも分かるよ。でも私にも譲れないというか、時間をかけて折り合いをつけなくちゃいけないこともあるんだ。後、いくら私が継いだといっても、私しかいないマッキノン家は風前の燭には違いない。しもべ妖精だろうがなんだろうが一丸となるべきだと思うんだよね。」
第四話[ひとつ前-/-ひとつ先]
ソファーに寝そべりながら目録を読む俺。

俺このソファーさえあれば十分だわ。寝心地サイコー。なんか目録の家具のページに写真かと思うぐらいに精巧な絵付きで解説されてた。

500年前ぐらいに作られたこの「癒しのソファー」は疲労回復と安眠を約束し、日ごろのストレスから解き放ってくれるらしい。何というNEET製造機wwあんまり座りすぎるなと書いてあった。でも無理。オラここで寝たきり生活すっぞ!

なんか装飾品やら剣やら衣服やらなんやらかんやら。やれ4代目は貴重な魔法薬の原料を取りに南極に行っただの、やれ18代目の娘が飼っていたユニコーンの角だの、やれ30代目が討伐したドラゴンの鱗だの忙しい。何なのマッキノン家?アグレッシブすぎじゃね?インドア派な俺には無理。ソファーで寝ていることしかできない。

ぺらぺらとめくっていると、マッキノンの歴史とか魔法史とかマッキノン流薬剤調合術とかマッキノン流剣杖術とかマッキノン流茶道、マッキノン流交渉術から果てはマッキノン流陰陽術まで書いてあった。もう書いてないのってセクシーコマンドーぐらいじゃね?なんか27代目は世界旅行してる内に辿り着いた東の国ヤポンをいたく気に入りいろいろやってたらしい。

これ出版したらハリーポッターファンは口から泡吹きそうだな。読んでる途中から俺もなんか二次設定的な意味でか知らないけど頭痛くなってきた。なんでこんなに強烈な戦闘民族が滅んだんだ?もしかしてお辞儀のキャラが霞むほど強烈だったために、不死鳥の騎士団の集合写真を取った2週間後に消されたのか?

その可能性は大いにありそうだ。なんか先代のマーリンさんは伝説の魔法使いマーリンよろしく、って伝説の方のおっさんもうちの家系だから先代っていう方がいいのか?まあ、その先代だけど、卒業とともにかつてのお歴々の尋ねた地を箒で飛んで回って新種の竜と戦ったり、現地の邪神の封印を手伝ったり、伊賀で忍者とガチバトルしたり、西に引きこもりあらば家を吹っ飛ばして引きずり出し、東に悪人あらばケツにスライスした玉葱をぶち込んだりと相当な人物だったらしい。なんか死喰い人の杖を手刀でたたき折って回っていたらしいし。

これヴォルさんの目に留まらない方がおかしいわ。くど過ぎて胃がもたれる位キャラが濃い。

ウォーディが心酔するのも分かる。ビクトリーム様っぽいもん。

まあ、それはいいんだよ。と俺は目録の中から使えそうなのを探していく。訓練の効率が上がる「鍛錬の腕輪」とか頭の回転が速くなる「真理の指輪」とかRPGっぽいな。装備すると素早さが上がり、異常に軽いのであり得ない速度で投げられるけど、投げたとたんに剣よりも重くなって相手を打ち抜く「疾風のナイフ」・・・質量保存則無視してね?

なんであるのか知らない「超占事略決」に、軽い魔法なら跳ね返す「龍のベルト」とか純粋に役に立ちそうなものが結構ある。あとおすすめは「美神のブラ」。着けてるとその人の持っている美の素養の範囲内で、理想的な体型に成長するように調整してくれるらしい。中身オッサンで体が幼女の俺は使うかどうか非常に悩みどころだ。

そんなふうに欲しがる人ならいくらでも金を払いそうなものがある一方、嫌いな奴の血をつけておくといつの間にかそいつの靴に忍び込む「怨念の画鋲」、叩いた相手の持っている時計を狂わせる「時落としのハタキ」、神様にも特攻できるほどの信念がこもった「ゾクのはちまき」、思考を鈍らせ体を重くしやる気をなくさせる「怠惰の首輪」とかネタ武器?まであるし。「怠惰の首輪」は先代が鍛錬のために着けてたらしいけど、絶対使い方間違ってるよ・・・


道具やら衣服やら見てると、先代一家の使ってたものとかもあって、ダイアゴン横町には杖と教科書を買いに行く位で済むぐらいだった。先代の杖を使って、古い教科書を持っていくなら、今すぐでもホグワーツに入学しますってふくろう便を送るだけで入学できそうだ。まあ、期限は4日後の31日だし焦ることはない。

殺された先代一家の服を着るのはちょっと気が引けるけどな。まああるものは有効活用した方がいいし、マッキノンを継ぐ決意として使うべきだと思うんだよね。

あまりにも品物が多いので、説明は流し読みして絵をメインで見てたら、何に使うのかわからないアイテムややたらと前衛的なデザインの品物の中に、良く見知った服が在った。俺はおもわず呟く。

「リーヴァイスのジーパンじゃん?先代の?」

ポンッ!と音がして、目の前に虚空からジーパンが「落ちて」来た。

「・・・」

俺はソファーから降りて、ジーパンを触ってみる。

「うん。ジーパンだ。まぎれもなく・・・」

先代のか。なるほど、いいセンスだ。目録を見るとジーパンのページが白紙になっている。

「戻れ!リーヴァイスのジーパン!」

ボシュッ!っという音とともにジーパンが消え去り、目録には説明が戻る。あ、よく見ると『1991年7月27日第45代当主フレイヤ。取り出して触るがテンパって戻す。』って追加されてるし。うん。良く分かってるね。



「なんじゃこりゃああああああああああああああああああ!!」


ウォーディが「いかがいたしました?」って、なんで驚いてるの?って感じで聞いてくる。

「いやいやいや、取り寄せバッグじゃあるまいし、っていうかなにこれなにこれ!ハンターハンター?グリードアイランド?ブックしてゲイン?うおおおあふぁああおおおおおお!」

「落ち着いて下さいませお嬢様。目録とはそういうものでございます。」

「そうなのかー。じゃねえよ!こんちくしょー!びっくりした。マジでびっくりした。俺の寿命を返せ!この目録なんなの?訳わかんねー。」

ウォーディがどこからともなく水の入ったコップを取り出してきたので、一気に飲み干して、なにこれ冷たくてウマーってな感じで落ち着いた俺は居住いを正す。

「マッキノンの財産は常に当主とともにあるものでございます。つまり、目録を手に呼び出せば、マッキノンに属するものはいかなる場所へも馳せ参じ、光栄にも新たにマッキノンのものとなった物はその性質をつぶさに語り、宝物庫等のしかるべきところへ収まるのでございます。その旨は目録の初めのページに記されているはずですが?」

「俺、ゲームとか電子機器は説明書をきちんと読むんだけど、画集とかは適当に見るタイプなんで。すいません。今後気を付けます。」

「強力な呪いが込められたものもございます。説明や注意はゆめゆめ見落とすことがなきよう。」

「分かりました。」

俺は最初のページに戻って読んでみた。改めて見るとこの本黒塗りの結構頑丈でいわくありげな作りになってる。表紙には多分マッキノンって書いてあるんだけどアルファベットの装飾がもはや絵画レベルで読めない。家紋も複雑すぎて俺には描けそうもないな。それはいいとして目録曰く、


・この本は当主にしか開けず、また読むことはできない。
・この本はいかなる時でも当主とともにあり、どんな結界の中でも呼び出せばやってくる。
・この本は濡れない燃えない切れない汚れない。そして魔法に強い。そこらへんは先祖代々が保証する。だからと言って盾には使わないこと。
(昔、飛んできた死の呪文の角度をそらしたらしい。そのとき粉々になって今の黒龍鱗の表紙になったんだって。あの時は死ぬほど痛かったとか、修復するなら綺麗にしてくれとか書いてある。この本次の修復で喋り出しそうだな。)
・この本を閉じていても、この本を手にし、その物品名を呼べば、どんな結界や封印がされようとその物品はたちどころにやってくる。
・新たな品物を手に入れたとき、その品物が所有に「同意」すれば、この本を経由して、その品物をマッキノン家に送ることができる。そのときにこの本が、その品物の由来や効果を調べてくれる。ページは自動で追加される。
(品物に意思ってあるんだ。そこらへんは良く分からん。原作では杖の所有がどうのこうのって言ってたな。)
・その品物が破壊、贈与、放棄されたときに目録は自動でその物品の項目をページこと削除する。呼び出したときは白紙になるだけで、登録は消えない。
・この本はページが増えるごとにその分だけ重くなる。マッキノン家の歴史を背負っていると思っていくら重くても持ち歩くこと。また、つまらないものを追加してむやみに重くしないこと。
・この本は呪われています。外すことはできません。ガシガシ魔力を吸い取ります。読んだ内容はその物品が放棄されない限り脳みそに刻み込まれて忘れません。副作用として、頭痛、吐き気、悪心、嘔吐、失神があります。長時間使用時には死亡もあり得ます。ヤバくなったら「癒しのソファ」をお使いください。

なるほど・・・なんか最後の注意書きが怖い。俺このソファに座ってなかったら死んでたんじゃね?あの頭痛は気のせいじゃなかったのね・・・注意書きって大切だわ。

それにしても、この目録チート過ぎね?いくら二次創作でもこれは引くわ。ぺべレルの死の秘宝以上にヤバいじゃん。え?なに?最初はただの羊皮紙にするつもりだったけど怪電波を受信して進化した?・・・知らんそんなもん。


とにかく俺はこのあり得ないほど便利だけどクソ重い本を持ち歩かねばならんと・・・明らかにいらない項目を消していくべきだな。

そういって俺は「鍛錬の腕輪」、「真理の指輪」を嵌め、ガキ共にダイブして涙やなんやらでどろどろになった服をウォーディに渡す。先代のパンクなTシャツに着替えリーヴァイスを穿き、「龍のベルト」を締める。「疾風のナイフ」をジーパンに刺し、「ゾクのはちまき」を巻く。「美神のブラ」は・・・ゲフンゲフン!今日から体重計に乗るようにしよう。

賢くなって信念が強くなり、素早さの増した俺は昼飯前とばかりに目録を整理してゆく。

なんか、明らかにゴミだろという感じで、何代目がどこどこに行ったときに拾った石(特別な鉱石でもなんでもない)とか、庭でとれたセクシーな形の人参(ミイラになってた)とか、何代目が子供のころに初めて描いた絵(ムンクもびっくり)とか、流木とか折れた剣とかのガラクタは写真撮って俺的秘宝ランク4位の「虚無のくずかご」に捨てた。

その写真は、親ばかっぷりが爆発したような何代目の写真、生後0日目から千日目という感じに1001ページも無駄に目録を占領してた写真と一緒に怒りを込めて俺的秘宝ランク3位の「無限のアルバム」にブチ込んでおいた。おかげで広辞苑大分薄くなったよ。ありがとう。

ちなみにランク1位はこの本です。2位は・・・ゲフンゲフン!いくら中身がオッサンでも乙女の本能には逆らえん!ちなみにソファーはもう俺の一部なので番外です。

ついでに呪いの装備系の注意も見ていく。

「怨念の画鋲」を使われた人は発狂して足を切り落として死んだらしい。恐ろしすぎる。

きれいな剣だなと思っていたうつくしい細身の剣の名前は見た目とは大違いの「反逆の剣」という名前だった。大理石もすっぱりやってしまうほどの切れ味で、装備者が何かを切ろうとすると必ずすっぽ抜けて首を落とすように落ちてくるらしい。その見た目に惑わされて今まで100人の首を落としてきたんだって。これはNGワードだな。厨二ワードだし、調子に乗ってうっかり呼び出そうものなら101っ匹デュラハンに仲間入りだ。


そんなこんなで広辞苑は、ずいぶん薄くなって普通の辞書ぐらいになった。よくこんなの持ち歩いていたなマッキノン家先祖代々。

「お嬢様、昼食の用意ができました。」

とウォーディに呼ばれた俺はソファーから立ち上がる。

「ふぅ・・・」

とため息をついてソファーからのいた俺はズシリと体が重くなり、割れそうな頭の痛みに襲われた。ソファーの底上げ効果忘れてた。

「やべ・・・さすが呪いの装備・・・ウォーディ、ホグワーツにふくろう送っといて・・・」

と呟くと同時に倒れてしまった。
第五話[ひとつ前-/-ひとつ先]
俺の部屋だ・・・いつからだろう。

この夢の中で俺の部屋にいることが「帰る」から「来る」になってしまったのは?

俺の帰るべきところはここではないということなのか?

しかし、向こうはどうなのだ?

フレイヤとしての居場所はあっても、俺としての居場所は?

他人は俺も含めてのフレイヤだと言うのだろうか?

例えそうだとしても、俺には・・・納得できない。

俺は床に落ちた「死の秘宝(下)」を拾い上げる。

既に外は夜になっていて、窓は鏡のように俺を映す。

そこには俺の姿はない。ただ・・・フレイヤ・マッキノンがいるだけだ。




光が目に染みる。
「・・・」

そうだ、出版社に行かなくちゃ。
「・・・・ま」

まだドラゴンボール訳してないんだよね。
「・・・さま」

っていうか誰かいる?
「・・うさま」

・・・ここは・・・

「お嬢様!」
「ふえ?」

目の前はやたらと高い天井。体育館と見まがうほどでかい部屋。

壁にかかる紋章をあしらったタペストリー・・・癒しのソファーの上か。ただ単に倒れたわけではないらしい。服は着替えさせられ、掛布団がかけられている。


「ああ、ここ孤児院じゃないんだ・・・おはようウォーディ。」

「おはようございます。お嬢様。お加減の方は?」

「・・・そうか。倒れたんだったね?加減がいいかどうかはこのソファーを下りてみないとわからないかな?ソファーの上だと疲れていても分からなくなるし。」
俺はソファーの横に立っているウォーディを見る。ウォーディはいつもパリッとした執事服を着ているのに今はよれよれで、その顔も涙の跡がくっきり残っている。

「ひどい顔だ。」

と、目録からハンカチを取り出し、ウォーディの顔をぬぐってやる。

「お嬢様。勿体のうございます。」

「いいんだ。」

・・・不甲斐ない。

「すべての責任は私にございます。お側にお仕えしていながら腕輪の暴走を見抜けず、お嬢様を危険にさらした失態、わが命に代えて償う所存でございます。」

「いや、その気持ちはうれしいけど、ウォーディが責任を取る必要はないよ。ウォーディは注意を促してくれてたのに俺がなめてたんだ・・・どうして倒れたか分かっている範囲で話をしてくれないか?」

「はい。」

といって、ウォーディが、話し始める。

「鍛錬の腕輪は確かに使用者の体力や技量を判断し、作業を最適化させますが、お嬢様は癒しのソファーにおかけになっておいででした。ですから腕輪はお嬢様の体力を見誤り、お嬢様の許容量をはるかに超える過度の負荷を与えてしまったと推測されます。ただでさえ目録を読むということはすさまじい負荷を与えるのです。その負荷から、今までの当主様は目録の整理などはなさったことはありませんし、癒しのソファーに座って作業をなさるなどとということは

・・・いえ、言い訳が過ぎました。私は目録の危険性を知り、目録を整理なさるお嬢様を見ていながら、お止めしませんでした。これは重大な職務放棄でございます。なにとぞ、罰をお与えください。」

癒しのソファーで体力を誤魔化していたから、鍛錬の腕輪が俺には体力があるものと勘違いして、俺が目録を整理するなんて普通じゃ耐えられないはずの負荷が掛かるのを許してしまったと。効率化とリミッターのつもりで付けた腕輪が逆に負荷を上げることになるなんて・・・いや、腕輪のせいじゃない。完全に俺の落ち度だ。

「いや、道具の平行使用をすればどんな副作用が起きるか分からないし、その危険すら気づかなかったわたしが悪いんだ。そもそもただ目録を見ているだけでも、回復効果のあるソファーに座っているのに頭痛を感じているということ。その事実に何も思わないのがそもそも間違ってたんだよ。注意書きにも読んだことは頭に刻まれるなんて物騒なことが書いてあったし、それに対する危険性もちゃんと指摘されていた。

だのにどこかで私は今までの当主たちと違うとうぬぼれていたんだ。常に持ち歩く目録なんだから整理しようと考えなかった人がいないわけがないじゃないか?それなのに整理されていないという事実の裏にある理由に私は目をつぶり、何も考えずに調子に乗っていたんだ。」

どこかでまだこの世界が・・・現実じゃないと高をくくっていたんだ。ゲーム感覚で装備だの効果だのと・・・愚かしい。

「お嬢様は特別でございます!類を見ないほど優秀でございますとも!悪いのは私です。責められるべきは私なのです!」

「すまないな。ウォーディ。この件に関しては君を罰する権利は俺にはないよ。この目録は何よりも注意してかからねばならない鋭い刃なのに、おもちゃ感覚で扱った罰が当たったんだ。心配してくれてありがとう。」

強力な道具にはそれだけのリスクがある。分かっていると言っていたのは所詮口先だけで、何も理解しようとはしていなかったのだ。

「・・・息をしておいでではありませんでした。」

「え?」

ウォーディは俯きながらつぶやく。

「お倒れになった時、お嬢様は息をしておいでではありませんでした。
 私はただ、お嬢様をソファーに上げ、ソファーの力に頼るしかできませんでした。
 私は・・・何もできない。」

「・・・」

俺は黙ってウォーディの話を聞く。口をはさむ権利なんてない。

「・・・先代様は私のせいで亡くなられたのです。」

ウォーディはぽつりとつぶやく。

「先代様とトラバースは旧知の中でございました。当時は闇の帝王の支配が拡大しつつあり、先代のマーリン様は、ダンブルドア教授を旗頭に闇の帝王の支配に抵抗するための組織、「不死鳥の騎士団」の創立に尽力され、死喰い人と称する闇の帝王の配下と日夜苛烈な戦いをなさっておいででした。マーリン様はその卓越したお力で死喰い人どもを次々に打ち払い、闇の帝王の恐怖から人々を守っていらっしゃいました。

そんな中、ご主人様の元へトラバースが庇護を求めて参りました。当時、トラバースは死喰い人とは目されておりませんでしたし、ご主人様も旧知のトラバースならばと念のため私に調査を命じ、その上で受け入れることにしたのでございます。私は騎士団や、トラバースの近辺を駆け回りましたが、何も不審な点を見つけることはできませんでした。私の報告をお聞きになったご主人様は、死喰い人側の準備ができる前に会おうと、場所を変更なされ、戦闘に長けた一族を引き連れすぐにトラバースに会いに行かれました。私は騎士団へ場所の変更を連絡し、すぐにご主人様の元へ戻るはずでした。

しかし・・・騎士団に着いた私が聞かされたのはトラバースがすでに闇の帝王とつながっているという話でした。私は急いで騎士団の援軍を要請し、現地に向かいました。そこでは大量の死喰い人相手にご主人様と一族が奮戦なさっていたのでございます。ご主人様達は傷を負いながらも死喰い人を圧倒していらっしゃいました。私も戦線に加わるべく駆け寄ったのですが・・・

一瞬でした。闇の帝王が現れ、巨大な閃光が死喰い人ごとご主人様と一族を吹き飛ばしたのは。かろうじて避けたご主人様は闇の帝王に果敢に挑みかかったのですが、闇の帝王は卑怯にも一族の者を盾に使い、ご主人様に「服従の呪文」をかけ、この城への門を開けさせたのでございます。私は操られたご主人様とともに「姿くらまし」する死喰い人どもに追い縋り、この城の門を守るべく戦ったのですが力及ばず城壁に叩きつけられ・・・

城が襲われていると気付いた騎士団の援軍が着き、私が気付いた時にはすべてが失われた後でございました。城を守るガーゴイルはことごとく砕かれ、おそらく「服従の呪文」に抵抗したと思われる先代様は、奥方様、若様、お嬢様をかばうようにして亡くなっており、タペストリーからは焼き消されていたあなた様とあなた様のお母様の名が焼き跡ごと消失しておりました。」

「そうだったのか。」

「それからは地獄のような毎日でございました。もしあの時私がもっと綿密な調査をしていれば・・・もしあの時、騎士団の援軍に城に行ってもらうように伝えていれば・・・自らが犯した罪に震え、私は残されたあなた様がどうかあ奴らに見つかりませんようにと願うのが精いっぱいでした。

闇の帝王の野望が打ち砕かれたと知った時も私の心には自責の念しかございませんでした。主のいない私は自らを罰することもできず、無人の城を歩くたびに心は締め付けられ、砕かれた館を修復し、次の主に命をささげることのみが罪滅ぼしだと、生き恥に耐えてきたのでございます。

そんな折、私の元にダンブルドア教授がいらっしゃいました。教授は私に次期当主たるあなた様の生存をお教え下さり、この城に迎える手伝いをして下さるとおっしゃいました。しかもあなた様は杖なしでも魔法を使うほどの逸材だとお聞かせいただいた時、私は例え命を差出してもあなた様を守ろうと誓ってのでございます。

しかし、実際にお会いした時、私は自らの認識の甘さにおのれの不徳を悔いました。あなた様は私の命程度では到底釣りあわぬほどのお方でした。先代の罪滅ぼしに尽くすなどという忠誠心の欠いた自らの愚かさを呪ったのでございます。

そこまで思っていながら、私はどの屋敷しもべも羨むほどの主人に仕えることができ、あなた様にねぎらっていただけることに浮かれ、あなた様の優秀さに目がくらんだ私は、しもべ妖精として万死に値する失態を犯したのでございます。私の命ではいささか不足でございますが・・・これでご容赦ください。」

ウォーディは短剣を取り出し、自らの喉を掻き切ろうとする。


「止まれ。ウォーディ。俺がそんなことで満足すると思ってるのか?短剣を捨てろ。首を斬るのは今ではないよ。」

ウォーディは短剣を捨て、何か言いたそうにしているが、俺の指示に従い、息も止めている。

「命は投げ捨てるものではない。深呼吸をして普通にしていろ。話がある。」

ウォーディは息を吸い、「しかし、罰を・・・」と言い出す。

「黙れ。ウォーディ。これから俺の話を聞き、だれにも漏らさず、俺が許したもの以外知ることがないようにするのがお前の罰だ。お前の命は俺をかばって死ぬか、お前の寿命が尽きる以外に使うことは許さん。」

ウォーディは静かにうなずく。

「主人に疑われるのはつらいだろうが、俺が今から話すことは俺の命にかかわる問題だ。ゆるせ。」

と、俺は言って白紙になっている目録のウォーディのページを開いた。

「戻れウォーディ。」

ウォーディの姿は掻き消え、目録のページにはインクが染みだし、ウォーディの素性がすべて明らかにされる。ウォーディは他の主君に情報を漏洩したり、服従の呪文にかけられたりはしていないようだった。

「来いウォーディ。」

姿現しとは異なる品物としての召喚で再びウォーディが現れる。

「お前の知る限り、ここで話したことは外部には漏れないな?」

ウォーディはコクコクと頷く。

「ここに死喰い人が入ってくる可能性は?この城を守る呪文は秘密の守り人か?ああ、言葉で返事してもいいよ。」

「前回の侵入は前当主が操られたことによります。当主が殺害された時点で、財産以外のものは一度強制的に排除されております。さらにお嬢様がご当主になられた時点で、この城に入ることのできるものはお嬢様が許可を出さない限り、お嬢様のみでございますし、それとは別にお嬢様が継承なさった時点で、自動的にお嬢様がこの城の秘密の守り人となっておられます。」


大丈夫そうだな。こちらに来てからずいぶん経つが、そろそろ一人で抱えるのにもつらくなってきたころだ。

「・・・なら話そうか。わたしと俺について。」
第六話[ひとつ前-/-ひとつ先]
「・・・ごめん。ちょっと気が立ってたわ。いきなりシリアスモードで疲れた。っていうかウォーディーも大変だったね。まあ、ウォーディは悪くないよ。悪いのは神(JKローリング)だからね。ここに座りな。」

わたしはポンポンと、ソファーを叩き、ウォーディーを隣に座らせる。

「わたしはさ、フレイア・マッキノンなんだけど、俺はフレイヤ・マッキノンじゃないんだよね。」

俺はウォーディーの方を見て言う。ウォーディーは驚いた顔をしているが、何も言わない。
俺は手を組んで、膝の上に置き、ウォーディから視線を外して前傾姿勢で考えるように話し始める。

「確かにこの世界においての俺の器としての体は100%混じりっ気なしにフレイヤ・マッキノンなんだよ。でも、俺の魂はどうなんだろうな?心身まとめてフレイヤ・マッキノンという存在だというならわたしはフレイヤ・マッキノンなんだろうけど、俺はどうしてもこの体に対してなんというか・・・心身の一致を感じられないんだよね。まるで、物語の中のキャラクターを動かしているみたいでさ。そんな調子だから、さっきみたいに大失敗して痛い目を見るんだ。倒れる時に感じたあの痛みが日和ってた俺にここは物語じゃなくて現実なんだって、分かってたのに目をそむけていた俺の目を覚まさせてくれたんだ。」

俺は組んでいた手をほどき、再びウォーディに視線を向ける。

「なあ、ウォーディ。お前の主人の魂が、赤の他人にとってかわられたらどうする?」

ウォーディは、即答しようとしたが、その言葉を飲み込み、しばらくした後、口を開いた。

「何としてもお助けします・・・が・・・」

ウォーディは俺の言いたいことになんとなく想像がついているらしい。

「俺は気付いた時には5歳のフレイヤ・マッキノンという少女になっていた。そもそも俺の前にフレイヤ・マッキノンという少女の魂が居たのを俺が殺すことになったのか、それとも虚ろな体に俺が入ることになったのか、それは分からない。

ふふ、意味が分からないな。とにかく俺は5歳のフレイヤ・マッキノンになる直前まで2011年の日本に住んでいた魔法使いでも何でもない冴えない男だった。これは証明しようがないが、俺自身は本来ここにいるべき存在じゃないと思っている。

それで、ウォーディはどうする?」

「私は、お嬢様にお仕えします。」

「それは本来いたはずの彼女を取り戻すという意味か?俺を認めるということか?」

「私にはそれを決める権利は・・・」
「ウォーディの気持ちを知りたいんだ。」

ウォーディは下を向いて、考えている。

もし、主人たる人間が何らかの理由で入れ替えられてしまったとき、しもべ妖精としては助けに行かなければならない。例え本来の主が何処にいると知れずとも、偽者を食い止めなければならない。
しかし、「本来のフレイヤ・マッキノン」を知らないウォーディにとって、フレイヤ・マッキノンとは俺である。もし、俺に仕えるとすれば、ここにはいない主人に対する裏切りになるが、ウォーディにとってはそもそも俺が偽者かどうか判断する材料がない。
俺ですら「本来のフレイヤ・マッキノン」と呼ぶべき存在がいたのかどうかが分からない。「本来のフレイヤ・マッキノン」がいる、いや、いたなら俺は偽者だし、いなかったのなら本物だ。という考え方もできるし、これまでフレイヤ・マッキノンとして生きてきた俺は既に本物であるともいえる。
ウォーディは俺に仕えるか、どうやったら戻ってくるかも知らない主人のために俺を抑えるのか、どちらかを選ばなければならない。

「私は・・・私は「今のお嬢様」にお仕えします。」

「いいのかい?それは「本来のフレイヤ・マッキノン」に対する裏切り、いや、マッキノン家に対する裏切りかもしれないよ。」

俺の言葉を聞いてもウォーディは動じない。

「そもそも裏切りになるのでしょうか?」

「?」

一体どういう意味だ?

「お嬢様は、意図して「フレイヤ・マッキノン」になったのではないしょう?これは事故と呼ぶべきなのではないでしょうか?「今のお嬢様」も、そもそもいらっしゃったのかどうかはわかりませんが、「本来のフレイヤ・マッキノン」様も被害者でございます。つまり、「本来のフレイヤ・マッキノン」様に対して「今のお嬢様」が責任をお取りになるというのはそもそもお門違いですし、「今のお嬢様」は「本来のフレイヤ・マッキノン」様のなすべきことを十分果たしておられます。誰も「今のお嬢様」を責めることはできませんし、お嬢様がそれを重荷に思う必要はございません。

・・・私はそう思いますし、そのことで「今のお嬢様」を責める者がいれば、私は全力でお嬢様をお守りいたします。」

そうか、そういうのもアリなんだな・・・本物かどうかじゃなくて、そう思うのが間違いだってことか・・・。俺も「本来のフレイヤマッキノン」も同じ事故に巻き込まれた不幸な被害者だと。まあ、もし俺が「本来のフレイヤ・マッキノン」だったとして、事故とはいえ自分のいるべき立場が奪われ、そこに他人がいるとするなら、いくらそいつが負わなくていい責任を果たそうとしていても、完全には納得できないだろう。言い訳っぽいけど、取りようのない責任は仕方がないし、俺は俺ができることをするしかないか。

「・・・俺は・・・わたしはここに居てもいいのかな?」

「そう思います。」

「「おめでとう」って言って。」

「おめでとう」

「ありがとう。」

手に何かが落ちたと思ったら涙だった。

「ふふっなんかすっきりした。」
俺はソファーから立ち上がって伸びをする。心は晴れやかだったけど、立ち上がった俺はまだ軽い頭痛と痛みが残っているのが分かったので、もう一度ソファーに座り直す。ウォーディは心配そうに見ているが、大丈夫だ。

「さて、本題に入るか。」

「ええ?!今までのは何だったんですか!?!」
いつも冷静なウォーディが素っ頓狂な声を上げてソファーから転げ落ちた。
こいつの突込み精神は感嘆すべきだな。

「ん?前座。」

「ぜ・・・前座?」
床に転がったまま、ウォーディが答える。

「そう。今までの話はまあ、影響する範囲は広くてもマッキノン家だけだったけど、今からはなす話は魔法界の未来を左右しちゃうからねー」

「そんな話を軽く話さないでください!」

「えー?だって、なんかこう本物に対する呪縛的なものから解放されたしさー、それにシリアス分は全部出し切っちゃって品切れなんだよねー」

「はぁ・・・」

「頑張れウォーディ。ちなみにこの話が外に漏れたらほぼ間違いなく廃人になるまで拷問された挙句死ぬからね。ハハハ!」

「・・・」

そこから俺は、元居た世界のこと、その世界ではこの世界は物語として出版されていたこと、この世界に俺が生まれているのかは分からないことを話した。

「まあ、そこらへんは今の世界には関係ないんだけど、その物語が問題なんだよねー」

「どういうことです?」

「わたしはこの世界がこの先どうなっていくかの未来を知ってるってことなんだよね。一番重要なことはわたしがヴォルさんがまだしぶとく生きてるのを知ってるし、その完全な滅殺方法も知ってるってことかな?死喰い人が聞いたら一瞬で消したくなるのは分かるよねー」

「そ、それは大変なことじゃありませんか?今すぐダンブルドア校長に知らせねば!」

「いや、それはしない。俺が知っているこの世界にはわたしは居なかったんだよね。だから俺はできるだけ関わらない。物語が脱線してしまったらハリーがお辞儀を殺す運命が変わってしまうかもしれないし。まあ、私が関われば物語よりいい方向に導けるのかもしれないけど、悪い方に転がるリスクがある分、そうなった時に私は責任を取り切れない。なにより下手に関わって死にたくはないからね。もし関わるとすればそれはホントのほんとに最後、ホグワーツ決戦で犠牲者を減らすことだけだね。当面は巻き込まれないように振る舞い、いざとなったら逃げ切れるだけの実力をつけて、準備をしとくぐらいだね。」

「しかし・・・」

「わたしは自らの命を賭け金には差し出せないよ。最初にした約束。絶対に違えちゃだめだよ?」

「承りました。」

「じゃあ、わたしが関わらなかった時の未来を話していこうと思うんだけど、長くなるし、いい加減お腹空いたからお昼にしようか?他の子たちも呼んできてよ。」

「分かりました。」
バチンと、ウォーディーは広間から去っていった。

「これから始まるんだな。本当の戦いが・・・」
第七話[ひとつ前-/-ひとつ先]
「さて、飯だし手を洗いに行くか・・・」
と、ソファーから立ち上がる俺。ちょうど済ませたかったしな。
頭痛と痛みが来ないかしばらく確認した後、大丈夫そうだったのでとりあえず大広間から出たものの・・・お手洗いは何処だ?

スーパーマーケットとかだと壁沿いに歩いていれば見つかるもんだが、日本の城ならまだしも西洋の城なんて歩いたことのない俺はトイレを探すうちにすっかり迷ってしまった。

「ウォーディを呼べばいいとはいえ、迷子になりましたとか恥ずかしすぎる。」

「過ちて改めざることを過ちという」なんて名言があるけど、それは間違いを認められるほど心の強い人限定です。

「トイレならばそこの突当りを左じゃ。」
「あ、どうも。」
と、振り向く俺。そこには誰もいない。

「俺も焼きが回ったかな?目録の後遺症で幻聴が聞こえるなんて。」

「いや、幻聴じゃないぞ。ここじゃここ。フレイヤよ。」

きょろきょろと周りを見回す俺。廊下にはやはり誰もいないが、視界の端に動くものがある。
何だと思ってみてみれば、壁にかかった絵だった。絵の中のダンブルドア先生とキャラがかぶっている長い髭に青いローブのおじいさんが手を振っていた。

「うわぁ・・・知ってたけど現実に絵が動くと・・・キモす」
油絵は液晶パネルみたいに平じゃなくて結構凹凸があるんだけど、中の人が動くとその凹凸ごと小蟲の大群みたいにぞわぞわ動いて実に気味が悪い。

「はぁ・・・この娘が儂の最後の子孫じゃと・・・まあ、仕方あるまい。」

なんかあからさまにがっかりされた俺はトイレに行きたいイライラも手伝って、腹が立ってきた。
「あんたいったい何様なんさ?」

うぉっほん。と絵の中の爺さんはもったいぶって咳をする。

「儂の名はマーリン。マーリン・シルベスター・アンブロシウス。おぬしの遠い祖先にあたるものじゃ。アーサー王伝説は知っておろう?あの話に出てくるマーリンこそ儂じゃ。」

「へー。至極どうでもいい。」

絵の中のマーリン爺さんはひどく動揺している。確かに偉い人なのかもしれないし、人間界にも物語として知れ渡っているぐらいだ。現実にはかなり有名なんだろう。でも、そんなの関係ねェ。すごい魔法を教えてくれるならまだしも俺は興味がないね。

「・・・と、とにかくじゃ、儂は次元の狭間に閉じ込められ、死すことのできぬ身じゃ。異世界を垣間見ることもある。おぬしの境遇はつらいものじゃが儂もおぬしに味方するぞ?」

こいつ今なんて言った?「おぬしの境遇はつらいものじゃが」だと?
「聞いてたのか?」

「ほっほ。もちろん。大広間のフレスコ画にも儂は描かれておるしの。」

「・・・爺さんの絵はあっちこっちにかかっているのか?」

「儂は有名じゃからのぅ。」

「・・・そうか。」

子孫だからと言ってこの爺さんが味方するとは限らない。最悪俺の握っている未来情報はこのマーリンの絵が掛かっている家系すべてにばれてしまうかもしれないし、その家の誰かにマーリンが肩入れしていたらそいつを助けるために俺の未来情報をばらしてしまうかもしれない。

幸いというべきかどうかは知らないが、「ヴォルさんの生存情報と、滅殺方法」は今の段階ではまだ与太話に過ぎないし、詳細もまだウォーディにも話していない。

「詳しいことは午後から話すと決めていてよかった。おかげで情報が漏れる前に対処できるわ。まず目の前のあなたを吹き飛ばして、お花を摘んだら次は大広間のフレスコ画ね?大丈夫。他の家にかかっている絵もちゃんと回収して始末しておくから。」

ぐっと、力を入れた手にバチバチと不吉な音を立てる気弾が生成される。最近やってなかったからストレスたまってたんだよね。

「ちょ、ちょっと待つのじゃ!一体どうするつもりじゃ?」
マーリン爺さんはひどく動揺している。伝説の魔法使いともあろうものが嘆かわしい。

「知れたことを。お前が他の家に情報を漏らす前にすべてのお前の絵をこの世から葬り去る。」

「止めるんじゃ!儂の絵は次元の狭間にいる儂の唯一の窓なのじゃ!」

へー魔法使いの絵はゴーストみたいに残留思念的なものかと思ってたけど、この爺さんは特別らしい。

「そんなの関係ないね。お前が他の奴に情報を漏らす可能性がある以上、わたしの平穏のためにお前の絵には消えてもらう。」

「そんなことは誓ってせぬ。おぬしは儂の最後の子孫なのじゃぞ?それでも信じられぬか?」

「信じられないね。もし毎日お前の絵に話しかけてくれる他家の子供が、俺の目指す運命では死ぬことになっていた時、お前はその子供を見捨てられるのか?しかも、その行為は見かけ上俺にわずかな負担を課すだけだ、「何の不都合もない」・・・が、それはいずれ俺を死に追いやる。許す訳にはいかない。」

マーリンの絵はあちこちに掛かっている。中には物語のヒーローにあこがれるようにマーリンにあこがれる子供もいるだろう。次元の狭間に閉じ込められ、永遠の孤独に耐えねばならないマーリンにとって、自分の絵に無邪気に話しかけてくれる子供はどれほど貴重な存在か、筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。そのような子が避けられる死のレールに乗せられていると知った時、たとえ身内の負担が増えるとしても、その避け方を教えるのは人として仕方がないことだ。

だが、俺にとってはそんな情は迷惑にしかならない。俺は少なくとも今後7年間は、神の敷いたレールから物語が脱線しないように慎重に行動しなければならない。確かに目先だけを見れば、俺が少し頑張るだけで、マーリンと俺はその子を救えるのかもしれない。だが、今現在のほんの少しのずれが、将来的に途轍もない差になってしまう可能性は大いにある。唯でさえ「存在しないマッキノン家の生き残り」がいるのだ。もうずれ始めていると考えて差し支えないだろう。もし、この神のレールが余裕のあるものならばいいのだが、具合の悪いことに俺が目指す神のレールは嘘のように偶然がハリー達の味方をして出来た紙のようにうすく、もろいものなのだ。

例えば、原作3巻の「アズカバンの囚人」では、クィデッチ中にハリーが"偶々"襲ってきた吸魂鬼のせいで箒から落ち、主の失ったニンバス2000が風に流されて"偶々"暴れ柳に捕まり、砕かれる。そのことを"偶々"知ったシリウス・ブラックが"偶々"知られずにグリンゴッツから自身の財産を引き出すことに成功し、ハリーに炎の稲妻、ファイアボルトを送る。ファイアボルトを得たハリーはその後、「炎のゴブレット」でドラゴンを出し抜くための相棒としてファイアボルトを使ったりとさらなる活躍をすることになる。

例え、ハリーが吸魂鬼に襲われたとしても、スポーツには一度として同じ試合がないように、ニンバス2000が暴れ柳の方に行くとは限らない。もし、ニンバス2000が暴れ柳と異なる方向に飛んでしまったら、わたしは歴史を守るために、強力な防護呪文が掛かったニンバス2000をも欺くほど強力な「錯乱の呪文」をかけ、所有権を誤魔化したうえで暴れ柳の側から「呼び寄せ呪文」をかけなければならない。しかもその全てを誰にも悟られないように。だ。

考えるだけでも頭が痛い。しかも私のカバーできる範囲はホグワーツだけだ。外の世界で想定外のことが起こっていてもわたしにはどうしようもない。

そのような綱渡りをしなければならない私はできる限り不確定要素はつぶしておかなければならない。逆にもし、干渉するとするなら徹底的にしなければならない。

わたしは「炎のゴブレット」でヴォルデモートが復活するまでに隠され、厳重に守られたすべての分霊箱を破壊し、

ハリーの血を使ってヴォルデモートを復活させ、

偶然にも最後の分霊箱となっているハリーを殺して、ヴォルデモートの分霊箱のストックを0にし、

ハリーの血を使ったことでリリーの「死の犠牲」の呪文の効果が発動し、愚かにもハリーの「疑似分霊箱」ともいうべき存在と化したヴォルデモートによってハリーが蘇生し、

その上でヴォルデモートを殺す。

+その間に死喰い人の弾幕に一発でも当たるとアウト。

という凄まじいというより命がいくらあっても足りないような行為に手を染めなければならない。何より消費魔力がすさまじく多い「死の呪文」を2回使わなければならない。っていうか現代日本人の俺の精神は同級生を殺し、直後に殺人鬼とはいえ人を殺すという行為に耐えられるのか?

仮にハリーを見捨て、お辞儀を殺すことだけを目的にしても、「復活した直後で復活を喜び、油断してお手てを見ているヴォルさんの後ろに瞬間移動し、ヴォルさんを殺す。」というのが見かけ一番勝率が高いように思える。

が、これも穴だらけだ。あまりにも連発しまくったせいで最早「死の呪文」のエキスパートと化したヴォルさんよりも早く「死の呪文」を唱え、さらに連続姿現しの疑似ドラゴンボールバトルに慣れたヴォルさん相手に成功するとは思えない。

さらにこの方法だと例えヴォルさんを殺したとしてもハリーの中の分霊箱が発動し、ハリーとヴォルさんは同一個体になってしまう。いや、ハリーの精神はヴォルさんに殺されてしまうだろうから、わたしは不意打ちで何とかヴォルさんを殺せたとしても、その直後復活したヴォルハリさんと戦わなければならない。死の呪文を使って魔力を消耗した上で。だ。

ダンブルドアは助ければいいじゃんとか思ったそこのあなた。ヴォルさんはダンブルドアが生きている限りハリーの前には姿を現さないだろうし、現したとしたらそれは確実にハリーと一対一になる状況しかあり得ない。そうなると、ダンブルドアは生きているので死の杖はヴォルさんにパクられず、「実はヴォルさんの持ってる死の杖はハリーのものだったんだよ!なっなんだってー」作戦が使えない。無理です。リリーの力で一度復活したとしてももう一遍ハリーが死ぬこと請け合いだ。

結論・・・無理。どう考えても無理。スぺランカー先生がスーパーマリオを全面クリアするぐらい無理。実は首位の高さの落下までは耐えられるスぺランカー先生でも体の10倍以上の高さから落下しなければならないマリオでは、1-1のゴールを踏むことさえ不可能だ。前提からして詰んでいる。

バチバチバチッという気弾の音に俺は現実に戻される。

目の前のマーリンは俺に消されまいと絵の中で無駄な抵抗を続けている。しかし、俺にとって即死級の毒となるマーリンの絵も、裏を返せば、多くの魔法使いの家(純血主義とか古い血統の家とかにはスパイを恐れて置かれてはいないだろうが)をスパイする有用なツールだ。ホグワーツから出られない俺にとってマーリンの絵は、いや、マーリンが俺に従う限り貴重な情報源となりうる。

・・・ホグワーツに魔法使いの絵が多いのは、その絵を通して家の者がその子女がうまくやっているかを知る電話代わりになっているのだな。今分かった。

一度深呼吸した俺はマーリンを見据え、問いかける。

「選べ、服従か、消滅か。」

取り乱していたマーリンの顔には恐怖が張り付いているが、俺の声を聴くとぴたりと止まって、考え始めた。

しばらくして、顎に当てていた手を放したマーリンはこちらを見据えた。

「降参じゃ。まったく、とんでもないのがうちの子孫に入ってしまったもんじゃ。」

「俺の魂も含めて、わたし、フレイヤ・マッキノンだ。爺。

お前はこれから例えどんな事情があろうと、俺自身の情報、俺の知っている情報、俺の目的すべてを口外することは許さん。うかつな一言が俺とお前の絵を殺すと知れ。そして、俺の求める情報はすべて嘘偽り、誘導の意思なしに俺に伝えろ。例えそれが他家のものでもだ。最後に、お前の魔法について教えろ。今後必要になる。あと、今日午後に俺がウォーディと話しているときは席を外せ。その時に取られたメモは今後読んではいけないが、もしそのメモが奪われそうになったりしたらすぐに俺とウォーディに知らせるんだ。」

「分かった。そうしよう。おぬしには敵わんよ。」

「そうか。信用している。」
そう言って俺はマーリンに言うと、俺はトイレに駈け出していた。
オリキャラ紹介(ウソ)[ひとつ前-/-ひとつ先]
フレイヤ・マッキノン
 死喰い人に滅ぼされたはずの「マッキノン家」の忘れられた最後の生き残り。母親がスクイブで、もともと隠されていた上に、彼女曰く「テラ他人ww」の先代当主マーリンの最後の「追跡阻害呪文」により生き延びた。
 が、その魂は冴えない日本人転生者のオッサン。ドラゴンボールが好き。殺伐とした魔法世界に対して過剰な警戒感を抱いている臆病者。自分が傷つくことを恐れる臆病ゆえに、「傷つけられる前に殺る」という理論に飛躍しているがあまり自覚はない。自分がチート転生者じゃないことを自覚しており、ヴォル様に睨まれたらどうしようとおびえる日々を送っている。
 その一方で、長年「本来のフレイヤ・マッキノン」に対する罪悪感も抱えており、原作に居なかったから俺は彼女の立場を奪っていないという考えと、この世界は俺がいる時点で原作の世界ではないだろうからやはり「本来のフレイヤ・マッキノン」の立場を奪ってしまったのでは?という板挟みに陥っていた。
 その悩みもしもべ妖精「ウォーディ」の理解によってだいぶ軽減している。

しもべ妖精ウォーディ
 先代からマッキノン家に仕える屋敷しもべ。一族滅亡のきっかけを招いてしまったと感じ、罪の意識におびえていたが、フレイヤ・マッキノンという新たな主を得て自らの進むべき道を見つけた。フレイヤ・マッキノンの告白(恋愛的な意味じゃないよ)を受け、現在のフレイヤに仕える決意をする。

伝説の魔法使いマーリン
 キリスト教徒の陰謀で愛した美人の泉の妖精に嵌められ、次元の狭間に閉じ込められたおっさん。彼の絵はたくさんの魔法使いの家にかけられているので、フレイヤは自身の持っている情報が彼から漏れるのではと戦々恐々している。彼自身は彼女を売る気はさらさらないのだが、フレイヤの情報は魔法世界を揺るがしかねないので、口では「信用している」と言うもののまったくマーリンを信用できない彼女を哀れに思っている。彼自身も彼女の持つ情報の重大性を理解しており、同じく次元を超えた苦難に陥っている彼女を何を犠牲にしても助けたいと思っている。
 その思いがフレイヤに届くことはないが。
 ちなみに次元の狭間から見えている異なる次元のテレビアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の1話目を見ていたく感動し、彼は最終話まで見ようと思っている。

前当主マーリン
 作者の都合により非常に濃いキャラにされてしまった人。原作にも出てくるが、殺されたとしか触れられないので、触れるのも嫌なほど濃い人だったということになっている。

しもべ妖精 ヌー、イーティ、スーヅ
 城の設定を適当に考えたためできてしまった不遇な3人組。彼らはきっと維持の大変なマッキノン城を守るために陰から頑張っているんだよ!今のところ出番は食事の時ぐらいしかない。



フレイヤが吹っ切れたときの7年後

起動要塞《アームズフォート》スピリット・オブ・フレイズウィル
 7年の歳月をかけて魔法と気と陰陽術と科学の融合によって魔改造されたマッキノン城。その主砲は50キロ離れた先からでもヴォルデモートを消滅させるほどの威力を備え、6本の足で自立歩行が可能である。不可視かつ探知不能であるため、どこから来るか分からない主砲と、いつ撃ったのか分からないミサイルに闇の陣営は恐怖する。

機甲機動骨格式《アーマード・モビール・フレーム・ソルジャー》AMFS-00typeε
 フレイム・グリント
 7年の歳月をかけて魔法と気と陰陽術と科学の融合によって作り出された強化鎧という名の夢の巨大ロボット。
 式神技術から、分身の術とその巨体を動かす操機術を、防御機構として攻撃を受けなかったことにする変わり身式神と、ダメージを肩代わりする身代わり式神を取り入れている。
 魔法技術からは防御術、自己修復術、反射術、硬化術、機動性を上げつつ、打撃時の威力を上げる重量自在術を取り入れている。
 科学からは強化チタン合金製のフレームや動力系、武装、内装の電子機器、戦闘支援AI技術を取り入れている。
 例えバッテリーが尽きても操縦者の気力が尽きることがない限り戦い続けれられる「根性システム」を搭載している。
 フレイヤの脳が目録の電波によって侵されたために生まれた狂気の兵器。ライフルからはビームが出、レールガンの狙撃銃が火を噴き、打ち出すパイルは相手を光にし、ミサイルは地の果てまでも相手を追いかけ消し炭にし、ブレードは鋼をバターのように切り裂く。元ネタの白い悪魔の速度で飛び回り、ザクマシンガンでも傷一つつかない。さらに、フレイヤ搭乗時には瞬間移動も使いこなす化け物。
 適性がないと体がミンチになるが、耐えられるのはドラゴンボール方式の訓練をこなしたフレイヤのみ。初起動時でも1秒間に16人のヴォルデモートを葬り去ることができる。戦闘を重ねるごとに進化していく。

自律改良型人工知能ADA
 魔法と陰陽術とプログラミング技術の融合によって誕生した「戦うたびに学び、進化するAI」クーデレ。気の理論が入っていないので「根性システム」に否定的。でも、限界を超えて戦う操縦者にはデレる。例え彼女がプログラムだとわかっていても、操縦者はやる気を出してしまうので、「砕け散るまで戦う」ための燃料となることこそが彼女の真の使命である。
第八話[ひとつ前-/-ひとつ先]
「ハッ!」

なんだかよく分からない電波を受信してたような気が。AMFS?なんだいそれは?

それにしても便座が冷たい。もうだめだね。ウォシュレットのない生活を6年も続けてこれたことに感動するよ。とにかくウォシュレットが発明されるまで便座を温める魔法とお尻をきれいにする魔法を習得して誤魔化すしかないか。

マーリン爺さんに帰り道を聞いた俺は違わず大広間に戻って来る。
扉の前にはウォーディが立ってた。身だしなみはいつものようにきれいなものに戻っている。

「準備のほどは整っております。お嬢様。」

と、広間のドアを開けてくれる。
扉の向こうにはコック服、メイド服、作業着を着た屋敷しもべが立っていて、俺にお辞儀をしている。ウォーディが3人の前に進み出た。

「こちらの3名が我が家の屋敷しもべにございます。」

「料理を担当いたしますヌーにございます。」

「きゅっ給仕と館の清掃を行っております、イ、イーティでしゅ。」

「そどまわりをたんどういだしまずすーづでございまず。」

いやー屋敷しもべってぼろを着てるんじゃないの?みんなちゃんとした服を着てるんだな。一人ぐらいトンでいらっしゃる方がいるかと思ったけど、ふつーだったね。そして、メイドのイーティ。分かっているじゃないか!

「ほへー。みんなきちんとしてるんだね。私はフレイヤ。コンゴトモヨロシク。」

3人とも俺があいさつしたことに驚いているようだ。ウォーディだけはいつも通りのポーカーフェイスだが目が笑っているぞ。

「ご、ご主人様があ、挨拶だなんて、そんな畏れ多い。」

「こまけぇこたぁいいんだよ!それよりもみんなきちんとした格好してるね?しもべ妖精は衣服を貰えないって聞いたんだけど。」

俺の対応に戸惑っている3人を制してウォーディが答える。

「確かに我々が衣服を下賜されるということは即ち、解雇されるということです。しかし、「借りる」ならばその限りではありませんし、衣服ではない布や、糸、ボタンを頂いても問題はない。そう先代様は仰っていらっしゃいました。それらの布でまともな衣服を作るようにと。」

「なるほどねー。先代は弱者を助ける立派な法律家に成れるよ。」

先代って結構まともな人種だったんだね。

「まあ、それは置いといて飯にしよう。ああ、皆も椅子に座るんだよ?異論はあるかもしれないけど、今日は特別だ。私とおんなじものを食べて、マッキノン家の再k・・・じゃなくて、今まで君たちがこの城を守ってくれたことのお礼をしたいんだ。」

あぶないあぶない。マッキノン家の再興とか言っちゃったら結婚しろって言われるじゃん。まだ俺の心は日本男児だからね。

俺はウォーディに誘導されるまま一番奥の最上座まで誘導される。っていうか遠い。
ウォーディが椅子を引き、俺はそこにかける。

ウォーディ達は一礼して椅子に座った。じゃあいっとくか。

「手を合わせてください。」

俺が手を合わせると4人は戸惑いながらも手を合わせる。

「いただきます。」

「「「「いただきます。」」」」

俺が倒れたのを心配したのか、食事はあんまり濃いものじゃなかった。良く火を通した野菜とか鶏肉はあっさりしてうまかった。イギリスの飯は何か脂っぽくて苦手だったんだよね。リーマンからもらった醤油とかで騙し騙しやってたけど、コックのヌーに日本食を作ってもらえるように頼んでみるかな?

「ヌーさんはどんな料理が得意なんだ?」

「ご主人様の望むものなら何でもお作りいたします。」

ヌーさんに話を振ったがこれじゃあ続かん。メイドのイーティはどうだ?

「・・・なあ、イーティは何か得意なこととかある?」

「ひゃっ!ひゃい。メイドの仕事が得意でっです。」

「裁縫とか掃除とか?」

「そ、そうです・・・」

黙ってしまうイーティ。俺何か悪いことしたか?

「スーヅはこの城のどこが好き?」

「このしろのそどはみん゛なすぎだす。」

「いや、担当場所・・・なんでもない。」

しかし・・・会話が続かん!

「しもべ妖精はこのように主人と同席することなどございませんでしたから、3人ともなれていないのでございます。お気を悪くなさらないでくださいませ。」

気まずいよーどれぐらい気まずいかっていうと、あのしもべ妖精と主人は馴れ合わない方がいいと言っていたウォーディが俺のフォローに回ってくれるぐらいきまずい。葬式か!ええい!こうなったらどんどん話を振っていくぞ!

「ヌーにはさ、これから新しいタイプの食事を作ってもらうことになる・・・かな?」

「いかなるものでもお作りいたしましょう。」

「日本食なんだけど。大丈夫?」

「日本食でございますか?」

お、こいつあれだな。難しいものを提示されると燃えるタイプだななんか目の色が違うし。

「うん、こっちの料理とは根本的に違うから苦労するかも。まあ、材料からして違うし、こっちじゃ手に入れないものもあるからこの夏休みに日本に行っていろいろ買ってくるよ。日本食はわたしの精神衛生の為には必須なんだ。」

「かしこまりました。」

うんうんと頷く俺。近い将来日本食には苦労しなくなるかもな。次はイーティだな。

「イーティにはそうだね・・・しばらくはスーヅと一緒に魔法薬の原料の薬草とか育ててもらおうかな?いいかい?イーティ、スーヅ?」

「は、はい。分かりました。」

「わかりますだ。」

おお、こいつらもなんか生き生きしてきたな。

「イーティには薬草の栽培記録を取ってもらいたいんだ。肥料は何にしたかとか、何日に何インチ伸びたとか、ああ、センチでも書いてほしいね。葉っぱはどうだとか、花は何色かとか・・・まあそんなに細かいことまで書かなくてもいいけど、できれば絵付きでお願いしたいかな。後は進行状況にもよるけど、顕微鏡とか、マグルが使ってる分析機械とかも使ってもらうようになる・・・かな?」

まずはプリンス本のメモを回収して、分析しないとね。前から思ってたけど魔法使いの世界って「〜学」とかあるけど、どれもこれも個人技能の域を出てないんだよね。明確な学会とかないし。まあ、魔法界全体が「技能=その人の価値」の域から脱し切れてないから仕方ないんだけど、このままだと絶対にマグルに負けちゃうよね。一つ一つは強力でも圧倒的に普及性が悪い。マグルの世界だと買ったら済むのもが、魔法使いだとその魔法を使うために一から訓練しないといけないとか効率が悪い。あーアイポッドほしーわ。

魔法が絡むと不確定要素が多すぎて難しいところもあるんだろうけど、魔法界にもできるだけ科学とかを取り入れて「権威の誰かが言っていた」じゃなくて、「数千回の実験の結果、こうなると思われます」にしていかなくちゃいけないと思うんだ。

「イーティにやってもらう仕事はもしかしたら無駄になるかもしれないけど、一方で魔法界に名を遺すことになるかもね?」

「が、がんばります。」

「とりあえずはマンドラゴラを栽培してもれおうかな?期限は来年の11月位かな?最悪4月に間に合えばいいよ。」

俺がバジリスクに石化を食らわないとは限らないからな。来年は伊達メガネ必須だな。最悪軍用暗視スコープでもいいかも知れん。直接で死亡。間接で石化。ならば、一度外部処理された映像が映っている画面はどうなんだ?痺れる位なんだったら逃げることもできるだろう。魔法の監視のない入学前の今にコマンドー式の買い物に行くか。銃器も欲しいな。夏中に錯乱の呪文と目くらましの呪文を覚えねば。研究用の機材は・・・コピー系の魔法を覚えてからでいいや。無理に奪って行ったら研究者がかわいそうだ。

あとはハーマイオニーさんの石化を解いてあげてホグワーツ特別功労賞を上げたいね。これぐらいの改変なら大丈夫だろう。

「スーヅにはイーティの手伝いと後もしかしたら城の補修とかをしてもらうかも。わたし練兵場使いたいし。」

「しょうちいたしまづだ。」

多分練兵場っていうぐらいだからそれなりの防御はしてあるんだろうけど、かめはめ波とかはどうなんだろ?

まあ、そんなこんなで、食事会は今まで大変だったろー、いえいえそんなことは、ぬかしおるはっははーな感じで和やかに終わったわけですよ。


食事の片づけも終わり、3人が立ち去った大広間には俺とウォーディだけが残った。

「さて、ウォーディ、用意はいいか?」

「かしこまりましてございます。」
分厚い羊皮紙とメモを取り出すウォーディ。

「じゃあ出て行ってもらおうかマーリン。ちなみにほかの絵とか外部に話を漏らすことのできる者はいないな?」
と、おれは最上座の席から降り、後ろの壁のフレスコ画に呼びかける。

「おらんよ。まったく。漏らさんというておろうに・・・」
フレスコ画からマーリンだけ抜け出し、壁の向こうに消えてゆく。マーリンの居た所はくっきりとその形のシルエットだけ残った。

俺は癒しのソファーにどさっと寝ころぶと、「原作」の話をし始めた。
メモにはできるだけ余裕を持って書き込んでもらい、思い出したことを順次追加していく。時たま手を休めて矛盾がないかどうかチェックしてゆく。しかし、こっちに来てから6年近く経っている。俺はこの世界がハリーポッターの世界だとは知らなかったから記憶も結構あやふやだ。こんなときこそ夢の中で原作をチェックできたらいいのに。

でもそれは逆に怖いな。「原作」にとらわれ過ぎて「現実」が見えなくなるかもしれん。まあ、背景情報とかは必要だ。モブキャラの名前とかもうほとんど覚えてないし、覚えていても名前だけだ。

俺とウォーディは遅くまで未来情報を書きとめ、とりあえずのプランを話し合った。

明日には、ダイアゴン横町に行こう。
第九話[ひとつ前-/-ひとつ先]
「うう…あたいってば てんさいね…」

「うぁあ!」
キョロキョロと辺りを見回す俺。

「あるぇ〜(・ε・」

「おはようございます。御気分の方はいかがですか?ずいぶんと、うなされていらっしゃいましたが。」

「え?」
俺、起きてたんじゃ?

「わたし…寝てたん?」

「今起きられた所でございますよ?」
ウォーディは朝食の用意をしている。

「昨日の夜実験したよね?」

「…しておりません。」

「え゛?」

「ホグワーツからの連絡法とか、遠くの監視法とか、写真記憶とか!ウォーディにも書庫に行ってもらったりしたじゃん!」

うわ…ウォーディがなにか可哀相なものを見るような目でこっちを見ている。

「誓って申し上げますがしておりません。」

「…」

俺とウォーディは互いにお互いの目を見ている。ウォーディの大きな目には焦った顔のわたしが映っていた。

「ズバリ!わたしが倒れた原因は脳記憶域に対する過負荷である!」

ビシッっと左手でウォーディをを指差す俺。

「…違います。」
それにお茶を注ぎながら冷静に返事するウォーディ。

「…あるぇ(・ε・」

なんか気まずい。昨日まで築き上げてきた何かがガラガラと崩れていく。

「だって…」と言って俺はウォーディからメモ帳を貰い昨日のようにウォーディに送る。

「所有!転送!」
ボシュッ音がして、ウォーディの手元にメモが届く。

「おお!お嬢様!?これは!」
メモを送られたウォーディは初めて電話を使った子供のように驚く。

「ウォーディそのメモ裏返して返事を書いて。」

ウォーディがメモに返事を書くと目録の絵が変化していく。質問の内容は「浴室の特徴は?」だ。わたしは浴場に一度も言っていないのでなにがあるのかも知らない。

「湯の注ぎ口かグリフォンの頭…?」

ウォーディは驚いてこっちを見る。もちろんこっちからウォーディの手元は見えない。

「ほら!」
といって俺はウォーディに目録の絵を見せる。

「…申し訳ありませんが私には読めませんので。」
そういえば当主にしか読めないって…

「…もしかして私は他人から見たら白紙の本を熱心に読んでる痛い子?」

「残念ながら…」

しょぼーん(・ω・`)
その後、俺は俺とウォーディがやったと思っている実験について話していく。

反しているうちにいろいろ矛盾点が見つかる。例えば鏡、目録の中に鏡はありました。映像も映っていたけど頭は痛くならない。ウォーディ曰、魔法使いの写真や絵と同じで魔力は消費しないらしい。写真記憶は無理だった。

「…とにかく昨日は実験はしていないと。」

「目録の酷使で御倒れになったお嬢様がそのような実験を行うのを私が御止めしないはすがないじゃないですか!」

確かに…改めて考えるといろいろおかしい。

「なんという夢落ち・・・じゃあ、わたしが倒れた原因は?」

「魔力切れにございます。」

「脳がパンクしたんじゃなくて?」

「目録は魔力を削ると書いてあったのでは?」

「でも、脳みそに刻まれて忘れないって。」

「恐らく比喩でございましょう。」
魂に刻み込むと同じレベルか・・・

「負荷って情報負荷?」

「魔力負荷にございます。」
確かにウォーディは情報負荷とは一度も言っていない。

「頭痛くてだるいのは脳負荷の後遺症じゃないの?」

「典型的な魔力切れにございます。」

「原作に魔力切れは…あったかも…」
っていうか死の呪文を連発してた魔法使いが二人しかいない時点で魔力の容量的なものは裏設定として存在していたはず・・・かな?つまり、俺は盛大な勘違い野郎だったと。ああ、野郎じゃないのか、勘違い娘か。

「…お嬢様。」
ウォーディが憐れむような目で見てくる。

「…何も言わないで。」

うおあああああ!恥ずかしいぃ!
両手で顔を押さえて床の絨毯を転がる俺。

「…お嬢様は魔法界を揺るがすほどの情報をお持ちになり、自身についてお悩みになり、マッキノン家当主という重責までも負っておられます。そのような悪夢を見ても致し方ないかと。差し出がましいようですが、原作という枷に囚われ過ぎず、もう少し自由にして頂いてもよろしいかと。」

おああああい!ウォーディめっちゃ心配そうな顔をしてるし!違うから!わたし正常だから!

「トゥットゥルー!出でよ!ドクター・ペーパー!」

目録からカルテ用紙が現れ、わたしの診断結果がカルテに滲み出てくる。

『フレイヤ・マッキノン Age 11 Female

 診断結果

  身体
  ―魔力切れ

 安静状態にて3日、癒しのソファーにて3時間で回復の見込み

 精神
  ― うつ病

 理由のない罪悪感
 脳への後遺症という疾病妄想
 過度の被害妄想
 論理の飛躍
 うつ病に伴う身体症状

  ― 性同一性障害

 軽度。問題無し。経過観察』


「だめでしたー!!」
うおー。そういえば前世で真面目で責任感の強い、信念の人ってやつがうつになってたけど、俺が…

orzしてる俺にぽんぽんと手を当てるウォーディ。

「魔法界に転生したけれどわたしはもうダメかもしれない。」

「大丈夫でございますよ。お嬢様。」

ははは…笑っちゃうね。自分では責任なんてスルーしてしょい込んでないと思ってたけど、がっつり背負ってました。

もう過度に原作とか気にしないようにしよう。もうハリーさん等がどうなっても知らん!ダンブリードーに任せておけばいいのさ。わたしが一々面倒を見なくてもいいし、もしあいつらが負けたらこの城に引き篭っちゃえばいいじゃん!わたしが「服従の呪文」を喰らわない限りこの城は探知不能、侵入不能の不落要塞だからね!ご先祖様グラッツェと言いつつ寝たきり生活をしてればいいのさ。

前話の前書きからしてデデデデストローイとか電波に汚染されてるじゃん。H話だったし仕方がないね。

「そうだダイアゴン横町行こう。」

ウォーディは俺が元気になったことを喜んでいるが、困った顔をする。

「よろしいので?今日は…」

「いいんだよ。特にすること無いしね。」

手を洗って朝飯を食ったわたしはウォーディに先に行って貰い、瞬間移動で追いかけた。まだダイアゴン横町に行ったことのない俺は煙突飛行が出来ない。次からは行けるだろう。

俺はパンクなTシャツに腕輪とベルトとナイフを装備し、ゾクのはちまきをバンダナにしている。ブラ?わたしはサラシ派じゃないし、女の子だからしてるに決まってるじゃん!

それはそうとこの鉢巻き、「服従の呪文」に対しても耐性をくれるらしい。流石、かみから直接「くいあらためよ」と言われても耐えられるだけある。これをしている限りわたしの城は安泰だ。

腕輪とソファーのデスコンボで痛い目にあったわたしは、ソファーに座る時は必ず鍛練の腕輪を外すようにしている。が、それ以外の時は四六時中つけている。そのお陰で身のこなしとか地味にいろいろ上達している。


「おーここが」

「漏れ鍋にございます。」
俺の前には汚いパブ。反対側にはレコード店。人の流れは不自然なほどレコード店に集まり、誰も「漏れ鍋」に見向きもしない。

だが時折人ごみの中から奇抜な格好をした人が店に入って行ったり、いかにも魔法使い風の人が出てきては「姿くらまし」していた。しみじみとパブを見ていた俺は後ろに控えるウォーディに視線を向ける。

「ウォーディはダイアゴン横町への入り方を知ってるんだよね?」

「もちろんでございます。」
いつもの調子でウォーディは礼をした。

「手持ちのお金は?」

「3ガリオン6シックル5クヌートと、きっかり50ポンドでございます。」

ガリオンとかは分からないけど、50ポンドは6千500円前後。ハリーの杖は確か7ガリオンだったか?日本円でどれくらいか分からんな。

「漏れ鍋でコーヒー飲んでお金の価値を大体調べてからグリンゴッツでお金を下ろそう。後、グリンゴッツではポンドにも両替出来るんだよね?」

「恐らくは可能でしょう。」

俺は漏れ鍋へ一歩踏み出した。

「じゃあコーヒー頼んで、隅っこに場所借りてソファー出してのんびりしよう。」

「畏まりました。」
ウォーディが俺について来る。

わたしは、ほいと目録から透明マント(マーリン製。性能はハリーの以下高級市販品以上)を取り出しウォーディに被せ、登録したメモ帳を渡す。マントの下のウォーディの顔は多分驚いているのだろう。

「今後の為にわたしが「歴史あるマッキノン家」の当主であることは内緒にする。校長しか知らないし、彼は余計なことは言わないからね。だから、今から外では私はマグル育ちので偶々名家と苗字が同じなただの「フレイヤ・マッキノン」。オッケー?」

ウォーディはすぐに事情を察したのか、目録の中のウォーディに渡したメモ帳の絵には綺麗な字で、
「承りました」
と、書かれていた。

さあ、誰も知らない生き残っちゃってた女の子の魔法界デビューだ。
第十話[ひとつ前-/-ひとつ先]
カランカランと乾いた音を立ててベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」と言う頭のさびしいマスターに俺は近づいて行く。

「おはようマスター。わたしはフレイ。マグル育ちなんだ。今日魔法界デビューってやつさ。ひよっこだがこれからよろしく。」
と、右手を差し出す。

「おお、これはご丁寧に。漏れ鍋店主のトムだ。」
と、トムは俺の手を取り、握手した。

「ところでなんだけど、こっちの物価が分からなくてね。シックルやらクヌートやら・・・ちょっと教えてくれないかい?コーヒー一つ頼むよ。」

「そういうことならお安いご用だ。25クヌートだが、特別だ。20クヌートでいいよ。」

「クヌートって銅貨だっけ?5枚しかないよ。銀貨は6枚あるんだが。」

「十分だ。1シックルは29クヌートだからな。」

俺はポケットに手を入れるふりをしてウォーディから1シックルを受け取る。

「これで良いかい?」
と俺はカウンターに1シックルを置くと、トムはお釣りを渡してきた。

「ほら、釣りの9クヌートだ。ちなみに金貨のガリオンは1枚で17シックルだ。」

「ありがとう。10進法じゃないから慣れないね。」
俺は手の平を広げて釣りを受け取る。

「マグル育ちの通る道だ。」
トムはがんはれよと俺を見た。

「なるほどね。ところであそこの空いてる所を使って良いかい?自前のソファーで寛ぎたいんだ。」
とおれは釣りの9クヌートから5枚をチップとしてトムに渡す。

「自前のソファーかい?」
トムはじっと俺を見る。俺がどこにソファーを隠しているのだろうと思っているらしい。

「ああ、どこでも運べる形見のソファーさ。」
・・・嘘は言ってないよ。

「そういうことなら構わないさ。出来次第コーヒーを持って行くさ。座って待ってな。」

「ありがとう。」
と、俺は薄暗い店の奥、隅っこの空いたスペースにさりげなく癒しのソファーを呼び出し、透明なウォーディに合図して一緒に座る。

コーヒー一杯500円として1クヌート20円、1シックル600円、1ガリオン1万円ぐらいか?為替レートは分からないから物価が高いのか安いのか分からないな。

向こうでは確かクィディッチ今昔とかで魔法界の貨幣体系が考察されてたけど、向こうで出版された本とこっちの原本は少なくとも表装とかサイズとか違うしな。当てには出来ない。

そうこうしている内にトムがコーヒーを持って来てくれていた。

「いいソファーだな兄ちゃん。」
嬢ちゃんです。

「そうなんだよ。座るかい?」
コーヒーを受け取った俺はトムに尋ねる。まあ、座らないだろうなとは思っているが、社交辞令だ。それにしてもコーヒーはいいにおいだ。落ち着く。

「そうしたいが仕事なんでな。飲み終わったらそこのテーブルに置いて置いてくれ。」

「分かったよ。」
わたしがそう言うとトムは満足したように去って行くが、ふと何かを思い出したように振り向いてきた。

「ところでお兄ちゃん。横町への行き方は知ってるかい?」

コーヒーから口を離したわたしは微笑みながら答える。

「聞いてきてるから大丈夫だ。ありがとう。」
ウォーディがいるしね。


「魔法使いの口にするものってなんでこんなにうまいんだろうね・・・長生きするわけだ。」

ソファーの上でまったりモードに入った俺は、1杯目の残りを見えないようにウォーディにやったあと、2杯目を頼んでいた。ぼーっと見ているだけでも、山高帽の魔女、シルクハットの紳士、ターバンの怪しい人、マントの吸血鬼っぽい人、ペイントレード要員の死にかけのカースメーカー、ガチムチの黒人と、いろんな人種がいて楽しめた。

そんなこんなでかれこれ朝からソファーに座って通産で3時間が経とうとしていた。おかしな人間に慣れてしまった俺はドアからやたらでかい人影が入って来たのに気にも留めなかった。ましてやその影にいるものなど。

ウォーディと筆談していたわたしはそろそろ出ようと、残りのコーヒーを一気にあおり、バーテンのトムの

「ハリーポッター!」

という声に驚いて思いっきり吹き出してしまった。

「ブフォ!ガハッゲホッ!ぜーぜー。ハリーポッター!?」

口と鼻からコーヒーが垂れ息が苦しい。空気がコーヒー臭い。幸いにも吹き出したコーヒーは目録のお陰で広がらなかったが、「汚れない」目録は雨樋のようにコーヒーをわたしのジーンズに流し込み、容赦なく下着まで濡らした。

「最悪…ゲホッ…いでよ便利な拭布。」

便利な拭布で顔とジーンズを拭くと、コーヒーはシミごと吸い取られた。濡れた衣服はからりと乾いている。最早四次元ポケットな目録。

見るとハグリッドの隣のハリーポッターは蟻にたかられる角砂糖のように揉みくちゃにされている。じゃあ、あのターバンはクィレルか?少し落ち着いた俺はウォーディに確認した。

「今日って28日じゃないの?」

「8月1日にございます。」と、目録のページが更新される。

「…わけがわからないよ。」
キンクリか?キングクリムゾンなのか?スタンド攻撃なのか?

「倒れられたお嬢様は四日間お目覚めになりませんでしたから。」

「それはヤバいね。ああ、だからウォーディはわたしが起きた時、この世の終わりみたいな顔をしてたんだね。」
なるほどそりゃあれだけ取り乱す訳だ。

「ええ、あの時はもうお嬢様はもう一生涯目覚めないのではと思いましたから。」

なんか忘れてる気が…
「あ!ハガキは!?ホグワーツの!」

目録には冷静な文字で
「期日までに既にアルキメデスが届けております故、ご安心下さい。」

ほっと薄い胸を撫で下ろす。
「良かった。…だけど日付を確認しないで突っ走ったり、目録に毒されてトンデモ理論をぶちかましたり、わたしってか俺って結構思い込みが強い?」

「以後お気をつけ下さい。」

「そうします。しゅん↓(・ω・`)」
ウォーディに暗におっちょこちょいだと言われて落ち込む俺。

俺は、ハリーさんはどうなった?と見上げた。バーテンのトムが俺の方を指差し、ハリーとハグリッドがこっちを見ている。ハグリッドの方は普通だが、ハリーの視線がなんか痛い。あれか、あれなのか?同じマグル育ちだから変なシンパスィーを感じているのか?

っていうかトム!聞こえてるぞ!「あの兄ちゃんもここは初めてらしいから一緒に連れていってやってくれないか?」だと!?ふざけるな!ハーマイオニーより先にハリーに出会ってたまるか!ハリーと知り合いになんてなったら、なまじ「ヴォルさんのせいで一族最後の一人」とか境遇が似ているせいで親友認定されかねん!聞こえてないふりだ。聞こえてないふり。

わたしは瞬間移動を試みたが、結論から言うと無理だった。漏れ鍋と外の間には恐らくマグル避けとかの結界があるのだろう。単純な結界でも空間を弄らない瞬間移動じゃ超えられない。

「まずいねウォーディ。緊急事態だよ。ポッターに目をつけられた。瞬間移動も使えない。」

「緊急事態でございますね。お嬢様。」

ヤバイ!あいつら近づいてきやがった。っていうかハグリッドでかい!もじゃもじゃ!怖い!

「ウォーディ。ここにマントを置いて一旦屋敷へ。合図したら戻って来い。」

「承知しました。」
とウォーディは小声で答えた。

バチン!

ウォーディが消えた瞬間、俺はウォーディの被っていたマントを掴んでかぶり、音と動作で一見姿くらまししたように見えるようにした。

「え?ハグリッド。消えちゃったよ?」

「姿くらましか?いや、ありえん。あいつも1年生だろう?」
吃驚している二人をマントの中から見るわたし。

二人がなんやかんや問答した後、裏庭に出て行ったので、俺はクィレルの後ろに歩んで行って、マントを取った。ハリー達が私のために時間を食ってしまったのだ。わたしもさりげなくこいつをしばらく釘付けにして「賢者の石」の回収のために時間を稼いでやろう。

っていうかこいつのターバンの裏ってヴォルさんなんだよな?しかし!ゾクのはちまきなめんなよ!開心術なんて効かないからな!安心感ぱねぇwwかみにも特攻できるわ。

「さっきのでかくてもじゃもじゃで怖い人と、黒いちっさいのは何だったんです?」

「うひゃい!」
おーおー驚いてやんのクィレルのヤロー。

俺を売ったトムも俺の再登場に驚いている。
「兄ちゃん「姿くらまし」したんじゃ?」

「ははっトリックですよ。わたしが「姿くらまし」何てできるわけないじゃないですか。爆竹とこれですよ。」

爆竹じゃなくてしもべ妖精の転移音だけどね。トムは俺の持っている透明マントを見る。

「これは・・・透明マントかい?」

「そうですよ。わたしに手紙を持ってきた人の真似をしてみたんです。魔法使いって案外手品に弱いんですね。」

「はは!これは一本取られた!」
わはは!と大声で笑いだすトムから視線を外した俺はクィレルに話を振る。

「さっきの人たちと仲が良さそうでしたが、お知り合いですか?」

「わ、私は、ほ、ホグワーツで、や、闇の魔術に対する・・・ぼ、防衛術を教えていますので。も。森番のは、ハグリッドとは、し、知り合いです。」
実に聞き取りにくい。こんな演技はやめてほしいね。

「この方はホグワーツの先生のクィレル教授だ。そんで、さっきのでかい大将がホグワーツの森番、ルビウス・ハグリッド。」
トムがフォローに回るので、反応しておく。知ってるのにもう一度話すなんて疲れるな。ホグワーツではいつも本読んでる無口キャラで行こう。そうしよう。いまから小声で「そう。」という練習をしておこう。百万回生き返ったぬこを読むのもいいかもしれない。

「へー、同僚だったんですね。っていうか先生だったんですね。9月からよろしくお願いします。」
ぺこり。クィレルはどこかへっていうかグリンゴッツへ行きたそうだが、そうはいくか。

「まあ、さっき言った二人も十分有名だがな、ハリーポッターには敵わねえな。」
トムが出っ歯を出してにやりと笑い、胸を張る。あなたはハリーのなんなんですか?モブ男め。

「ハリーポッター?すいません。マグル育ちなんで。クィレル教授は良くご存じなんですか?」

クィレルは中庭の方を見ているが、こんなにやりたいことがバレバレの奴だとヴォルさんも大変だ。

「へ?あ、ああ、よ、よくご、ご存知です。はい。」
あーこいつからかうのおもしれーわ。自分、ドSですから。

「おいおい兄ちゃん。あんまり先生をいじめるもんじゃないぜ。」

この後トムが「名前を言ってはいけないあの人」と言った数二十数回。13回目からめんどくさくなってやめた。クィレルは中の人に急かされてるのかだんだん顔色が悪くなる。

「へー。すごい英雄だったんですね。あのやせっぽっちの黒髪のクソガキ。」

「おいおい。英雄様に対してひどい言いようだな。」
トムは苦笑する。

「自分毒舌ですから・・・ところでクィレル教授はどちらに?」

「ぐ、グリンゴッツまで。」
こうなんか口から魂抜けかけてるよ。

「そうなんですか、お引止めしてすいません。わたしも買い物があるので、ここで失礼します。」
俺はトムとクィレルにぺこりと挨拶するが、頭を上げたときにはもうクィレルは中庭に走って行っていた。

「おう。またな。」
と、トムが言い、俺はソファーを回収に行った。

ソファーを回収し、裏庭でウォーディを呼び出すか。と思って裏庭に進んでいた俺は急に目の前に現れた壁にぶつかった。

「いて。何だ?」

「おい気をつけろ。って、さっきの小僧じゃねえか?」
なんかはるか上から声が聞こえる。

俺は散歩下がって、上を見上げると、そこにはモジャンボ。
「・・・」
いや、リアルで見るとすごいわこれ。らーらー○ー、ららー○ーことーばにーでき○ーい。グリンゴッツのトロッコで気分悪くなってリポD飲みに来たんだっけか?ハグリッドが気分悪くなるグリンゴッツってどんだけ・・・行きたくなくなってきた。

「おめぇ一年生だろ?一年生なのに「姿くらまし」ができるのか?」
ああ、めんどくせえけど、もう一度言うか、

「透明マントと爆竹でそれっぽく見せただけの手品ですよ。あなたたちが慌ててる時も側に居ました。」
ハグリッドは驚いた顔をしているが、すぐに不機嫌そうになる。

「なんで隠れる必要がある?」
ハグリッドはいけすかねェ野郎だと思っているらしいが、こっちは乙女なんだけどなー。まあバンダナジーンズでパンクTシャツに・・・絶壁だし。間違えれれてもしょうがないのか?でも髪は長いし。いや、よそう。トムも勘違いしてるようだし、学校では女の子らしくしてればハリーも「漏れ鍋で出会った男の子」だとは分かるまい。

「いや、知らないでかいモジャモジャの人がずんずん近寄ってきたら逃げたくなるでしょ。」

ハグリッドはちょっとショックを受けたようだった。目が泳いでいる。

「まあ、俺のことはええ。でもハリーのことは避けないでやってくれよ?あいつもお前と同じマグル育ちでよ、ひでぇめにあってきたんだ。友達もいねェし、ホグワーツでは仲良くしてやってくれ。」

全力で「NO」と言いたいが言えないのが日本人の魂が入ったイギリス人の私。生粋の日本人なら「ニホンジンエイゴワカラナーイ」って誤魔化せるんだろうけど、くやしい!

「はあ、まあ機会があれば。」
前向きに検討しますとは言わない。イギリスではこの言い回しが通用しないことは検証済みだ。こいつら容赦なく「Yes」だと思ってくるからな。May beとかProbablyで誤魔化すしかない。

「そうか、よろしく頼むぞ。」
だめだったー!

はぁ。とハグリッドと別れた俺は裏庭に来た。他人を呪わば穴二つ。ハグリッドの任務が円滑にいくようにクィレルの邪魔をしたら俺がハグリッドに絡まれたでござる。

とりあえずウォーディを呼び出して、グリンゴッツに行こう。魔法薬の薬草の種とかも買わないといけないな。イーティたちにもメモを送っていろいろ聞いてみるか。

「来い!ウォーディ!」

バチン!

「お疲れでございますね。」

「人を呪わば穴二つ。クィレルの邪魔をしたら帰ってきたハグリッドに絡まれた。」

ウォーディは肩をすくめる。
「災難でございましたね。」

「これもシナリオの為さ。」
俺が目くばせすると、ウォーディはどこからともなく取り出した長いステッキで、一つの煉瓦を3回叩いた。場所覚えとこう。

目の前の煉瓦の壁はパズルのようにカチカチとアーチになり、ダイアゴン横町への道が開けた。

「さて、行くか。」
第十一話[ひとつ前-/-ひとつ先]
「へーすごいもんだ。」
ダイアゴン横町の中はメインストリートというだけあっていかにも魔法使いな奴等ばっかりで、いわゆる「まとも」な格好の俺はめちゃくちゃ浮いていた。ウォーディはまたマントで消えてもれっている。

「ローブに着替えようかな・・・」

なんか、周りの同年代とかそれ以下の子の視線が痛い。でもまあ、俺にはウォーディが付いているし。と、透明なウォーディをぬいぐるみよろしく抱きかかえる俺。傍から見てもおかしくないように目録も抱えている。

通りを進む俺の前にはフクロウ屋やら、箒屋やら、鍋屋やら、魔法薬だのなんだのかんだの・・・

「ぶっちゃけがらくたにしか見えない物ばかりなのは気のせいだろうか・・・」

こう何と言うか、大体は魔法を付与すればいいっていう発想のせいで、機能美が全くない。

「服でも見るか?」と、適当に服屋を覗く俺。

中にはブロンドの高慢そうな少年とポッターが採寸していた。っていうかフォイフォイがハリーに絡んでいた。「やべ。」と思った時にはもう遅かった。

「ハッフルパフになんか入れられたら退学するね。見ろよあそこのアイツ。いかにもマグルくさいじゃないか?ハッフルパフに御似合いだね。」

フォイフォイ君に目をつけられる俺。ああ、このシーンか。と思って俺はダイアゴン横町の入り口を見る。ハグリッドはアイスを買っていた。早く来いよ・・・

「君だよ君、聞いているのかい?」
ハグリッドを見ている俺に無視されたと思ったのかマルちゃんが、絡んでくる。ハグリッドが来るまで1分ぐらいか?それぐらいなら付き合ってやろう。

「失礼いたしました。才気にあふれるスリザリンにふさわしい名家のご子息とお見受けしますが、わたくしはマグル育ちの身にて魔法界の礼儀について知らぬものですので、ご容赦ください。」

「フン!最低限の礼儀ぐらいは分かっているじゃないか。」
おだててやったらすぐ機嫌を直しやがって。扱いやすいな。ハリーにも釘を刺しておくか?

「ああ、そこの黒髪の君はさきほど漏れ鍋でご一緒したね。あの時はすまなかった。君の連れにに驚いてしまってね。まああれは手品みたいなもんだ。君の連れに種明かしをしたから後で聞くといいよ。君はグリフィンドールかな?誰かに守られたことがあるんだろう?人を守るために強くなるならグリフィンドールをお勧めするよ。」

ハリーは興味深げに俺を見ている。俺と同じ所に行きたいとか思うなよ。

「君はハッフルパフに行くのかい?」

「さあねグリフィンドールかもね。でも一つだけ言っておくと、友達はどこの寮に行っても会えるが、自分の人生は変えられない。何になるかよく考えて選ぶんだ。わかったね?じゃあな。」

ハグリッドがやってきたのでさりげなく俺は去っていく。ハリーには思いっきりグリフィンドールを押しておく。名字的にわたしの方が先だから、「ダイアゴン横町の少年」=フレイヤとならないようにしなくちゃな。

キングズクロスではこの格好でいるか?ハリーを誘導できるかもしれないが、いや、下手に関わるのはここまでにしよう。9+3/4番線でハリーに合わないように出来るだけ早く乗り込んでおくか。荷物は・・・ダミーでも普通にしておくか?俺は目録だけで済んでしまうんだが。まあホグワーツで目録が使えないという可能性も無きにしも非ず。普通にしておくか。

「シナリオ通りにするのは大変でございますね。」
俺に抱えられた透明のウォーディがつぶやく。

「全くだ。あとはハリーがウィーズリー家とグレンジャーとよろしくやってくれればいいのさ。」

グリンゴッツの前に着いた俺の前には顔が真っ青になったクィレルがいた。ここで変に関わると逆恨みされそうだ。俺はクィレルに会いたくはなかったので、手近かな書店に入ることにした。

そういえば教科書が必要だったな。しかし、全部買うには金が足りない。クィレルが去ったのでグリンゴッツに行くかと、そうこうしているうちにまた来ちゃったよハリーさん。もう勘弁してくれと、俺はハリーに会わないように別の列の本棚から外に抜けていく。

ハグリッドの身長からは本棚の上からこちら側が見えるが、ハリーと話しているらしく幸いにも此方を見てはいない。本棚の向こうから「爆竹と透明マントを使ったらしい。」「へー透明マントって?」とか聞こえるが気にしない。

本屋を抜けてホッとしたところで俺の肩が掴まれた。ぎょっとする俺。俺なんかしたか?
振り向いてみると本屋のエプロンをしたオッサン。

「坊主。万引きとはいただけねぇな。他の奴はごまかせても、その動きただもんじゃねェ、俺には誤魔化せねぇぜ。」

ウホッすごく誤解です。

っていうかまた鍛錬の腕輪のせいか・・・呪われてるな。ぶっちゃけここで弁解してもいいんだけど、俺にはハリーさんに見つかりたくないという制限があるからなーとほほ。っていうか目録持ったまま本屋はいるとかうかつだった。現代のT○TAYAみたいなシステムがないからなー。普通の本とかなら万引き防止呪文的なのがあるのかもしれんが、高級な本だったら目録と同じように魔法を跳ね返しそうだ。一旦レジに断っておけばよかった。

「誤解だと思いますが、ここで言っても無駄でしょう。そちらとしても店先で騒がれるのは迷惑では?」

「良く分かってるじゃねェか・・・来い。」

はぁ・・・何これ。



・・・失敗だった。そう。痴漢冤罪にあった気分だ。あの時全力で逃げるべきだった。本とか通販でいいじゃん古い本でいいじゃん。ウィーズリー家を見習おうよ。亡くなったマータイさんに失礼だよ。日本人なんだからもったいないってさー。

もうね・・・辛い。何を言っても意味がない。っていうかマッキノン家当主という事実を知られたくないという時点で詰んでいる。っていうか言っても信じてもらえないということが分かった。

「この本は元からわたしのものです」と言えば、「お前みたいなガキがそんな本持っているはずがない」と言われ、「この本は元からここにはなかったはずです。」と言えば、「そんな黒龍鱗表紙の本はここにしかない。」と言われ、「家の家宝です。」と言えば、「そんな大切なものを持ち出す訳がない」と言われ、「じゃあ取ったところの本棚が開いているはずです。これだけでかい本ならその隙間は埋められない」というと、「確認している間に逃げる気だろう」と言われ、どうせ呼び出したら来るので「じゃあ、この本はあなたに預けますから確認してきてください。」というと、「認めたな?俺はお前に反省してほしいんだ。本を返せばいいってもんじゃない。」と言われた。もうだめぽ。ゾクのはちまきしてなかったら精神攻撃で狂ってたね。鍛錬の腕輪は俺に面倒事しか呼んでこないけど、はちまきには助けてもらいっぱなしだ。ありがとう!そうちょう!

座らされている俺の膝の上で、透明マントをかぶったウォーディが、屈辱に震えているのが分かる。面と向かって当主が馬鹿にされてるもんな。俺が耐えろと言ってなかったら目の前のこいつぶっ殺しそうだ。人殺しで打ち首になろうとも嬉々として受け入れるだろう。それぐらい負のオーラがにじみ出ている。ウォーディのマントを外し、ウォーディの存在を明かしてしまって、「どうせ盗むんならこのマントを使う」とか言えば、「しもべ妖精まで使って盗みを働くとは。嘆かわしい。」と来るんだろうなー。こいつ俺以外には白紙に見える中身を見せても裸の王様みたく「読める」とぬかしやがったので、俺は「そーですかー。私には白紙にしか見えませんがねー。あなたに所有権があるんでしょー。サツにでもなんでも引き渡してくださいよー」と諦めモードだ。もう警察的なところで反省文書く方がずっとましだ。いいかげん膝にウォーディのせたまま冷たい床に正座とか痔になるし。このオッサンも俺が男だって誤解してるしなー。

はっ!あれか?はちまきからあふれ出る漢気がそう見せているのか?だからムサイこいつが反応してきたのか?うおー乙女なのにゾクのノリの汗臭いオーラがにじんでいるのか?

もうぐだぐだ。反省しろ!って手を上げてきたけど、疾風のナイフのおかげで俊敏になっている俺にはかすりもしない。危なくなったら本を盾に使っている。こいつでも本は殴れないらしい。もうだるいわー店長を呼べ店長を。

もういい加減足が限界だったので殴ってきたところをカウンターで合わせ、思いっきり目録を振りぬいてオッサンを吹っ飛ばした。

「よろしいので?他の方が来ますよ?」
と、立ち上がろうとするが、足がしびれて動けない俺を支えようとする健気な透明ウォーディ。

「誰が来るにしてもあいつよりましだ。」
「確かに。そうでございますね。」

いててと、足をほぐし、ようやく立てるようになったとき、売り場からおじいさんが応援にやってきた。渾身の力で会心の一撃を放ったはずなのに、オッサンも再起動している。もうダイアゴン横町出入り禁止とかでもいいわ。おうち帰りたい。

「おやじ、こいつは万引き犯だ。罪を認めたのに、反省もしねェ!しかも本を盾に使いやがる!ゆるせねぇ!焼きいれるから手伝ってくれ。」

あーあの爺さんこのオッサンの父親か。そういえばガチムチ具合がよく似てるな。こいつもどうせ脳筋なんだろうな。本を盾にして逃げるか。

「はあー・・・あ!」
ぽん!と裏表紙に拳を打ち付ける俺。瞬間移動すればよかったんじゃん。結界の外には出られなくても、そのギリギリまでなら瞬間移動で逃げることができるし、ウォーディはしもべ妖精だから結界は関係ない。

「どうして一時間近くもここに居たかな・・・無駄じゃん。」
オッサンはお構いなしに構えているが、爺さんの顔色が悪い。っていうか大丈夫か爺さん?真っ青どころか白いぞ?

「観念しろ小僧。」「観念するのはお前じゃバカ息子!!」
いきなり爺さんに殴られたオッサンはドゴン!といい音を立てて頭が床にめり込んでいる。

「え〜」
どうやら爺さんはこの目録のことを知っているらしい。どうせこっからややこしい説明とか謝罪があるんだろうけど、ぶっちゃけめんどいし、時間の無駄だ。そんなのは願い下げだし早く城に帰りたいのでどさくさに紛れて俺とウォーディはグリンゴッツ前に瞬間移動した。

「はぁ・・・これならハリーに見つかった方が良かった。」

「あの親子に賠償を求めなくてよかったのですか?罪には正しく償いをさせねばマッキノンの名が廃ります。」

「時は金なりっていうしね。あの程度のところで受けられる賠償のために時間を潰すぐらいなら、他のことに使った方が有意義だよ。」

「全くでございますね。」
にやりとウォーディが嗤う。こいつ屋敷しもべネットワーク的なものに報告するんだろうか?そんなものあるかどうか知らないけど。フローリッシュアンドブロッツよ。こいつが何かする前に這ってでも謝りに来た方がいいかもな。まあこっちは飛んで逃げるが。

っていうか魔法使いってなよっちいのばっかなんじゃないの?何あのゴリゴリ筋肉ダルマ等。
第十二話[ひとつ前-/-ひとつ先]
瞬間移動は便利なんだけど、ウォーディに先導してもらわないといけないのがなー。めんどい。NARUT○の四代目みたいなマーカーがあれば良いんだけど。そういえば目録に超占事略決があったよな?式神ってマーカーになるかな?でも、あの本、封を解いたら前鬼と後鬼が出てくるんだよなー。日本に行って降魔調伏教えて貰うか?

グリンゴッツに入る前に俺はウォーディにかけた透明マントを外し、目録にしまう。
「ウォーディ、帰ったらで良いんだけど、魔法省にわたしが日本に行っても問題無いか聞いといて。何かあるなら申請に行くわ。久々に日本の地を踏みたいし、陰陽術も習いたいし。」

「畏まりました。」
ウォーディはぺこりと頭を下げた

グリンゴッツは白い堅牢な建物でさながら白い巨塔だった。本屋からあの親子が出て来たが関係ない。俺は扉の両脇に立っている小鬼に会釈し、門をくぐった。俺はクィレルにもシカトされる注意書きとかどうでもいいので読み飛ばしてさっさとカウンターに向かって歩いて行った。

「鍵は・・・目録にあったな。」
と俺は思い出す。

「左様にございます。」
ウォーディもそういっているし、間違いない。

静かな店内をつかつかとカウンターまで行く俺。なんかカウンターはやたらと高いところにあってうざい。あれか?普段いろんな意味で見下されてるから、ここでは見下してやろうってことか?

普通ならこんな武家の商法じゃやってけないけど、そこは天下のグリンゴッツ。信頼があるから多少の小鬼の意匠返しも許されるんだろう。

でもこんなことしてるから種族間の溝が・・・止そう。こうなった背景からして魔法使いが悪いからな。

「おはよう小鬼の兄さん。マッキノンのフレイだ。鍵はここに。」
目録から鍵を取り出してカウンターに置く俺。

小鬼の兄さんはチラリと俺を見てウォーディを見た。なんかすごい機嫌が悪そうです。

「申し訳ありませんが、ただいまトロッコの整備中でございます。金庫からの引き出しはしばしお待ち下さいませ。両替ならばあちらで承ります。」
と、俺から見て左後ろを指差す。

「なんかあったの?回復にはどれくらいかかる?」
何事かしら。

「龍の機嫌が悪いものでして。もうしばらくかかるかと。」
兄さんは会釈しているがイライラオーラを隠そうともしない。

「さいですか。またくるよ。」

そういえば店内にはすさまじいほどの殺気的なのが溢れている。俺以外の人間はあまりの気まずさに逃げ出しているようだった。

「ああ…」
クィレルが押し入ったからこんなになってるのか。自慢の金庫に侵入されてプライドがずたずたな上に、犯人の目星もつかないから殺気立ってるのな。

こいつらの面子丸つぶれだし、不様にも「ドラゴンの機嫌が悪い」とか嘘を吐かないといけないなんて臓煮え繰り返るほどの屈辱なんだろう。

そんな険悪な雰囲気の中、ゾクのはちまきをしている俺はそんなの関係ぇねぇ!とばかりに特攻したと。

うわ、性悪りー!小鬼にとったら「ねえねえどんなきもち?ご自慢の警備を出し抜かれてどんなきもち?」って言われてるようなもんじゃん。俺に対する視線も空気嫁→殺気→呆れ→諦めと変わっていって今となっては吹っ切れて賞賛になっちゃっている。なんか視線が生暖かい。

恥ずかしい。帰りたい。ウォーディもいつも通りにポーカーフェイスだけど、っていうか顔が引き攣っているのか?スマン!とは言っても先立つ物は金だ。

俺は両替っていうか質屋みたいになってるカウンターに行った。目録の中のガラクタで、価値があると書いてあったために捨てられなかったものを処分しないといけないからな。

例えば、初期の蛙チョコレートの包装とか俺にとってはゴミ以外の何物でもないが、コレクターにとっては喉から千手観音が出るくらい欲しい、涎れがナイアガラな物らしい。3つもあるし2つぐらい売っても良いだろう。物好きな子孫のために一つは取っておくが、こいつらも価値を知る人に愛でられる方がいい。

っていうかなんで時代毎に3つずつあるかな?!あれか?保存用、鑑賞用、実用か?そんな物を集めて喜ぶか!変態どもめ!

「こいつらの鑑定と引き取りをお願いします。」
目録を使って両替カウンターにガラクタの山を築く俺。

目の前の小鬼の爺さんは興味深そうに俺を見ながら髭を撫でている。

「このような雰囲気の中、豪胆なことでございますね。そのバンダナでしょうか?我等の鍛えた銀に匹敵するほどの強い信念を感じます。」

「そうだね。ある偉大な漢の遺品さ。着けてれば神様にも特攻出来るらしいよ。」

ほう・・・と俺を値踏みするように見つめる爺さん。
「そのバンダナでしたら即金て金貨五千出しましょう。」

このゾクのはちまきは俺の天敵「服従の呪文」に対する唯一の盾だ。いくら積まれても無理だね。
「安いね。これが欲しいなら今すぐ、金貨百万と闇の帝王の首と遺品を差し出しな。」

小鬼の爺さんは怯むどころか嬉しそうだ。周りの小鬼もほぅ…とか言ってる。

グリンゴッツの金庫が破られたのだ。小鬼もきな臭い雰囲気とヴォルさんの影は感じている。俺の「首」発言は、暗に金庫破りがあったのを知っていると言うことで俺の目は節穴じゃないと示してくれる。

「流石はマッキノン家の御当主。お見それ致しました。ご無礼をお許し下さいませ。」

試されるのは嫌だ。はちまきしてなかったらパニックになってたな。小心者だからね圧迫面接なんて無理。女の子だもん。

「いいよ。忙しいところに押しかけたのはわたしだしね。今度マグルの最高の鍵屋を連れて来るさ。」

笑いながら侮辱するわたしに、爺さんは不敵な笑みを浮かべる。
「次回目録の修理が御入り用な時にはお申し付け下さいませ。特別に金貨五十万枚で御引き受け致しましょう。」

五十億円か…だがその手には乗るか。
「本体価格だけじゃなく手間賃、技術料、アフターサービス、そして・・・そちらの『所有権』の永久放棄とマッキノンへの『所有権』の永久譲渡を含めるといくらだい?」

爺さんの顔から余裕が消え、気合い砲かと見紛うばかりの威圧感が襲う。小鬼は小鬼製品に誇りを持っている。彼らにとって売買とはレンタルでしかない。売っ払って返せという気がなくとも、彼らの素敵理論の上では「永遠に貸している」だけなのだ。

「・・・金貨五十億枚でございます。」

五兆円か…豪気だな。ポケモンの世界売上でも二兆円だったか?

「マッキノンの資産っていくらだいウォーディ?」
ウォーディは素晴らしいよ。執事の鏡だね。世界最寒のシベリアよりもお寒いこの雰囲気にも呑まれていないんだから。

「金貨五十億と五千枚ほどでございます。」
ウォーディはさらりと答えるが、その手は少し汗ばんでいる。

「へーうちってすごいんだね。」
まさかそれだけあるとは。それよりもこの爺さん知ってて吹っかけて来たな?

「我が城の基礎には勝利と繁栄を約束する聖剣エクスカリバーがささっております故。富が失われることはございません。」

うちの湖やけに幻想的だと思ったらまんまアーサー王伝説の舞台だったのな。フヒヒ。約束された勝利の剣のオリジナルが我が手に…あ、涎れ出て来た。

「ぱねぇwwwマッキノン家ぱねぇwww滅んだのが不思議。エクスカリバーも小鬼製なの?」

「いいえ、ブリテン島が出来た時には既にあったとされる神剣でございます。なんでも光で出来ているとか…」

ふーんと俺はウォーディから視線を爺さんに戻してにやりと嗤う。振り向く体勢はシャフ度でだ。

「本が壊れたら金貨五十億枚で後腐れなく全力で修理してくれるんだな?

小鬼製品となった我が家の『目録』の『所有権』、その他が、我がマッキノンとその子孫、縁者、更にはその属する魔法界に未来永劫あると認め、小鬼その他は『所有権』等一切の権利を永久に放棄し、返還等を求めないと。」

小鬼の爺さんは俺が次に言うことが分かっているのだろう。迂闊な発言をしたことに、歯茎から血が出るほど歯を食いしばっている。まともな精神の奴ならマッキノンが14世紀かけて貯めた資産を手放すはずはない。この爺さんはそう見立てたのだろう。

・・・愚かにも。

だが俺は「まとも」じゃない。この話がそれだけの価値があると知っている。

「・・・我等は金貨五十億枚で『目録』の修理に全力を尽くし、『目録』がマッキノンとそれを継ぐもの、果ては魔法使いに属するものとなるよう誓いましょう。我等は『所有権』を未来永劫放棄し、『所有権』をマッキノンとそれを継ぐものに永久に譲渡し、例えマッキノンの系譜が絶えても、魔法界へ返還を求めません。メンテナンスは無料で行いましょう。我等の負けです。狡い真似は我等の信念に誓って致しません。」

「お前等は最高だ。金は今すぐにでも金庫から持っていくといい。交渉成立だ。宜しく頼む。」

爺さんと握手するわたし。ウォーディも驚かない。周りの小鬼も拍手している。

燃え尽きたっぽい爺さんが心の底から優しい顔で聞いてくる。
「何故、こんな無茶な契約を?他の魔法使いのように『借りて』いればよろしいではありませんか。」

「さっきも言っただろ?お前等は最高に馬鹿で狂ってる。良い意味でな?でもわたしは究極に狂ってる。それだけさ。面白いものを見せて貰ったお礼さね。」

「・・・貴方を普通の魔法使いと思ったのがそもそも間違いでした。他の魔法使いのように我等を認めず見下しているのだと舐めていたのです。小鬼の長老と謳われる儂としたことが、子羊と侮って魔王に喧嘩を売るとは。…もう一度お名前をお聞きしてよろしいですか御当主。」

わたしも優しく笑う。
「フレイヤ・マッキノンだ。あんたも凄かったよ。このはちまきが無かったら気絶してたね。」

ハハハと爺さんは笑う。
「金貨百万と闇の帝王の首と遺品、即金で支払えば良かったのですな。今思えば安い買い物でしたのに。」

「そうだろう?わたしは優しいからね。君等と違ってぼったくらないよ。しかし我ながら高い買い物をしたもんだ。魔法界の歴史に残るね。」

「例え魔法使いが忘れようとも我等は永劫忘れませんよ。こと交渉事で我等と正面からぶつかって、我等を完膚なきまで叩きのめしたのはこれまでも、そしてこれからも貴方様のみにございましょう。我等は今後最大の持て成しを致します。今後とも御贔屓に。」

ゾクのはちまきをわたしは撫で、
「交渉と言っても特攻しか出来ないけどね。」
と、いたずらっぽく笑った。

それから俺の周りに小鬼が集まり、口々に爺さんをやり込んだわたしを賞賛したり、俺のように小鬼を認め、正面から来た奴はいないとか、いいチャージインだ!とか言って回った。

ウォーディも、あんな主人なら仕えごたえがあるだろうとか、お前はある意味一番幸せな屋敷しもべだとか、あんな化け物に仕えられるなんてお前はなんて優秀なんだとか言われていた。

「なんか小鬼族全体から狂人認定されてる気がするんだけど。」

「既に認定どころか我等の歴史に、空前絶後の狂人として名を刻んでおるよ。」
すっと小鬼の爺さんがよってきて言う。

「傷付くなぁ」
俺はしゅるりとバンダナにしてたゾクのはちまきを外す。俺でさえわたしの雰囲気が変わるのが分かった。予想通り着けてるとものすごく漢らしく見えるみたいだね。
「・・・わたし乙女なんだけど。」

ええええ!とグリンゴッツが小鬼の叫びに揺れる。驚いてずっこけてる奴多数。ま、た、コレか!

「よし!お前等全員表へ出ろ。小一時間説教してやる。」



そのあと、はちまきを巻き直して契約書を書いた。俺とウォーディて20回確認して10ヶ所のごまかしを見つけた。小鬼油断ならねぇ。ケロッとして、合格ですとか言いやがるし。

なんだかんだあって、結局あのガラクタは28ガリオン8シックル3クヌートになった。けど革袋にはざっと見ただけで50枚以上の黄金色のお菓子が入っているように見えた。疲れて視力がおかしいらしい。

くたくたになった俺とウォーディは足を引きずり杖屋に瞬間移動した。
第十三話[ひとつ前-/-ひとつ先]
さて、これで「炎のゴブレット」でセドリックにぶちあたる「死の呪文」を目録で防いでも、壊れた目録は小鬼が直してくれると。まあ、助けに行くかどうかは微妙な線だが。

フヒヒ。これは秘密の部屋でのバジリスク戦のどさくさにまぎれてバジリスクの毒牙とフォークスの流す不死鳥の涙を手に入れておかねば。

小鬼製の銀表紙になった目録にバジリスクの毒と不死鳥の涙を浸透させれば、叩きつけては分霊箱を砕き、手を触れては最強の解毒と治癒を約束する究極の鈍器と化すことだろう。

あれ?破壊と再生ってエクスカリバーと同じ能力だよね?これはあれだな。エクスカリバーの管理をしていたマーリンの子孫たるわたしに天が現代のエクスカリバー(鈍器)を作れと告げているに違い無い!

ガイアがわたしにもっと輝けと言っているのだ!フゥッハハハハ!最終決戦では死喰い人の死の呪文を目録で打ち返して回ろうそうしよう。


「お嬢様?目が座っていらっしゃいますが大丈夫でございますか?」

「はッ?・・・ヤバイまた電波を受信してた。ありがとウォーディ。」
危うくダークサイドに堕ちるところだった。危ない危ない。

まあ、グリンゴッツでは疲れたしね。とウォーディにつぶやく。面倒いのでマントはしまった。

まあ、ざっくばらんに言うとウォーディは城に帰って貰っても良いんだけど、ここは魔境ダイアゴン横町。心細くて一人じゃ歩けない。細心の注意を払ってハリーの後ろを歩くしか・・・

「…クィレルの足止めした後、帰って出直せば良かったんじゃね?」

「そういえばそうでございますね。」
ウォーディも気付かなかった。という感じだ。

「…」
「…」

「ねえウォーディ。」
「なんでございましょう?」

「わたしって脇役だよね?」
「人生誰もが主役でございますよ。」

「いや、原作的な意味でさ?」
「もし原作にお嬢様がいらっしゃったのなら、名前すら出て来ない脇役でございますね。」

「でしょう?でもなんかこのトラブル体質。主役っぽくない?」
「あまりお気になされすぎるとお体に障りますよ?」

「…次は例え巻き込まれても途中で離脱するわ。」
「それがよろしいかと。」

カランカランと杖のオリバンダー?オリバンター?杖屋に入るわたし。

恐らく少し前までは整頓されてたんだろうけど、今はカウンターやら床やら靴屋の靴箱のような杖の箱が所狭しと散らかっていて、竜巻にでもあったようになっている。

ハリーポッターェ。いくらトラブルメーカーの主人公でもこれはひどい。オリなんたら老も片付けに夢中で俺には全く気付かない。

「…すいません。杖を見繕ってほしいんですけど。」

「?!ああ、散らかっていて済まないね。杖の御所望かい?初めての杖かね?」

オリ…オリ爺さんがひょっこりとケースの山から顔を覗かせる。なんだこの人瞬きするじゃん。きっと相手がハリーだから瞬きを忘れるほど凝視してたんだね。

「そうです。利き手は・・・どっちだっけ?」
俺の利き手は右だったが、わたしの方は左らしい。今では両利きだ。

「いや、わしが見よう。」
オリ爺さんが近づいて来て俺が出した手をフムフムと見はじめる。

爺さんの顔がなんかだんだん怪訝なものになっていく。
「これは…?いや…しかし…それしかなさそうじゃが…」

「どうかしましたか?」
またトラブルとか嫌だぜ?

俺の両手を交互に見ていたオリ爺さんが顔を上げ俺を見る。
「おぬし…既に杖をもっとるんじゃないのかの?」

「?誰かに貰ったり、買ったりしたことはありませんが?」

「知らぬ内におぬしの物になっとるやもしれん。おぬし、おぬしの家に伝わる杖等は無いか?」

押しかけ女房か!知らない内にアイテムボックスにあるとか、ある意味呪いだな。
「そんなんあるの?ウォーディは何か知ってる?」

俺はウォーディに問うと、ウォーディは頷く。何か知ってるようだ。

「マーリンの杖。というものがございます。我が家に伝わる物ですが気難しく、御せるのは十数代に一人とか。先代の奥方様が言うには「2,3本飛んで行った頭のネジが、あらぬところにブッ刺さってる人しか使えない。」らしいのです。先代様が使い手でしたので、お嬢様ではないと思っておりました。」

「なにそれこわい。頭逝ってる人専用ってこと?っていうかウォーディがわたしのことまともな人種だって思ってくれてたのを聞けただけでうれしい。」

「先代もまともなお方でしたよ・・・ちょっと変わっていらっしゃいましたが。」

だめだこりゃ。
「・・・しもべ妖精のちょっとはこっちじゃ壊滅的っていうんだよ。」

「マーリンの杖ということはおぬしはマッキノン家か?」

オリ爺さんはまるで絶滅したはずの珍獣を見るような目でわたしを見る。毎回こんな風にみられると嫌だなー。ポッターはもっとだろうけど。

「ええ、でも内緒にして置いて下さいね。「あの人」一派の残党に睨まれたくないですし。」

オリ爺さんも黙って頷く。
「ああ、良く分かっておるよ。しかし、マーリンの杖か。強力だとは聞いてはおるが、儂も見たことはない。使用者はことごとく有名じゃが、その一方でだれも口にしたがらないと聞く。」

「先代が使ってたって聞くだけでどういうことか分かります。とりあえず自宅警備員の人は総員第一種戦闘配備って訳ですね。分かります。」

はぁ・・・とため息をつく俺。もういやだマッキノン。目録見ても変人しかいないもん。その末席に名を連ねているだけで無条件に奇人扱いされそうだ。あ、わたしもう小鬼全体に狂人扱いされてるや。ははは・・・

「とにかく呼び出せばいいんでしょ呼び出せば。」

左手で目録を支え、ページをめくってゆく。オリ・・・ゴメンちょっとググってくるわ。

オリバンダーでした。オリバンダー老は俺が白紙にしか見えない分厚い目録をめくっているのを興味深そうに見ている。傍から見たらものすごい痛い子だけど、この爺さんは「分かってる」方の人種らしい。

「あったあった。出でよ。マーリンの杖。」

ぽふん。と音がして、杖が俺の手に収まる。というか収まりきらない。杖というよりもこれじゃ最早・・・長い!重い!模様がすごい!剣か?!

これが俺の杖なのか?それにしても・・・
「・・・別に何ともないんですけど。あったかく感じたり、風が吹いたり、BGMが変わったりとかしてないし。」

「そんなはずはないんじゃが・・・ちょっと見せてはくれんか?」
オリバンダー老も首をかしげている。俺はこっちに関しては門外漢?娘なので、素直に渡す。

俺から杖を受け取ったオリバンダー老は虫眼鏡を取り出し、フムフムと見てゆく。

「これは・・・長さ52センチ、恐ろしく硬い。材質は・・・なんと!いや、ありえん。これでは制御などそもそも・・・だからこその使用者というわけか?しかし、先ほどのを見るに・・・じゃが忠誠はあるようじゃし・・・」

日本語でおkって無理か。イギリスだし。
「あのーわかりやすく説明していただけませんか?」

夢中になっていたオリバンダー老はハッとしてわたしを見る。俺、最近変な人に絡まれたり、人外と仲良くなったり、シカトされまくったりと扱いがコロコロ変わるんだけど。

「ああ、すまん。なにせ、非常に・・・珍しいというか、儂はこれを杖と呼んでいいのやらどうやら判断がつかんくての・・・」

杖じゃない?どういうことだ?実は剣ですとか?
「どういうことです?」

ふむ。と、オリバンダー老は一息吸った。
「確かに見た目は非常に長いが杖の形をしておる。造りも申し分ない。じゃが問題は素材じゃ。この杖の素材は・・・唯のユニコーンの角じゃ。それ以上でも、それ以下でもない。」

「ユニコーンの角?珍しいんです?」
ゲームとかではよくありそうなもんだが。

「この杖は1本の、それも恐ろしく強力だったと思われるユニコーンの角を「ただ削りだした」だけのものじゃ・・・今となってはユニコーンの角をここまで精巧に削り出す技術は失われておる。」

「失われた技術が問題なんですか?」

オリバンダー老は頭を抱えている。こういう反応をするってことは何かしらの「変態技術」を目にしたってことだろうか?いや、恐れくそうだ。だってマッキノンだし。

「いや、削る技術は問題ではない。素材は現在使われている杖のどの心材よりも強力なものじゃ。じゃが、それが問題じゃ。」

「・・・」

「この杖は「本来心材であるべき」素材「そのもの」で出来ている。その意味が分かるか?」

「なんかやばいってことはわかります。」
っていうかウォーディの出番がない。

「普通、「杖」というものは、魔力を束ねる「心材」と、その心材に集められた魔力を包み、導く「外装」の木材で出来ておる。その点このマーリンの杖は「心材そのもの」つまり、現代の意味では「杖」とは呼べぬ代物じゃ。

・・・おそらく魔力を限界まで高めることのみを追求したのじゃろう。表面に刻まれたルーンが辛うじて「外装」の役目を果たしているが、それも申し訳程度じゃ。杖に頼らずとも卓越した魔力制御を行える者が使うことが前提になっておる。つまり、制御を度外視しておる。下手な魔法使いが使えば軽く暴発し、腕が飛ぶどころかその命すら危ういかもしれぬ。」

なにそれ・・・変態ってレベルじゃねーぞ!ジェネレーターオンリーでヒートシンクとかの冷却系もなく、電子制御のでの字もないってことだろ?爆発してあたりまえじゃねーか!頭のネジが2,3本飛んでるってレベルじゃないよ!全部飛んで刺さっちゃいけないところに刺さってるよ。反逆の剣より性質が悪い。

「絶望した。マッキノン家の変態理念に絶望した。」

この杖持っても何も反応しなかったし、しまいます。と、目録を閉じて右手に抱え、オリバンダー老から、杖を返してもらう。

「確かにこの杖の忠誠心はおぬしにあるんじゃが・・・」

「勝手に忠誠を誓われ、て・・も・・・!!!」

オリバンダー老から返してもらった杖を「左手で」受け取った俺の全身が総毛立つ。

「ぐっ!」
まさに雷に打たれたようにという感じで杖から全身に電撃が走る。杖が歓喜しているのが分かる。全身が痺れて痛い!だが俺も感覚的になんか欠けたパズルのピースが嵌るようにこいつだと分かる。

俺の回りが爆発したように吹き飛び、バチバチと閃光が走る。

「お嬢様!」
ウォーディが駆け寄ってくるが周りの杖のケースとともに吹き飛ばされる。

もうめちゃくちゃだ。店のものを弁償しないといけないかもしれん。と、心配していたが、オリバンダー老は、子供のように食い入るように見ていて、吹き飛ぶ商品に見向きもしない。

ああ、こいつも変態だったんだな。と思った俺の右から、吹き飛ばされた杖がヒュンヒュン!と飛んできたから「あぶねェ!」と、咄嗟に掴んだ。

稲妻の暴風は収まっていた。

「これは・・・やはり。」
と、オリバンダー老が呟く。
そうですよね。わたしは杖からも変態認定されてしまったわけです。

「なんかいろいろすいません。吹っ飛ばしちゃって。あ、この杖返します。」
と、俺は右手に掴んだ飛んできた杖を差し出す。

「いや、いいものを見た。今日はホンにめずらしい日じゃ。まさか兄弟羽の杖と左右で違う杖とは・・・その右手の杖もおぬしのもんじゃよ。」

「ほえ?」
何言ってんのこの爺さん。俺の杖はこの左手の変態ユニコーンブレードなんでしょ?

「魔法使いの杖は一本だけでは?」
おお、ウォーディ。吹っ飛ばして悪かったね。そして久しぶりのまともなセリフだ。

「分かっておるのじゃろ。その杖をもう一度よく握ってみなされ。」
オリバンダー老は風のせいで服とか髪の毛とかぐちゃぐちゃだが、いい顔で笑っている。

「はぁ・・・」

ため息をついて右手をじっと見る。その間も左手の変態ブレードはバチバチしている。いい加減痺れてきた。それに比べて右手のこいつはなんか優しいというか、人肌というか、落ち着くというか、左手の変態ユニコーンブレードとは別の意味でかけていたピースを埋めているというか、この感触はまさか!

「まさか・・・6年前に生き別れた相棒!??!AIBOなのか!?」

この握り心地、この手触り、この暖かさ、そして世界で一番握りやすいところにあるようなこの絶妙なフィット感!!まさに転生前まで生まれた瞬間から連れ添った相"棒"、AIBOに違いない!!

「おおおおおおおおお!!!!!!!ああああああああああああああ!!!!!!まさか・・・まさかこんなところで再会できるとは・・・・」

あまりの懐かしさに泣き崩れる俺。もう放さないよ!相棒!!

感涙してむせび泣いている俺をよそにオリバンダー老がウォーディに説明している。

「30センチ、桜の老木にドラゴンの琴線。しなやかで固い。

・・・まさかとは思うたが、同じ時期に左右の手でそれぞれ違う杖が忠誠を誓うとは・・・」

オリバンダー老は散らかしっぱなしにしていた自分が悪いし、傷ついたのはケースだけだから弁償代はいらないと、杖代だけでいいと言っていた。俺は吹っ飛ばした負い目もあったし、何より相棒と再会できたことがうれしかったので、杖代は7ガリオン5シックルだったが、俺は熱い涙で服と杖をびちゃびちゃにしながら、釣はいらねェと8ガリオン渡した。

便利な拭布であちこち綺麗にした俺とウォーディは「世話掛けたな」と、杖のオリバンダーを後にした。ぼろぼろのオリバンダー老は満足そうに「またのお越しを」と言っていた。

外に出た俺はもうずいぶん日が高くなった天を見上げた。
「今日はいろいろいい買い物をした。」

総額50億と8ガリオン。

今地べたに這いつくばって土下座をしている筋肉ダルマの持っている教科書と高そうな本はもちろん無料だ。
第十四話[ひとつ前-/-ひとつ先]
「・・・ふぅ。」

あー疲れた。わたしは城の広間にソファーを呼び出しどさっとダイブした。

あの後、杖屋を出たわたしの前に肉だるまが寝そべっているのに気付かず踏んでしまったようだが多分気のせいだ。肉だるまは親切にも教科書と魔法薬大全とか言うでかい本をくれたので城に送った。

店でお詫びがしたいとかいうから、俺とウォーディはホイホイついて行った訳だ。俺は肉だるまの顔も見たくなかったが、どこぞの名医のお陰かは知らないが、ア○パンマンそっくりになっていたからアンパ○マン好きに悪い奴はいねぇと信じることにした。

途中、友達になったアソパソマソを連れて魔法薬系の種とか肥料とか器具とか買ったら、優しいアンパンマ○が今年分のオトモダチ料だからと払ってくれた。今まで愛と勇気しか友達がいなかったから、わたしが友達になってあげたのがよっぽど嬉しかったらしい。

本屋に入る前に孤児院の寄附の為にグリンゴッツで両替したかったけど、グリンゴッツ前は金庫破りを嗅ぎ付けたパパラッチで一杯だったので諦めた。ポンドに両替したいというとあんパンの人は快く承諾してくれた。

ちょうどマグルの金が邪魔だったらしいので良心的なレートで両替してくれた。替えてもらう前に「そういえば日本の1万円金貨って3万円ぐらいで買えたな」と雑学を披露したりした。

パン工場はよっぽどガリオン金貨が足りなくて不便だったらしい。俺が30枚もガリオン金貨をあげたらアンピーマンとジャムをじさんは泣いて喜びながら、世紀末のトイレットペーパーを分厚い塊でくれた。

彼らは気前良く金貨をくれた俺を痛く気に入ったらしく、毎年、教科書をくれるらしい。親切ばかり受けていては申し訳無いので、知り合いにもイイ店だったと伝えておくと言っておいた。

そういう訳で俺は知り合いの屋敷しもべのヌーに「パスポート取りに行ってから帰るから昼飯宜しく。PS.パン工場は良いところだった」って目録経由でメモを送った。

そんなこんなで、パスポートを申請し、孤児院の口座に50万円分のポンド札をダンクシュートした俺は、ジャケットやら今まで着たことのないスカートやらを買い込み、カメラも買った。

どうやら「魔法使い用カメラ」があるんじゃなく、普通のカメラを「魔法使いが使い」、魔法使いの現像屋で現像すると、動く写真が出来るらしい。

俺はジャムをじさんに信用できる写真屋を聞いてみたら、一見さんお断りの、普通の3倍の代金を取るが絶対に中身を漏らさない盲目の写真屋「HalfMoon-SEMI○」を紹介してくれた。おじさんも若いころよく使ってたらしい。「おぬしも悪よのぅ」と言ったのに、顔を引き攣らせてフリーズして反応してくれなかった。これだからダッチは嫌いなんだ。

まあ、これで11歳英国少女の記念撮影のめどが立ったわけだ!あう○うとかセ○トなんてぎ○ぎりじゃなく、あっちのア○トからこっちのアウ○までセレブ買いしよう。ちょうど小五ロ…じゃなくて悟りの道に興味が出て来たしな。日本旅行で寺社仏閣を巡って心身を清めよう。

え?エロス?紳士?何勘違いしてるんだ?11歳の乙女がそんなこと考える訳が無いじやないか。

まあそんなこんなで城に帰ったわたしはソファーでごろごろしたり、しばらくぶりのシャワーを浴びて、そういえばと、倒れてた間、体を拭いてくれたイーティにお礼を言ったり、6年ぶりの風呂でヒャッハーしすぎてのぼせたりしたわけだす。

何故か風呂入ってる間も月光と相棒はネオジウム磁石みたいに腕に張り付いていて取れなかったから怖くなったが、呪いの装備だと割り切って諦めることにした。っていうか百歩譲って変態ユニコーンブレードの月光は仕方ないとしても、なんで相棒まで外れないんだ?確かにもう放さないって言ったけどなにもここまでしなくても・・・


「いつもソファーで寝てたから寝室とかベッドとか懐かしいぐらいだな。」

「左様でございますね。」
と、俺を寝室に誘導するウォーディがしみじみと言う。

「よく考えたら、わたしとウォーディってまだ出会ってから一週間も経って無いんだよね。なんか不思議。」

ウォーディも一瞬はっとしてわたしを見つめる。

「いろいろございましたからね。」

俺も遠い目で窓の外を見る。月の無い夜空には星々が踊っていた。

「いろいろあったねー。でも、あれだけあったのに1クール分ぐらいなんだよなー。もう身が持たないよ。」

フッとウォーディが笑う。

「寝室にございます。良くお休みになって御自愛くださいませ。」
ウォーディが扉を開ける。

予想してたけど寝室もぱねぇwwwベッドの上に天蓋まであるし。寝室に入った俺はウォーディに手を振る。

「じゃあまた明日。お休み!」

「お休みなさいませ。」
ウォーディは一礼して扉を閉めた。

「ふへー。」
マッキノン家のベッドはソファーに劣らずふかふかだった。わたしは自由落下するみたいに眠りに落ちていった。



「よう。久しぶりだなわたし。」

俺は俺の部屋のベッドに座り、真っ黒な鏡になった窓に映るわたしを見る。

「よう俺。っていうか大丈夫なの?コレ?二重人格っぽくない?」

わたわたと慌てるわたし。

「どうせ夢の中だ。誰もきやしないし、ちょっとくらい俺にも息抜きさせろ。ここじゃ息が詰まる。」

この俺の部屋は俺にとって最後の砦だ。もう、ここの窓が外の世界を映すことはない。俺にとっての外の世界はもうとっくに削り取られて存在しない。

「まあ、そうだけどさ。」
肩を竦める鏡の中のわたし。

それを見てつぶやく俺。
「え…」

怪訝な顔で俺を見るわたし。
「どうしたよ?俺?」

「…萌え。」

頭を抱えるわたし。
「…スマン最近幻聴がひどいんだ。」

俺は真剣な顔でわたしに問う。
「…なあ、わたし?俺がわたしの写真を撮って愛でても法的にはセーフだよな?」

窓に映るわたしはドン引きしている。

「めっちゃくちゃアウトだよ!…でも悔しいけど法的にはセーフ。なんでだろうね。今世紀最大の謎だよ。」

ゲンドウポーズで不敵に嗤う俺。
「問題無い。」

頭を抱えて悶えるわたし。
「なんでこうなった…」

「それはそうとわたしよ…帰りたくはないか?」
居住まいを正して俺は問う。

「わたしは…」
俯くわたし。

「まあ、わかってるがな。…最近外向きの一人称は全て「わたし」だし、体と中身を合わせて言うときも「わたし」、他人から見られている自分も「わたし」。「俺」の領分はわたしの「中身」だけだが、それも最近怪しくなってきた・・・。もう一度聞くが、帰る気は無いか?」

黙り込むわたし。答えは決まっているのに俺に憚って答えられない。

「なあ、わたし。もう良いんじゃないか?いずれにせよ帰ることは出来ないし、いつまでもうじうじしてたって無駄だ。いつかわたしは俺を諦め、捨てなくっちゃならん。俺に構うことはない。ここまでわたしを受け入れられたんだ。大丈夫さ。すっぱり諦めてこっちの現実を受け入れろ。」

顔を上げたわたしは鋭い目て俺をみる。その目には涙が滲んでいた。

「そんな顔をしている奴の言うことが聞けるか!まだ時間はいくらでもある。まだだ…まだわたしは答えられない…」

フフフッと俺は笑う。
「不様な顔をしているのはわたしの方さ。まあ、いい。こっちにもウォーディやらなにやらいろいろ出来たしな。何よりその右手には俺のサン・スティグマまである。俺もここからのんびり眺めているさ。」

窓の向こうのわたしも笑う。

「あ、でも婿どのとベッドインするときまでには決めといてくれ。俺には耐えられん。」

「もー!」とわたしが怒って窓を叩く。

「おっと。時間だ。じゃあな!一番良い写真を頼む。」

わたしが何か言っているが「あーあー聞こえないー」してやった。



「うへ・・・はぁ」

確かに良く眠れたんだけどいつから俺はロリコンになったんだ?

「まあ、起きてる間はわたしも俺もわたしだからなー」

ごそごそとベッドから起きて着替える。最近心なしか虚しい胸板から天保山くらいになってきたのか?今後に期待だなと目録からアレを取り出し、ホックをかける。

光の射すまどからぼんやり外を眺め、そろそろわたしにも月例行事がくるのかな・・・と憂鬱になった。昨日ウォーディに先に帰って貰ってから、薬局に行ったから万全とは言え不安なものには違いない。

っていうかあれか?昨日の薬局での買い物が万年純潔の魔法使い間近の俺の精神が分離する決定打になったのか?

俺ェ・・・

無駄に広い広間で朝飯を食うわたし。後ろにウォーディが控えているとは言え、ガランとした食堂はめちゃくちゃ淋しい。

「そうだテレビ買おう。」
うん。そうしよう。

飯を食ったわたしはトイレの帰り際にマーリン爺さんの絵を外して、ウォーディに運んで貰った。マーリン爺さんはなんか遺影みたいだ。なんかぶつぶつ「マミさんが・・・」とか言ってるが、なんのことやら。

暫くしてこっちに戻って来たマーリン爺さんはわたしの左手を見て、

「ほっほ!まさかおぬしも儂の杖を継ぐとはのぅ。」

とか寝ぼけたことを抜かしやがったので、月光をバチバチさせて近付けたら黙った。

庭に出るとスーヅとイーティが薬草畑を造っていたので挨拶しておいた。彼等もプロなので俺が挨拶してもうろたえずに挨拶仕返してくれた。

そんなこんなでパスポートができ、日本行きが決まるまで城の練兵場で、午前は気の、午後には呪文の訓練することにした。

久々で鈍ってたのか最初はかめはめ波を打つのも苦労したが、ドラゴンボール式に練兵場とソファーを往復する内に、鈍ってるのもあるが、打ち出す前の気というか魔力が目録と月光にごっそり持って行かれているのに気付いた。

ちなみに目録はいつの間にやらイーティが仕立ててくれた肩掛けでリュックみたいに背負っている。肩掛け鞄みたいに斜めに掛ける方が見た目的には良いんだけど、成長期だし、背が歪むのは嫌なのでリュックタイプにしてもらった。遠目に見ると、亀仙人っぽい。

「…これじゃあ、かめはめ波は戦闘向きじゃないな。出が遅いし。」

1日目は、頑張って捻り出したかめはめ波なのに、練兵場の鎧を着たガーゴイルを1メートルのけ反らせただけだった。このガーゴイルは衝撃が大きすぎると自分でバラバラになって破壊を防ぐらしいが、この自壊機能を引き出せたのは5日目、ソファー回復を挟み、目録と月光の魔力吸収に慣れた後だった。

マーリン爺さんは初めはかめはめ波を笑っていたので、一々黙らさなければいけなかったが、三日目の朝、わたしがガーゴイルを吹っ飛ばした辺りから静かになり、五日目に自壊機能まで引き出しはじめた辺りから青くなって「ありえん…」とか言っていた。

いやーでもすごいのは、鍛練の腕輪と癒しのソファーだね。同時に使うと命が危ない禁忌のコンボだけど、用法を守って交互に使うとここまでとは…

既に孤児院での鍛練ペースで10年分ぐらい行きそうだ。初めは目録と月光のせいで形にすらならなかった気円斬もスーヅが持って来てくれたでかい岩を5往復させてもまだ余裕があった。

ガーゴイルはそれなりの使い手の「盾の呪文」程度の防御力があるらしいが、一度真っ二つにしてからはもったいないので使ってない。今はスーヅが練兵場の端で喜々として修理してくれている。主人がいない城では、あの惨劇で破損したヶ所を修理しきってしまった今では、直すものが無くて暇だったらしい。このワーカホリックめ!

舞空術も最初は浮くだけで汗だらだらだったが、今では競技用箒より速く、さらに小回りが利く。

午後の魔法の方はそれなりだった。相棒は素直で忠実にわたしの言うことを聞いてくれたが、月光が相棒に送った魔力まで吸い取るせいで発動しても威力が低い。しかも、月光よりましというだけでやはり30センチという長さは振りにくかった。

月光の方はどうしようも無い。長い重いでめちゃくちゃ振りにくく、振るとなんか一々「ブォン!」とかいう幻聴がしてうっとうしい。わたしの中で見物してる俺に幻聴を押し付けた後どうなったかは後にするとして、この杖なんか始終バチバチ言っていて暴発しないのが不思議なぐらいだった。だが、まだわたしはこの杖を嘗めてた。

ただの浮遊呪文のはずのウィンガーディアムレビオーサを岩の上の落ち葉に掛けたのに、次の瞬間、岩が文字通り「飛ぶ鳥を落とす勢い」で「発射」され、飛んでた鴨を撃ち落とした。その日の夕飯の鴨ソテーは旨かったけど、月光にかかればどんな些細な魔法も攻撃呪文と化して、魔力切れ的にも常識的にもいろんな意味で頭が痛かった。

いろいろ総合すると、かめはめ波とか気円斬は攻撃呪文より物理的破壊力が圧倒的に高く、誘導も出来るが、呪文より発動が致命的に遅く、ただでさえ消費魔力が多いのに、目録と月光が貯めた魔力をバカスカ吸うせいで、洒落にならないことになっている。

呪文の方は相棒が頑張ってくれているが、月光は変にテンション高いし、地味に目録が魔力を吸ってくるせいであまり芳しくは無かった。

結局舞空術しか使えないじゃん!とわたしは後一歩でスーパーサイヤ人になるほど内心切れかけだった。

パスポートは1週間で出来るらしいが、6日目の朝、いよいようっとおしくなったので、目録と月光に限界ぎりぎりの破裂寸前まで魔力をほうり込んだら、わたしがプッツンしたのが分かったのか、それ以来大人しくなったので大分燃費はましになった。

後マーリン爺さんは始終空気だった。何のためにいるんだ?顔のとこだけ綺麗に吹っ飛ばしてマミらせようか?

なんかわたしの鍛練法だと有り得ないほどお腹が空いて、食費が一日一ガリオンとか、節約番組とウィーズリー家に喧嘩を売ってるみたいなことになってた。

6日目の夜財布を見たら2ガリオン少しとポンド10万円分ぐらいになってた。パン工場で両替しなけりゃ詰んでたな。

実はダイアゴン横町から帰った日から、日刊預言者新聞を取ってるんだけど、わたしの買い物は小鬼が黙ってくれてるらしい。だが、新聞には載っていないだけで、あの後、小鬼の爺さんから届いた手紙によると、あの時気まずい雰囲気のグリンゴッツに特攻したわたしの目撃情報から、パパラッチが四六時中張り込みしてはそれらしい人物を拉致って回っているらしい。

恐ろしすぎる。まあ、わたしの日頃の行いの良さと聖剣エクスカリバーのお陰で、親切なあんパンさん達に出会うことが出来たので、今後とも品行方正に努めようと思いました、まる

え?ガリオンの数が合わないし、それよりも幻聴はどうなったって?

わたしの中の俺に幻聴を押し付けたら、その夜の夢会話で俺がつかみ掛かって来るほどの勢いで飛び掛かり、窓を叩いて「このドクサレがー!」って言ってきたので、チラチラと写真を見せたらあっさり黙りました。

鍛練とか寝る前に、休憩だからと人払いをしてから撮った素敵写真は、知る人ぞ知る写真屋「HalfMoon-SEMI○」に現像してもらいました。

写真屋はダイアゴン横町のぱっと見ただけでは絶対に分からないような路地裏にあり、合言葉を知らなければ扉のノブが掴めない仕様だった。ちなみに合言葉は「手応え…あり!」で、呟くと、ノブが掴めるようになるという洒落た仕掛けだった。

店内は薄暗く、途方も無く静かだった。わたしが入ると「この風、御新規さんかい?」と言う言葉とともに音も無く、SEMI○老が現れた。

わたしは「そうだ。よろしく頼む。」とフィルムを5本カウンターに置いた。

SEMI○老はフィルムに触れるとにやりと笑う。

「兄さんこれはまずいやね。ここ以外には止めとくこった。」
と言った。だから嬢ちゃんだと…もういいや。

わたしはこの老人のフィルムを持っただけで中身を見抜く洞察力と、その能力をも捩伏せるゾクのはちまきの漢気に驚いたが、冷静に答えた。

「わかるかい?これ以上無いほどの「素敵」写真だとおもうがね。」

「へへっ違いねえ。」
と盲目のSEMI○老は奥に消えて行き、ものの30分もしない内に戻って来た。

「15ガリオンだ。また「素敵」な写真を頼むよ。ヒヒヒ。」

15ガリオンは高かったが、写真は最高の出来だった。ある意味戦略兵器以上かもしれない。これが世に出ると100年後の地球には戦争も環境破壊もなくなるんじゃないかな?だって原因がいなくなるし。

夢会話の中でこれを一枚だけ俺に見せたら

「我が生涯に一片の悔い無し!」
と叫んで動かなくなった。

この調子じゃわたしが俺であることを諦める前に、俺の方が先に昇天しそうだ。小出しにしなくては。

かくして7日目。パスポートを取りに行く朝にアルキメデスが魔法省から日本行きの返事を届けに来た。
第十五話[ひとつ前-/-ひとつ先]
丁度食堂で朝食を取り終わったわたしの前にスィーと、アルキメデスが優雅に降りて来て、わたしが差し出した右手に寸分違わず止まった。

いやーアルキメデス格好良いわ。見た目もそうだけど、止まるときに全く抵抗を感じ無かったし、今も爪を立てずに鷹揚とわたしの腕に佇んでいる。

「ご苦労さん。アルキメデス。今日も決まってるね。」

わたしが左手を差し出すと、アルキメデスはうやうやしく手紙を渡し、わたしの髪を揺らす事もなく静かに去って行った。

「ぱない。アルキメデスぱないわー。擬人化したら惚れてまうわー。」

「アルキメデスも当家に仕えるものですので。当然でございます。」

ウォーディ…多分言葉通りなんだろうけど、なんか嫉妬に聞こえるのは気のせいか?

「擬人化なんてしなくてもわたしはウォーディに惚れてるよ。プロの技的な意味でな。」

ウォーディは一礼する。
「身に余る光栄。」

「はいはい。まあ、それは良いとして、まほーしょーはなんて言って来たんだろうね?ついでだからって勢いでパスポート取っちゃったけど、ぶっちゃけわたしの扱いってどうなんよ?」

「と言いますと?」

「わたしってば一応書類上ホグワーツに在籍してるけど、まだ魔法教育の触りも受けてないじゃん。だから、どっちかって言うと、マグルとおんなじ方法で・・・サラっとマグルとか言ってしまうとは…わたしも相当こっちの世界に毒されてるな…orz」

「お気を落とさないでくださいませ。」

「まあ、ぶっちゃけ日本には飛行機で行こうと思ってた訳よ。ここからじゃ、昔会った日本のリーマンの気が感じられないから、日本にも博霊大結界的なものがあるんだと思う。だから、日本には瞬間移動出来ないし、例え出来たとしても事前に了解を得てないと不法入国になるしね。

だから、マ…一般人と同じく正規の方法で入国するけど、魔法界的には杖とか目録みたいなマジックアイテムを海外に持ち出したりして大丈夫なのか確認したかったんだ。

それに、日本の魔法界もわたしが断りもなく目録を持ち込んで、検閲を受けずに城と物品をやり取りしたら迷惑だろうし、持ち出して貰いたくない古文書とか教科書とか品物があるだろうからね。

で、差し支え無ければ滞在期間中、陰陽術を教えてくれるところを紹介してくれませんか?って大和撫子精神の思いやりに溢れている事態な訳だ。

それで…ウォーディは?」

「先日その旨を魔法省に伝えておきました。差し出がましいようでございますが、お嬢様の日本での魔法使いとしての身分保障、万が一の場合の魔法等の使用申請もしております。」

「…いや、マジで凄いよウォーディ。平然とわたしの予想の斜め上を行ってくれる。そこに痺れる憧れるぅ!世界三大執事に推しても良いぐらいだね。裏切りのせいでポイント落としてるとは言え、The Butler とまで言われたウォルターと良い勝負が出来るよ。」

「私は裏切りませんからね。」

「ホントだ。勝ってるんじゃないか?」

「でだ。」とわたしがウォーディに右手を差し出すと、ウォーディはスッとハサミを渡してくれる。

「魔法省の返事は?っと。」

ジョキジョキと封を切り、分厚い封筒から中身を取り出すわたし。こんだけ分厚いんだから、さぞ目録とかのマジックアイテムの注意書とか、規制品リストとか、海外旅行の心得とか、ビザとか身分証とか魔法使用許可証が入ってるんだろうなと思ってた訳ですよ。

封筒から出て来たのは原色が目に痛いパンフレットと虹色のチケット、それに薄い羊皮紙一枚だった。

「・・・なんじゃこりゃー!?!」



「えーなになに?この度はイギリス魔法省、日本呪術陰陽道教会友好年につき開催される「7日間、日本を旅行してついでに陰陽道も習っちゃおう」プランに御申し込みありがとうございます。つきましては本日8月8日午後3時迄にカーディフ国際空港国際線22+2/5番搭乗口にお越し下さい。―魔法省国際協力部―8月8日敬具



「ウォーディ。」
なんでかな…涙が出ちゃう。

「お気を確かに。お嬢様。」

「…もうね…ツッコミ所満載っていうか、もはやツッコミ所しか無くて突っ込んだら何も残らないような気がするんだけど、わたし疲れてるのかな?」

「お嬢様…」
どれくらい頭痛いかって言うと、ウォーディがフォローしきれないぐらいに重症。

「魔法省の役人は化け物か!わたしはこんな申し込みはしてないし、何よりわたしが聞いたり、ウォーディが申請してくれたことに何一つ応えていないじゃないか!!友好年とか知らんし、明らか今朝書いたばっかじゃねーか!まだインク乾いて無いよ!手に付いたし!しかも22+2/5番搭乗口って何処だよ!下手に25とか名付けたら後で正式な25番搭乗口が出来たら困るのはわかるけど2/5ってなんだよ!1/2でいいじゃん!っ!ゲホッゲホッ・・・ぜーぜー。もういやだ。ツッコミが追い付かん。」

ウォーディは黙っている。もはや魔法省に弁護の余地はない。この状況で魔法省を弁護するのはよっぽどのバカか、大金を積まれた悪徳弁護士だけだろう。

「…」
わたしはそっと目録に触れる。

ウォーディは一歩下がった。

「ブルーシート、コンクリートブロック2、瓦50」

椅子を降りたわたしの前に瓦割セットが出現する。

わたしは瓦の前に立ち。深呼吸する。

「ふーっ・・・せい!」

ゴッ!っと乾いた音を立てて瓦がガラガラと崩れる。

「ふぅ・・・ウォーディ。片しといて。後、旅行の準備を。」

「畏まりました。」


パスポートと旅行用のビザ、念のために5万円分のトラベラーズチェックをちゃちゃっと受け取った私は、なんたら国際空港に来た。

荷物はチケットに書かれた大手航空会社にの預けたが、わたしがチケットを見せた途端に受付の女の人がレイプ目になって明らかに操られてます感が出ていた。彼女は大丈夫なのだろうか?後遺症とか出ない?そもそもマグルだからって魔法かけていいのか?

その後、出国審査に行ったが、目録はX線で全く透視出来ず、画面上真っ黒になったので、中身を見せる羽目になった。当然ながら目録の中身は他人の目には白紙にしか見えないので、わたしは、中身白紙のでかい本を持って一人進む痛い子扱いされた。なんかいろいろ辛かった。

明らか金属っぽい月光は、どういう原理か目録に仕舞うのに抵抗して仕舞えなかったので、ボディチェック覚悟でゲートを潜ったが、何故か金属探知器にかからなかった。

私が去った後ゲートがなにか焦げ臭さかったけどきっと気のせいだ。

はちまきは印象が変わりすぎるのでしてないし、腕輪もベルトもナイフも金属だし、いろいろ面倒なので外している。

普段いつも着けている身を守るアイテムを外しているせいか、なんだか自分が酷く小さく思えて、夏服の薄手のスースーする白のワンピースがこの上なく頼りなく思えた。

そういえば、わたしは11歳の小娘だったなと今更ながら思い出して、思わず苦笑した。

そういう訳で目録を背に背負い、チケットを手にしているわたしは、22+2/5番搭乗口に向かうべく、22番と23番の間の椅子が並んでいるところの柱やら何やらを無邪気な子供の振りをして調べて回ったんだが・・・

「どこよ?22+2/5番…」

9+4/9番線の要領で調べてみたけど、柱とかには何もおかしなところは無かった。もう3時までほとんど時間も無いのに、22+2/5番搭乗口への行き方はさっぱり分からない。魔法省のプランもどうでも良くなってきたのでもういいや。とわたしは椅子に座った。

が、座れなかった。掛けようとした椅子はものの見事に擦り抜け、わたしは一回転して床に投げ出された。
第十六話[ひとつ前-/-ひとつ先]
いてて、ここが22+2/5番搭乗口か?なんか違和感が・・・

「大丈夫かね?」

すっと差し出された痩せた手を私は掴んだ。

「ああ、すいません。まさか椅子から入るとは思わなかったんで。」

「そうか、君はマグル育ちだったね?案内を送るべきだったか、フレイヤ女史?」

ポンポンとワンピースに着いたほこりを叩き、わたしはわたしの名前を呼んだオッサンを見た。なんていうか・・・いろいろ残念な人だった。多分昔はふさふさだっただろう髪の毛は見事に禿げ散らかっているし、イケメンだったはずの顔も痩せて皺が寄り、自信のなさがあふれる雰囲気と相まってじょぼくれた印象を与えていた。

「お気遣い感謝します。御仁。失礼ですがお名前をうかがっても?」

残念なオッサンの後ろにいる数人は魔法省の文官だろうか?しきりに腕時計的なものを見ているが、私にはその文字盤をどう読むのかさっぱりだ。他にはやけに落ち着いてるのが2,3人。こいつらは戦闘民族っぽいなー。特にあの○泉風の人。オッサンはごほん。と咳払いして、私に一礼した。

「私は、コーネリウス・ファッジ。魔法大臣だ。」

ああ、まほうだいじんのおっさん略してマダオのファッジさんか。大臣がここに居るってことは国の行事か?日本との友好年とか言っていたし、どうやら私は嵌められて使節団的なものに強制加入させられたと。うわー帰りてー。日本とか一般人とおんなじように通常便で行きますので帰してください。お願いします。

「へー。フレイヤです。なんかわたしあなたに嵌められたっぽいんですけど、この件が済んだらわたしのことは忘れてください。っていうか今すぐ帰してください。」

ファッジ大臣は・・・マダオは済まなさそうな顔をするが、顔だけだ。内心では全然そう思ってはいないに違いない。こいつ顔芸もできるのか?流石腐っても大臣か。マダオと呼ぶのはやめとこう。ファッ○大臣でいいや。その方が尊敬感が出てるし。

「すまないが、ここへの入り口はもう閉じてしまった。君は我々と進むか、1週間ここで過ごすかのどちらかだよ。」

ぶっちゃけ目録がある時点で城から食料を送ってもらえば1週間ぐらいどうってこともないんだけど、はっきり言って時間の無駄だ。いや、1週間だらだら生活も悪くはないが、どうせなら城でだらだらしたい。

「はあ、別に1週間ぐらいどうってことはないんですが、マグルの孤児院出身ですし。時間の無駄なんでついてはいきますが、どうしてこうなったかお聞かせいただいても?」

文官的な人がファッ○大臣に耳打ちしている。時間が・・・とか言っているのだろうか?もう3時まで5分ぐらいしかない。大臣は「かまわん。」とか言っていた。時間を取らせて申し訳ないとは思わない。迷惑をかけられたのはこちらなのだ。日本人気質で思わず「すいません」と言いそうになるが、そんなことをすれば問答無用で連れて行かれるに違いない。イギリスまじ怖ぇわ。

「うむ。知っているとは思うが、今年は我が魔法省と日本呪術陰陽道協会の友好年でな。両国から文化交流として1週間交換学生を出すことになったんだが・・・」

「誰も集まらなかったから、必死こいて探したら自分で日本に行こうとしている私を見つけたと?」
ウホッなんという飛んで火にいる夏の虫。

「そういうことだ。どうも我が国の子女は自国の魔法以外には興味がないらしい。先方には5名程度は送ると伝えていたのだが、担当者の怠慢で報告が上がっておらんくてな。急遽君に手紙を出したというわけだ。」

大丈夫なのか魔法省?こんなんだからヴォルさんに良いようにされるんじゃ・・・まあ、人口の少ないイギリスで、さらにごく一部しかいない魔法使い人口から優秀な人材を募ることは難しいんだろうが。っていうか今思ったけど基本的に「1年の魔法使い出生数≒1年のホグワーツ入学数」なんだよな?ああ、魔法界終わってるわ。これに純血主義とか言い出したら一瞬で滅ぶんじゃね?

「それでわたしは明らかに罠の匂いがプンプンする手紙の通りホイホイここに来てしまったと。」

ファッ○大臣は肩を落とす。

「済まないがこれも我が国のためだ。」

我が国とか言われてもいまいちピンとこない。そういえばイギリスの国歌ってなんだったっけ?「星条旗よ永遠なれ」?ああ、これアメリカか。そういえばアメリカの魔法界ってどうなってるんだろうか?パッチ族とかいるのかな?今度行ってみよう。

「そうですね。誰かさんのメンツのために一肌脱ぎましょう・・・乙女の素肌は高くつきますよ?」

「ああ、心得ておくよ。」

そういうわけで、わたしは大臣から「臨時特使」的なものに任命され、マジックアイテム使用無制限、魔法使用無制限、治外法権その他諸々の国賓扱いを受けられるようにされてしまった。いや、確かに似たようなものを申請したけどさ、これはちょっとオーバーすぎなんじゃね?過ぎたるは尚及ばざるが如しっていうし、ちょっと責任的なのが重い。あと、基本的に日本の物品は「目立ちすぎないように」なら持って帰っても良いらしい。今回は3年後ぐらいにそこら辺の条約の制定準備もしに行くんだってさ。制定後に両国とも相手国に持ち去られた貴重なアイテムを交換し合う予定になっていて、水面下で日夜血みどろの仁義なき宝の奪い合いが行われているらしい。

・・・調子に乗ってたくさん持って帰らないことにしよう。超占事略決も秘密にしておこう。唯でさえヴォルさん関連で平穏な日々が脅かされているのに、忍者とも戦わないといけないとかいやすぎる。伊賀でガチバトルした先代の前科があるしな。

「で、どうやっていくんです?」
と、気を取り直した私はファッ○大臣に問う。

さっきまで感じていた違和感の正体は、出発までもう時間がないのに、このターミナルには「飛行機が止まっていない」事だった。わたしは魔法使いのターミナルなんだから飛行機じゃなくても、龍的なものが引くゴンドラ的なファンタジックビークルで行くんだろうと思ってたわけだ。だが、わたしの質問を聞いてもファッ○大臣は、いまいちピンときていないようだった。数秒して、なんか納得したのか、ポンと両手を叩いた大臣は無垢な子供を見るような目で答えた。

「そのゲートの向こうが日本だ。と言っても潜れるのは午後3時からの5分間だけだがね。」

ファンタジー世界の住人よりもファンタジー脳になっていた私は激しい自己嫌悪に襲われた。






はい!そういうことでタノシイタノシイ日本旅行から帰ってきました!今現在癒しのソファーに埋もれております。

え?キンクリ?スタンド攻撃?何言ってるんだ?あれだけ充実した日々を送ったじゃないか?忘れたとは言わせないよ?

と、まあ日本旅行は充実してたわけですよ。

日本の空港に着いたと思ったら、フラッシュの嵐でムスカ大佐の苦労を味わい、パパラッチに取り囲まれて「どうして日本の陰陽術に興味を持ったのか?」と、へたくそな英語で聞かれ、意味を把握するまでに数秒かかってしまって黙ってたら、どうせ分からないだろうと『なんだよ、お高く留まりやがって』とかあーだこーだ文句を言われた。

自分で罠に嵌りに行ったとはいえ、ファッ○大臣関連で沸点の下がってたわたしは思わず。

『日本人は品格を重んじる民族と聞いたんですが、とんだ間違いでしたね。』

と言ってしまっていた。文句を言った記者は思わず頭を下げてきたが、そのあと私が日本語を話せると知ったパパラッチの人○波を食らってしまった。地○大国怖いわ―。イギリスじゃ○度2でも大地○扱いですからな。

やっとのことで人○波から逃げ出し、使節団の居る○台に避難してきたが、それを見ていた大臣に、その場で「使節団御つきの通訳」を仰せつかってしまった。

「断固拒否します。って言っても無理でしょうから会談1回ごとに200ガリオン要求します。」

って言ってやった。が、ゾクのはちまきをしていないせいか、まだまだ攻めが甘かったようだ。その場で1000ガリオン渡され、驚いている私を見たファッ○ンファッ○大臣はニヤニヤ笑って。

「今回の訪問で5回の会談がある。よろしく頼むよ。下手に通訳呪文を使うと日本側も分かってると思って交渉してくるからね。通訳の存在はありがたい。国益を考えればそんなものはした金だ。」

やっちまったああああああああああああああ!!

その後、空港を出たわたしはクソ大臣と別れた直後、イギリスからの留学生を迎えにきた日本の魔法学校の先生らに拉致られた。わたしはどこの○ーさん?って感じの黒塗りのリムジンに放り込まれ、観光する間もなく、あり得ない速度で高速を爆走するリムジンに酔いながら、京都の嵐山まで連れて行かれた。

頻繁にソファーに座っている城に居る時には気付かなかったが、地味に目録と月光が魔力をチューチュー吸っていたので、嵐山に着いた時のわたしは満身創痍で、マジで死んじゃう5秒前だった。日本の魔法先生方に土下座して、生命維持装置もとい、癒しのソファーに座って回復した。休んでいるので動けないわたしは、仕方がないとはいえ、彼らの文句を聞かされる羽目になった。

曰く、はじめは交換留学生を持ちかけてきたのはイギリス側で、定員は20人規模だったらしい。先生方は嫌がる日本の旧家を回り、

「なぜ誇り高き陰陽術の旧家たる我が家の子女が、イギリスなどの棒切れから球を出すしか能のない奴らに教えを請わねばならんのだ!」

と罵倒を浴びつつも、期日の迫る中、苦労して定員を集めたらしい。やれやれこれで日本とイギリスの関係がこじれないで済むと安心したのもつかの間、土壇場でイギリス側が

「やっぱ20人も集まらんから5人枠にしてよ。こっちも受け入れられないし。」

とか言ってきたらしい。先生方は今度は、嫌々ながらも行くと言った限りはと、イギリスで舐められないようにその家の威信をかけて準備をしていた生徒の15人の家に土下座して回ったらしい。

さらに極めつけはさらに土壇場の今朝。

「学生5人枠分の優秀な人材を1人見つけたからその娘を送るわ。」

って言われたんだってさー。わーい。イギリスは戦争でも起こしたいのかね?そしてわたしは英日ファンタジー大戦を避けるための人柱になってしまったと。

「・・・平穏な日々は何処へ行ったああああああああああああああああああああああ!!!」

そこからはやばかった。日本呪術陰陽道協会から派遣された先生5人だけでなく、なめきったイギリス外交官にメンツをグーパンでそげぶされ、プッツンした日本の陰陽道旧家からお忙しい中、親切にも時間を割いていらっしゃった、いかつい御仁15人。合計20人のあり得ない猛攻に、慌てて目録からいつものフル装備を呼び出し、特攻精神で迎撃したわたしだったのだが、物の1時間もせずにわたしはぼろ雑巾になっていた。

これわたしじゃなかったら軽く100回は死んでるんじゃね?と思いながら全身から魔力を絞り出してやっとのことでソファーを呼び出し、なんとか倒れこんだ。20人の一流陰陽師のリンチを1時間とはいえ凌いだ私に、阿修羅と化した20人は「イギリスにもそれなりの気概のある者もおるのだな。」とか言っていたが、わたしは最後の力を振り絞って、「いるとしても多分わたしだけです。ほかのダッチはヘタレですから。」と言うしかなかった。

ソファーに倒れこんで気絶した私はこれで解放されるのだとか甘いことを考えていた。

「起きろ」

ボカッ!

「いったぁ!」

あたまに衝撃を受けた私は、また弾幕勝負か?と辺りを見回した。

あれからどれだけ経ったのかは知らないが、どうやらソファーごと別の場所へ運ばれたらしい。私の目の前にはSP風のグラサン高身長イケメンさん。その手にはお札を持ってる。なんか怖い。

「ここはどこです?」

あたりをきょろきょろ見回すわたし。私は、どこかの高級そうな部屋で式神のガチムチ鬼さん達に囲まれていた。

「東京だ。我が国と貴国の会談会場の控えだ。」

どうしてそんなところにいるんだー!嵐山じゃなかったけ?

「何故私が?」

「通訳なのだろう?貴国の代表は通訳なしでは交渉の席に着く気がないらしい。」

そういえばそうでした。なんかめっちゃ気まずい。ファッ○ン大臣め!給料分働けこの税金泥棒が!あ、わたしもお金貰ってたんだった!しまったー!!

イケメンSPさんはなんかぶつぶつ言った後、持ってたお札を投げつけてきた。気絶する前のお札パーティでお札がトラウマになっていた私は、反射的に避けようとしたが、回復しきってなかったので無理でした。

「っ!・・・」

なんか札が当たったのに痺れもしないし、痛くもない。変な幻覚もこないし、札から現れた鬼に金棒でどつれてもいない。ゆっくり目を開けた私はもはやぼろぼろで黒こげになった白のワンピースから素人目にも高級だとわかるオーラが半端ない着物に着替えていた。

「杖と本を外せ。」

と、着替えさせられてテンパってるわたしにSPさんがイラついた声で言ってくるが、

「本はいいですけど、杖は無理です。呪いの装備なんで。」

と言ったら、虚空から3枚の札を取り出した。ああ、この人もダンブルドア先生みたいにどこから何を取り出しても驚いてはいけない人種なんだと納得した。っていうかわたしもある意味そうか?目録あるし。

何するんだ?とわたしはSPさんを見ていたが、SPさんはわたしの杖と目録にペタペタと手際よく札を張っていった。相棒はともかく月光は札から逃れようとわたしの腕を蛇みたいに逃げ回って気持ち悪かったが、SPさんはあっさり捕まえた。札を張られた月光と相棒は今までわたしの腕から決して離れなかったのがウソみたいにぽとりと力なく落ちた。

「すごいですね。でもどうして目録まで?」

久々の解放感。物理的に重いっていうのもあるけど、魔力吸収がなくなった私は全身が軽くなるのを感じた。きっと呪念錠を取った瞬間ってこんな感じなんだろうな。

「おまえの手の内は先ほど見せてもらった。念のためだ。」

へー抜かりない。っていうかわたしが空港で通訳に決まった時から、あのリンチとか全部予定調和だったのか?確かに使節団の中でわたしはぽっと出のイレギュラーだから手の内を把握しておきたいっていうのは分かるけどさ。まあ目録はわざわざページを開けて仰々しく物品名を呼ぶようにしてたから、触って念じるだけで呼び出せるとは知られてないだろうけど、手の内を知られるっていうのがこんなに怖いことだとは思わなかった。

それにしても、わたしこの兄さんに調教されてない?いつもの調子が出ないんだけど。

「時間だ。行け。」

と、SPさんの鬼にせっつかれて部屋の出口の扉に手をかける。

「あ、そうだ。」
とわたしは振り返る。

「なんだ?」
うわ、SPさん機嫌悪そう。でもわたしは引かない。

「あのお札今度ダース単位で譲ってくれませんか?御代は弾みます。」

SPさんは肩を落とした。
「分かったからさっさと行け。」

よし、これでまたこの解放感を味わうことができるぞ!
第十七話[ひとつ前-/-ひとつ先]
控えを出たわたしは別のSPさん(女性)に連れられて会談の会場へ行ったわけです。

いやーこの迎賓館?日本にこんなところがあったんですね?6年前まで日本人だったわたしですがこんなところに来るのは初めてなわけですよ。なんか調度品が一々すっごい。赤いふかふかのソファーにシャンデリアとかあと、壁と柱。どこかの偉い人が言っていました。「壁と柱を見ればどの程度か分かる」と。確かに調度品とかは高いものを置けば誤魔化せるけど建物はごまかせないもんねー。

えらいところに来たもんだ。はっはっはー帰りたい。

「こちらにございます。」

と、SPさんが扉を開ける。いや、この人まじで美人だわ。6年前だったらジャンピング3回ひねりスライディング土下座しておつきあいを申し込んでたね。

「ありがとうございます。」

と、一礼して会場にはいる私。扉をくぐった私に注がれる視線多数・・・視線が痛い。これやばくね?ファッ○大臣が通訳こなけりゃ話さないって言ってたといっても、結局はわたしが国際会談を遅らせていたってことですよね。うわーい。

っていうか、長いテーブルの両サイドに日本とエゲレスの代表が座っているんだけど、日本側の代表はうさんくさい微笑みを、イギリス側の代表はしまったという顔をして青くなっていた。何だか良く分からないが、通訳は初めてなので至らないところもありますがよろしくお願いします。って言っといた。ああ、胃に穴が開く。

両国の事務次官レベル?的な会合らしく、わたしは相手の言葉をそのまま伝えればいいと言われたので、そうすることにした。っていうかわたしにはこれが国際会議なのか良く分からなかった。お世辞とか、寿司はうまかったとか、どこどこは良かったとか、今度温泉に行きませんかとか、お前ら通訳呪文でいいんじゃね?って思っていた。両国の代表が雑談を終わらせたとき、今度は日本側の代表が青い顔をしていて、イギリス側の代表が勝ち誇った顔をしていた。

で、その後、外交ガチバトルが始まったと。わたしは元日本人的な意味で日本に肩入れ気味だったが、いや、余計なことはすまいと、全自動翻訳機になっていた。初めは気落ちしていた日本代表もすぐに気を取り直してイギリス側と一進一退の交渉をしていた。なんか、両国とも相手国に渡った物品の交換基準になるランク付けについて話しているらしかった。

特に、その品物が所有者を選ぶ系のアイテムは難航していた。が、結局その品物が両国の外の第三国に渡らないようにすることだけを確認して、交換はアイテムの所有者ごとするのか、アイテムだけなのかとかの交渉は次回に持ち越された。っていうかさらっと怖いこと交渉してるな・・・

そんなこんなで会談は終了し、わたしはイギリス代表とともに会場を出たんだが、控えに帰るとき、代表に感心された。

「通訳なんてやったことないんですけど、うまくできていました?」

「いや、それもあるが、それより、その着物を着ていて何ともないのか?」
事務次官のオッサンはかなり背が高いので見上げないといけない。首が痛い。

「は?なんともないですけど?」
この着物はまた呪いの装備系なのか?でも魔力は吸われないし、普通に高級な着物って感じなんだが。

「君が会場に入ってきたときはやられた!と思ったんだが・・・」

控えに着くまでオッサンはいろいろ話してくれた。どうもこの着物、やはり所有者を選ぶ系のアイテムらしい。なんでも伊勢の斎宮がうんぬん日本の神の加護がどうたらのすごい霊装で、資格がないものでも身に着けられることは身に着けられるが、無理に着用すると「I LOVE JAPAN」な性格になるんだそうだ。もうね・・・何も言わん。まだホグワーツに入学もしてないのに早くも廃人にされるところだったよ。で、日本好きになってないということはわたしはこの着物に認められたということらしい。今の段階ではわたし所有の無害なすっごい霊装だと。

オッサンはこれでアレを取り返すカードができた。ふふふ・・・とか言っていた。日本側はなめ腐ったイギリスに仕返しをするという目論見が外れてタダでイギリス側っていうかわたしにアイテムを渡してしまったと。

まあ、そんなんどうでもいいわ。と、わたしは控室に戻る。

扉を開けるとさっきのSPの兄さんが、バチバチと電撃を放ちながらわたしのところへ飛んで行こうとしている月光をボロボロになりながら抑えていた。月光についていた札は追加に張られた分まで焼き切れていた。

「・・・プっ」
あまりにも必死なのでわたしは思わず笑ってしまった。

「笑うな!」
と、兄さんは月光を放す。兄さんの頭はアフロになっていた。どこのドリフだ。

月光はずっとお預けを受けていた子犬のようにわたしの左腕に引っ付いた。なんかいつの間にか相棒も右手に戻っている。札をはがして、目録を受け取った私はSPさんに後ろを向いてもらい、服を呼び出して着替えた。着物はちゃっかり目録に登録されていて、着物を目録で転送したのを見たSPさんは驚いていたが、「所有者と認められたそうです。荷物を預かっていただきありがとうございました。」と、いうとSPさんは苦い顔をしていた。SPさんにお礼を言ったわたしは、迎賓館を後にした。預けていた目録と月光はいつもより魔力を吸い取ってきてげんなりした。

そんなこんなで、6日間、朝は嵐山で陰陽師と弾幕バトル、気絶して目が覚めたら座学を受け、夜は東京に拉致られた。会談の控室では、もらった着物に着替えて、目録と月光をSPさんに預けた。月光は次第に魔封じの札に耐性ができてきたようで、回を重ねるごとにSPさんのボロボロ具合がひどくなっていた。そして、会談が終わったら黒いリムジンで高速を爆走し、戻ってきた目録と月光に魔力を吸われてソファーに倒れる。

そういう過酷な生活をしていた私は最後の1日までに、「瞬間移動用のマーカー」「変わり身」「身代わり」機能を備え、簡単な命令なら自律してこなす式神を作り出すことができるようになっていた。しかもこの式神、わたしの所有物扱いなので目録を開くと式神の視界が映し出されるというおまけつき。戦闘力はないが、たくさん作れるので、戦闘時に大量にばら撒けば、瞬間移動で高度な三次元戦闘ができるようになると思う。

ちなみに超占事略決の封印は解かなかった。っていうか解けなかった。だって本から出てくるオーラが朝の一流陰陽師耐久リンチよりも遥かに強力なんだもん。無理。パーフェクトフレイヤへの道は遠かった。まあ、地道に鍛錬することにしよう。



そして今、わたしはとある町に来ている。今日の午後4時までは自由行動が与えられていた。そして夜6時から8時まで晩餐会的なのに出席した後、午後9時に空港からゲートでイギリスに帰るらしい。

「懐かしい公園だ。」

あの鉄棒では結局逆上がり出来なかったなとか、あのブランコで調子に乗って飛び出したときに着地に失敗して捻挫して怒られたっけとか思いながら、わたしは公園の真ん中にあるでかいドーム状の象のすべり台に近づいていく。

「お、いたいた。」

わたしは象の側面の覗き穴から中を覗き込む。

「あんただれ?」

穴の中にはどこにでもいそうな黒髪の少年。小1ぐらいか?分かっちゃいるんだけど態度悪いなー。

「初対面の人間にあんた誰はひどいね。となり、いいかい?」

ぶすっとした少年は小声で「いいよ。」というと、わたしが入る分のスペースを開けてくれた。
この象のすべり台の中に入るには象の後ろの大きな穴から入るのが普通だ。覗き穴から入るにはちょっとしたコツがいる。自分以外ここから入ることができる奴がいないのが小さいころのわたしには自慢だった。

「昔取った杵柄ってやつか・・・」
と、わたしはのぞき穴からするりと滑り込む。フレイヤになる前のおっさんだったら無理だったが、今のわたしは11歳の少女。ギリギリセーフだ。

「うそだろ・・・」
と、隣の少年が呟く。

「残念でした。世界は広いんだよ。まあわたしのはちょっとズルいけどな。」
と、わたしは笑う。

少年はわたしの顔をチラチラ見ているが、わたしは気にしない。ここに来るのは本当に久しぶりだもう20年と6年ぐらいか?

「なあ、おまえ、名前は?」

チラチラ見てくる少年が声をかけてくるがわたしは答えない。少年は私が答えなかったことでバツの悪をうに下を俯く。

「ここの俺は、わたしになるんだろうか?」

「え?」
少年がわたしの方を向く、しかしその前に私は瞬間移動していた。



午後4時までにはまだ時間があるし、買い物とかは今しかできない。せっかく作ったトラベラーズチェックを無駄にはしたくないので、わたしは5万円で米やら醤油、味噌、昆布、鰹節とかイギリスでは手に入りにくいものをまとめ買いしていった。2011年だとイギリスでも醤油ぐらいは買えるって聞いたけど今は1991年。20年先の物流はまだ実現されてない。

食料品を買いあさった私はお金が無くなったので、使節団の居るところにまで瞬間移動して両替してもらった。また10万円ほどの現金を手にしたわたしは本屋でマンガを棚買いしたり、神保町の古書店でトレンチコートを着た巨乳メガネのビブリオマニアと本を奪い合ったりと好きなだけ買い物をした挙句、片っ端から目録にブチ込んでいった。


買い物に満足した私は、晩餐会に参加したんだけど、日本に来てからいろいろひどい目にあったけど、この晩餐会ほど疲れることはなかった。万年貧乏性のわたしには社交界は無理だとわかりました。

で、使節団と無事にイギリスへ帰ってきた私は大臣から「来年も頼む。」と言われたので、「断固としてNO!」と叫んで大臣から見えないところまで走っていき、家まで瞬間移動した。


「そして今に至る・・・と。」

「災難でございましたね。」

「久々のウォーディ登場。わたしのすさんだ心を癒してくれるのは君等だけだよ・・・ホグワーツに行く前に死んでしまいそう。」

ソファーでうずくまるわたしにウォーディは、すっと紅茶を渡してくれる。

「ありがと。日本にいる間はずっと緑茶で、あれはあれで懐かしくておいしかったんだけど、今のわたしは紅茶派だねー」

ずずず。とお茶をすするわたし。ソファーに持ってきてもらった1週間前の日刊預言者新聞には「使節団日本へ」という見出しとともに大きな写真が載っていた。写真の中では大臣とかが手を振っていたが、わたしは他の人かげに隠れようとしていた。

紅茶の匂いを楽しみながらわたしは外を見る。それにしてもイギリス側はとんでもない時期に使節団を送ったな。8月8日から15日とか喧嘩を売っているとしか思えん。よく交渉がうまく纏まったもんだ。それにしても、ホグワーツに行くまでの15日何をするかなー、大体の呪文は陰陽魔法弾幕バトルで死ぬ気で使いまくったから猛練習することもないし、学校で習うときは手加減しないといけない。いっそのことオリジナル呪文でも作るかなーと、時差ぼけの抜けない頭で考えた私は、ソファーが時差ぼけも直してくれることを期待して昼寝することにした。
エキストラ[ひとつ前-/-ひとつ先]
説明しよう!

フレイヤ・マッキノンは二重人格である!

謎の存在によりフレイヤ・マッキノンとなってしまった「前世の俺」は、日々前世の自分とフレイヤという今生の存在の乖離に苦悩していた。つまり、男の人格である「前世の俺」では女であるフレイヤとして生きていくのを受け入れられなかったのである。

元の世界に帰りたいと願うのにそれが叶わないという現実に「前世の俺」の精神は次第に病んでいき、フレイヤとして生きていくにふさわしい別の人格を作ることになった。それが「今生のわたし」である。「前世の俺」の人格は女のフレイヤとして生きていくにふさわしい人格、「今生のわたし」に主導権を譲り、裏の人格となった。こうしてフレイヤ・マッキノンは表人格「今生のわたし」と、裏人格「前世の俺」を有する二重人格となったのだ!

表人格である「今生のわたし」はフレイヤとして前向きに生きていこうと決意し、裏人格である「前世の俺」はどうせ元の世界に帰れないなら、こっちで元の世界っぽく生活しようとフレイヤの精神世界に「俺の部屋」をつくって引きこもり、日々「今生のわたし」が撮った「フレイヤの素敵写真」を愛でる前世とあまり変わらないニート生活をしている。

そして二人が出会うのがこの「夢会話」である!

「・・・というわけだ。わかったか?「今生のわたし」よ。」

「分かりません。「前世の俺」さん?」

「ふっ・・・分からなくともよい!筆者にもわからんらしいからな!」

「じゃあなんでそんなにテンションが高いんですか?」

「ふふふ・・・よく聞いてくれた。「今生のわたし」よ!お前の人格は女だ。」

「まあそうです。わたしは結構男っぽいですが、女のフレイヤなのにいつまでも俺は男だって言い張れませんからね。まあ、男装して喜んだりしてますが。」

「ならば、男と結婚しても精神的に苦痛は感じないと。」

「「前世の俺」さんが、男としては例え肉体が女でも男と結婚できない!とか悩んだ末に分離した人格が「今生のわたし」ですからね。まあ、そこらへんは許容範囲内です。」

「ふふふ・・・では「今生のわたし」よ。あの日、日本で出会った少年と結婚しろ。」

「・・・頭湧いてるんですか「前世の俺」?私とあなたが結婚するって言ってるようなもんじゃないですか?」

「いずれ「今生のわたし」はフレイヤ・マッキノンとしてどこぞの男と結婚しなければならないのだ。それならば心も体も隅々まで知り尽くした転生前の「前世の俺」と結婚して問題あるまい?それに運命的に「前世の俺」は彼女いない歴=年齢の純潔青年だ。多少暗いところもあるがいい奴だぞ?本人が言うんだから間違いない。」

「何だか壮絶な自慰行為のような気がするんですが・・・」

「何も問題はない。入れ替わりもので結局元に戻れず、入れ替わった相手と結婚するようなものだ。それに例え「今生のわたし」という人格が女だったとしても転生前は男だったという記憶は消えてはいまい?それならば気心の知れた転生前の存在だと安心できるのではないか?」

「今の状況ってシスコンの兄が妹に、「結婚するなら生き別れの双子の弟にしろ戸籍上は問題ないから」と勧めてるような状況だと思うんですけど。」

「ふむ。気分的にはかなり近いな。だが、今回は戸籍上だけでなく遺伝的にも問題はない。この世界の俺が「前世の俺」のように転生するかどうかは分からないが、それまでに子供を作ってしまえばマッキノン家は安泰だ。大丈夫、転生前の俺はかなり一途だ。フレイヤ・マッキノンという美少女から告られれば一発で落ちるだろう。さっさと落としてやって来い!」

「いや、でもわたし11歳ですし。」

「ふっ・・・甘いな・・・」

「何がです?」

「もし組み分けでスリザリンに入れられたらどうなるか考えてみろ。」

「スネイプ先生と仲良くなれますね。」

「メリットはな。デメリットを考えろ。「今生のわたし」よ。果たして日々マグルはクソ派の本拠地であるじめついた窓もない地下牢の寮で、毎朝「おはようマルフォイ」しなくてはならない生活に耐えられるかな?」

「・・・」

「きっと耐えれれまい。「今生のわたし」は毎晩夜になると8階の必要の部屋の前で3往復しながら「窓がある安眠できる部屋を」と唱えるようになるに違いないのだ。」

「いや、でもスリザリンには入りたくないし。」

「血統的には申し分ない。才能も悪くはない。グリフィンドールは嫌だ。それに何より自身の平穏を得るためには手段を択ばないではないか。組み分け帽子が素直にハッフルパフへ入れてくれると思うか?」

「まだ被ってないし、分からないよ。そんなこと。」

「甘いと言っているだろう!最悪の場合を想定しろ!スリザリンに入れられ、フォイフォイのクソガキに惚れられたらどうする?」

「多分フォイフォイを殺すか自殺する。」

「そうなれば平穏な生活などは得られまい。そんな時におすすめなのが「転生前の俺」!例えマル公に好きだと詰め寄られても「自分彼氏いますんで。」ということができるうえに、スリザリンのいろんな意味で暗い寮の中でも、一途な彼ならばきっと心の支えになってくれるだろう!そんな「転生前の俺」が今回何と「フレイヤのスマイル」一回であなたのものに!非常にお買い得です!さらに今から調教することで「逆紫の上」化させ、理想の男性に育てることができます!今回がラストチャンス!」

「・・・もうグリフィンドールでもいいや。」

「ええ?!それじゃあ今度はハリーさんに惚れられるかもしれんぜよ?!ジニーのお株を奪って良いんかい?!それに絶対平穏な生活が遠のくよ!?」

「惚れられたとしても振る。マルフォイよりまし。」

「マルフォイェ・・・まあアイツは振っても縋り付いて来そうだけどな。その点ハリーさんはすっぱり諦めてくれそうだが・・・ヴォルさんはどうする?」

「まだハッフルパフに入れないと決まったわけじゃないし、レイブンクローでも問題はない。それに、どの寮に行ってもヴォルさんらと戦う可能性は無くならない。どっちにしても強くなるしかない。」

「だが、フレイヤが戦うとなるとプランが崩れてしまうかも知れんぞ?そうなれば「死の杖はハリーのだったんだよ!」が崩れ、ヴォルさんの「失敗した死の呪文」+「リリーの死の犠牲」効果で、ハリーの中のヴォルさんの魂だけ殺し、ハリーを復活させるプランが使えなくなるかも知れんぞ?」

「それについては考えてある。」

「マジで?」

「わたしは死ぬかもしれない。」

「やーめーてくれー。俺も死んでしまう!っておはようの時間だ。じゃあな!転生前の俺を是非お婿にしてあげてください。」

「最後の手段として考えておくわ。転生前の俺が消えるかもしれない2011年だと私も三十路だしね。20代には結婚したいし。」
第十八話[ひとつ前-/-ひとつ先]
はてさて、楽しい楽しい夏休みはあっという間にすんでしまった。

暇をもてあましたわたしはこの前の「大臣の借り」を使って、イギリス海兵隊にコマンドー式の買い物に行った後の揉み消しをしてもらったり、戦闘系の呪文を鍛えたり、オリジナル呪文の開発、式神技術の向上、極めつけはマーリン爺さんに協力を仰いで魔力を貯めておける所謂魔力電池の伊達めがねを作ったりしていた。この伊達めがねのおかげで、夜癒しのソファーで寝るならば、日常生活においてはソファーに座らなくても大丈夫になった。まあ、一日に何度もめがねを架け替え、夜にはめがねを4個も抱えてソファーで眠る変な子になってしまうが・・・学校生活ではそうそうソファーに座ってられないし、魔封じの札を使えば負担が消えるとはいえ、わたしはまだSPさんと同じ魔封じの札を作るには実力不足だ。せっかくもらった札はもう少し有効に使わなくては。

ゾクのはちまきはできれば着けておきたいが、頭に巻くと目立つし、腕にひっついている月光も悪目立ちするので、もういっそのこと一緒に隠してしまえと、月光ごとギプスのように腕に巻くことにした。しかし、頭に巻かなくても漢気は外に迸るようだった。はちまきの漢気は、ハリーさんその他に覚えられているので、漢気を外に漏らさないようにしなければならなかった。そのために、お札やら封印術やらを使ってみたが、結局「腕に巻いたはちまきの上に竜のベルトを巻きつける」というスタイルに落ち着いた。ギプスの上から竜革のベルトを巻きつけている少女・・・激しく痛い。

・・・どうしよう。ものすごく恥ずかしい。ありえないほど痛い。でかい目録を背に背負い、日に何度もめがねを変え、夜にはめがねを抱えてソファーで眠り、腕にはギプス的なものの上にベルトをぐるぐる巻きにしている少女・・・これもう長袖しか着れないな。

でも!そんな苦労も私がハッフルパフに入りさえすれば問題はないのだ!うはははは!

そういうわけで、ただいまキングズクロス駅9+3/4番線のホグワーツ特急に乗っているわけですよ。わざわざ朝の9時から。わが城から離れるのがこんなに不安だとは思わなかった。これからハリーさんを避けてなるだけ目立たずに生きて行こう・・・いや!なんかもういや!何でこんなにビクビクせんとならんのだ!もうハリーさんとか知らぬ!元気に生きて行こうって決めたばかりじゃないか!

っていうかわたしが着いた朝9時にはもう先頭の2つの車両は埋まっていた。お前ら遠足か?修学旅行か?私はこんなに嫌気がさしているというのに!わたしは周りの少年少女たちのテンションに耐え切れず、前の方の誰もいないコンパートメントに滑り込み、起きるまで眠ることにした。ハリーさんらは確かギリギリになってやっと来る筈だったな。それもほとんど最後尾のコンパートメントに入るはずだ。

ふふふ。完璧。ああ、朝早起きしたから眠いわ。座席は癒しのソファーよりは遥かに劣るけど、まあ、贅沢は言ってられん。寝過ごしてもホグワーツについたら髭もじゃビッグフットが起こしてくれるだろう。



「君、君、起きて・・・」
ゆさゆさ
「う・・・ん?」

なんだ?もう着いたのか?すでにローブに着替えていたからいつ降りても大丈夫だが・・・眠いけど仕方がないか・・・と目を開けた私の前には赤毛ののっぽさん・・・いやー赤毛の人とかいっぱいいるよね!大丈夫なはず!

「すいません。起こしてもらって。もう着いたんです?」
「いや、まだ発車してないよ。」
「え?」
どういうことなの?嫌がらせか?
「このコンパートメントは監督生の指定席なんだ。すまないね。」

なん・・・だと・・・
たしかにここと隣はなぜか空いてるなーとか思ってたが
「Oh...」
超恥ずかしい!何でこんなときだけ発動されるかな!おっちょこちょい属性は!しかも赤毛さんの後ろに立っている女の人もクスクス笑ってるし!あー死ねるわー!

「すまないね。君は一年生かい?コンパートメントを移るのを手伝おうか?」
監督せーで赤毛っていったらパースィーさんじゃないっすか!もう嫌です。
「・・・」

もう恥ずかしすぎて言葉も出んわ。パーシーさんに一礼した私は万が一目録が使えない可能性もあるからと用意したトランクケースを引きずり、逃げるようにして廊下に出た。が、廊下は廊下で大混雑。手近かなコンパートメントはもう既にお友達組みに占拠されていた。わたしは海軍で拾った腕時計で時間を確認し、いっそのことなら外から回るか?と、テンパリ過ぎていろいろ忘れていた。ちょちょっとトランクに「軽量化」を掛け、車両の外に出たわたしは、「ヒキガエルが・・・」とか「ギャー蜘蛛がー!」とか周りがいっているのを全部無視してずんずかと進む。わたしは人ごみを掻き分け、やっとの事で空いているコンパートメントを見つけた。とにかくハリーさんが来る前に車両に乗り込んでさっきのコンパートメントに入り、お札で扉を封印してしまおう。そうしよう。

それにしても・・・なんだいあのガキは!男の癖にトランクも持ち上げられないのか?扉の前が閊えているじゃないか。ああ、またトランクを落として足に。いや、マジで痛そうなんですけど。別の入り口から入るか?いや、手伝ったほうがいいのか?いや、わたしにはそんな余裕はない。この際、隙を見て通り抜けよう。時間がないのでわたしは我慢しきれず、そのナヨッチイのののせいで入れない列車の乗り口まで進んだ。少年はちょっとあきらめ気味でトランクを下ろしている。自分のトランクは軽量化しているのでありえないほど軽い。すり抜けるならいまだ。

「手伝おうか?」
・・・え?わたしはそんなことは言ってないよ?っていうかわたしの後ろから声がしなかった?と、振り向くとそこには赤毛の少年B。
「うん、お願い。」
と、肩で息をしている少年が答える。と、いうことはと、わたしは目の前の黒髪の少年をよく見る。

ハリーさんでしたああああああああああああああ!!!しまったああああああああああ!!

「おい、フレッド!こっち来て手伝えよ!君もお願いできるかい?」
赤毛Bは仲間を呼んだ!赤毛Cが現われた!

うおおおおおおお!!もうだめだあああああああああああ!ハリーさんとウィーズリー兄弟に発見されてしまった!一刻も早くこの場を離れなければ!

「・・・」
魔法でハリーさんのトランクを軽量化するか?とか、いろいろ考えたわたしは、結局聞こえなかったふりをして黙って列車に乗り込みました。ハリーさんは何も悪くないのにガン無視を決め込むわたしは最低だ・・・でも、わたしには無理。ヴォルさんが消滅した暁にはハリーさんと仲良くしよう。「今までごめんね。」って謝ろうそうしよう。

この後すぐにハリーさんの自己紹介イベントがあるはずだ。だって、そそくさと乗り込んだわたしが振り向くと、ハリーさんが髪を掻き揚げていて、稲妻形の傷跡が見えちゃってるもん!ウィーズリー兄弟があわててるもん。まあ、とりあえずの危機は去った。後はさっきの開いているコンパートメントに・・・

「ガラッ!」と、コンパートメントの扉を開けると、その席の上にはかごに入った白いふくろう。
「・・・ヘドウィグさん?」

わたしの言葉がわかるのか、「ホー」と頷く白ふくろう。なんてこったい!せっかく開いているコンパートメントを見つけたと思ったら既にハリーさんによってキープされていたとは・・・窓からヘドウィグ入れるとか反則だろ。一瞬フリーズしたわたしだったが、すぐにほかのコンパートメントを探そうと後ろを振り向き、扉のノブに手をかけようとした。が、わたしが触れる前に扉はなぜか自動で開き、わたしの前にはハリーさんがたっていた。

どうすればいいんだ?わからん。とりあえずわたしは一歩引いてハリーさんがコンパートメントに入るのを手伝い、一緒にハリーさんのトランクを座席の上の荷物置きにあげた。そして無言で去る。完璧だ。フレイヤ・マッキノンはクールに去るぜ。

「手伝ってくれてありがとう。」

「・・・」
どう答えたら良いんでしょうね?誰か模範解答をください。

「・・・ねえ、僕避けられるような悪いことしたのかな?僕、こっちの常識がなくって、知らないうちに迷惑かけたのなら謝りたいんだけど。」

ハリーさんが無垢な顔でわたしを見てくる。いや!やめて!わたしは元男ですから!そんなウルウルした目で見んでください!はっ!よく考えるとハリーさんもまだ11歳。ショタ属性圏内じゃないか!ヤバイわたしにはそんな属性はありませんぜ!Help Me!「前世の俺」!

「・・・」

うおー結果的にガン無視してるので心が痛い。いや、ハリーさんは何も悪くないよ。でもハリーさんには関わりたくない。でもそれがハリーさんを傷つけてしまうんだ。これが後々響いてメンタルが弱い子になったらどうしよう。よし!こうなったら平穏プランB!「ハリーさんと出会ってしまって逃げられなくなった場合」を発動するしかない。今から「フレイヤ・マッキノンは人付き合いが苦手な引きこもり少女でハリー・ポッターのような有名人にあってどうすればいいのか分からない。」ということにしよう。まあ大体あってるし。前世的な意味で。引きこもりとか。変に暗い系の綾波とか長門とか風にやっちゃうと後でまた話しかけられそうだ。彼女たちにはモブオーラが全くないからね。メインキャラ臭がプンプンするからね。

「あ、あの。わたし。ハリー・ポッターさんなんて有名人に話しかけられて・・・どうすればいいんでしょう!どうしたらいいんですか?!」

いかにもテンパった田舎少女的な声色で答える。毎日お風呂で鍛錬の腕輪をつけてアニソン熱唱していたおかげで、どんな声でも出し放題。完璧な演技です。綾波も長門も何でもござれ!声帯模写などたやすいわ!ハハハ!

「え?どうしたらって・・・」

ハリーさんは困惑している。逃げるなら今のうちだ。でもちょっと罪悪感があったので、去り際にハリーさんの足に「エピスキー(癒えよ)」を掛けて「さよなら!」とかけていく。もうハリーさんとはこれっきりだ。もう絶対に関わるまい。ホグワーツであっても知らん振りをしてやる。わたしは勇者が魔王を倒すのを観客席から見ていればいいのだ。


そうしてわたしはトランクを引きずり、どこか割り込めそうなコンパートメントを探していく。おっ、こことか良いんじゃね?4人がけのコンパートメントで3人しか居らず、上級生らしく1年生みたいにやけにテンションが高いわけでもない。

「すいません。ご一緒しても?」
コンコン。とドアを叩いた後、扉を開けて聞いてみる。
「ええ、どうぞ。」
3人組のうちの紅一点の髪の短い快活そうな先輩が、手招きしてくれたので、わたしは「どうも。」と言って一礼し、コンパートメントに入った。中の2人の男子の先輩が目配せしてわたしのトランクを棚に上げるのを手伝おうと立ち上がった。

「ああ、大丈夫です。軽量化をかけてあるんで。」
と、わたしはひょいとトランクケースを空の段ボール箱のように棚に載せる。いやーハリーさんがいないだけでめちゃくちゃ気が楽ですな!

「君、一年生・・・だよね?」
手伝おうと立ち上がった男子の先輩のうち背の高いブロンドの方が驚いたように尋ねて来た。背の低い黒髪のがっしりしたほうも同じ事を聞きたそうだ。雰囲気的にはスリザリンじゃないな。この人たち。

「はい。今年度入学することになりました。フレイヤです。入りたい寮はハッフルパフです。よろしくお願いします。」
3人は一瞬あっけに取られていたが、すぐに気を取り直して、それぞれわたしに握手して来た。
「ティンキーよ。ティンキー・ロット。4年生のグリフィンドールよ。よろしく。」
そうだ。姐さんと呼ぼう。活発そうだし。
「モック・モーティス。レイブンクローだ。ティンキーと同じく4回生。よろしくなフレイヤちゃん。」
おお、背の高い金髪のこの人は一見チャラそうだが、めちゃくちゃ賢そうだな。
で、最後の一人の背はそんなに高くはないが、けっこう肉付きのいい黒髪の先輩。
「ヴァン・デス・リーゲルだ。よろしく。こいつらと同じく4回生。ハッフルパフでビーターをやっている。うちに来るなら歓迎しよう。」

どうやらこの3人は幼馴染というやつで、ホグワーツで違う寮に入った後でも長期休暇のたびに3人で旅行に行くほど仲が良いらしい。わたしはまだ入学してないのに軽量化を使えるのは誰かに教えてもらったからか?とか聞かれたので、うちのご先祖様の絵から聞きました。って言っといた。一番最初に作ったオリジナル魔法だとはいわない。きっと似たようなのが既にあるだろう。

そうこうしている内に電池めがねが魔力切れで曇ってきた。わたしは懐に手を入れて目録から替えのめがねを城から呼び出す。どうやら、まだここは目録の作用圏内らしい。というより、はるか遠く、しかも最低でも二つの結界を跨がなければならない日本でも使えたのだから、よっぽどのことがない限り大丈夫だろう。ホグワーツでもおそらく使えるに違いない。だってマッキノンだし。3人の先輩はわたしのめがねが急に曇り、わたしがめがねを交換したのを見て不思議な顔をしていたので、「ちょっとしたおまじないです。」って言っといた。「呪いの装備で常に魔力が吸い取られてます。」なんていったら変に心配されそうだしな。

コンコン!と扉が叩かれたので何事かと見てみれば車内販売だった。車内販売は後ろの車両から来たようで、多分ハリーさんはカエルチョコレートでダンブルドアを引き当ててるだろう。とりあえず確認しておくかと、折り紙でできたバッタの式神をこっそり放った。この夏の間にわたしは式神を改良し、例えば折り紙で折った「虎」なら四本足で走り、「鷹」なら空を舞うというように、折り紙で折れる分だけの拡張性を持たせることに成功していた。そのうち「メタス」みたいに変形できるやつも作ってみたいね。って言うかプラモデルでも式神かできそうだな。あれ?AMFS?H話?・・・なんだ。幻聴か。

ちなみにわたしのトランクケースには200体近い防水、防火、目くらまし、被捕獲時の自壊魔法を施した式神が収まっている。こいつらは学校に着き次第学校の影と言う影、隙間と言う隙間にばら撒くつもりだ。目録を介してこいつらの視界を借りれば、優秀な監視カメラになるし、瞬間移動のマーカーを兼ねているので夜のホグワーツを我が物顔で闊歩することも不可能ではない。ただ、いつまでも動き続けられるわけではないのでメンテナンスが必要だし、非戦闘用なのでわずかとはいえどわたしから魔力を吸い取っていくので負荷は増える。まあ、目録と月光に比べればたいしたことないが、われながら地道にいっぱい折ったものだと感心する。

「フレイヤちゃんはどうする?」
と、モックが聞いてくる。実際のところ最近ヌーが日本食にはまってしまって、ホグワーツでもぜひお召し上がりくださいと、完成した料理を目録経由で送ってくるので必要ないが、これってめちゃくちゃ目立つよな。まあ、おいしいからたまに注文するようにしよう。城の屋敷しもべもわたしがいないと死ぬほど暇ですって言ってたしな。とりあえず城の料理を食べるときはこのただのナプキンを家から料理が送られてくる魔法のナプキンと言うことにして、ごまかそう。

「あ、今日はあるので・・・そうですね。カエルチョコレートをひとつ。」
御代を受け取ったわたしは売り子のおばさんからカエルチョコレートを受け取る。もうこの体になってからずいぶん経ったとはいえ、三つ子の魂100まで。間食とか、おやつはあんまり食べない。

3人の先輩方は3人ともパーティーボッツの100味ビーンズを買い、買ったそばからラッパ飲みの要領で一気に食べていた。食べ終わった3人のうち、モックとヴァンはひどい味のものに当たったのか青い顔をしていたが、ティンキーは「おおむねチョコ味だった。ちょっと鼻くそっぽかったけど。」といってケタケタ笑っていた。1年生のときから続けているらしい。わたしも外に出て売り子さんを追いかけ、100味ビーンズを買ってコンパートメントに戻って試してみた。

ザラザラもきゅもきゅ・・・うん。青○っぽいね。

そんなこんなで目録の式神の映像をちらちら確認したら、ハリーさんはロンとよろしくやっているようだった。蛙チョコレートの蛙には逃げられていたが、カードはダンブルドアだった。っていうかあのチョコがえるって逃げ出したとしてもうまくやっていけるのかな?

「蛙チョコレートのチョコがえるって逃げるって聞いたんですけど、野生に出たとしてやっていけるんですかね?雨とかで溶けないんですか?っていうか蛙なのに水に入ったら溶けるってすごく悲しい存在ですよね。」

「へー面白いこと考えるね?フレイヤは。私は開け口だけ開けてすぐ口を持っていくから逃げられたことはないね。ヴァンは?」
と、ティンキーが言うと、
「もぐもぐ。そんなこと、考えたこともなかったな。もしゃもしゃ。モックはどう思うよ?」
と、やたらとでかいかぼちゃパイを詰め込むヴァンが、モックに話を振る。
「さあね。溶けてしまうんじゃないか?でも世界のどこかにチョコレートの蛙でも暮らしていけそうなところがあるかもしれないね。」
モックは結構ロマンチスト。φっと。
「そうですね。きっとチョコレートの川が流れて、砂糖菓子の草が生えてるんでしょう。」
ワンカさんのチョコレート工場みたいにね。

その後、わたしは広げた目録をテーブル代わりに、送られてきた日本食を食べているのを3人が珍しがったので、多分イギリス人でも食べやすいんじゃないかと思って甘い高野豆腐を分けたり、ティンキーの忠告どおり、開け口を開けてすぐに口を近づけたら、喉にチョコがえるが飛び込んできてむせたり、カードの中身はやっぱりというかマーリンで、偉大だの何だの書いてあったがうさんくせーと思っていた。

何度かうちのコンパートメントの前をネビルっぽいだめな子オーラの子とか、ハーマイオニーっぽい気の強そうな子とか、フォイフォイと愉快な仲間たちが通り過ぎていったが、このコンパートメントは基本的に上級生の部屋なので、何事もなくホグワーツに着いた。

・・・ヴォルディとその他大勢がいなくなるだけで、この世界はずっと楽しいものになるんじゃないのか?万が一に備えていろいろ準備しているとはいえ、わたしはシナリオを守ると言いつつ、ただ傍観しているだけでいいのだろうか?

と、ふと思ったフレイヤだった。



「次は〜終点ん〜ホグワーツ前〜ホグワーツ前でぇ〜ございます。この列車は〜後5分でぇ〜駅に到着いたしま〜す。お手荷物の方は〜こちらでぇ〜お届けいたしま〜す。本日は〜当列車を〜ご利用いただきぃ〜真にぃ〜ありがとうございました〜。」

本日3度目のめがねチェンジを済ませたわたしは、イギリスにも車掌弁ってあるんだなとしみじみ感じながら、3人の同乗者から各寮への勧誘を受けていた。

なるほど。一年生が上級生と同じコンパートメントに入りたがらない訳だ。キングズクロスではやたらとハイテンションだった一年生のコンパートメントは、ホグワーツが近付くにつれて期待に隠れていた不安が出て来たのか、静かになっていった。

その一方で上級生のコンパートメントに入ってしまった一年生は、ホグワーツに近付くにつれてテンションアップしてゆく先輩に、前世のサークルの勧誘か?と思うぐらい激しいお誘いを受けていた。

「フレイヤはハッフルパフに入りたいと言ってたけど、絶対グリフィンドールの方が合ってると思うね!だって普通の子だったら先輩のいるコンパートメントなんて間違っても入らないよ。その勇気はグリフィンドール向きだね!」
と、姐さんが言うと、
「いいや、フレイヤちゃんは子供っぽい一年生達に嫌気がさしてこっちに来たんだ。しかも!上級生の僕らの魔法の話にもついてこれるほど優秀だ。ハッフルパフなんて言わず、レイブンクローに来るべきだね!」
と、モックが返し、
「なあ、おまえたちいろいろ酷くないか?まあ、フレイヤ。君が決めることだが、ハッフルパフは良いところだ。」
とヴァンがしめた。

「ところで…」
と、わたしが言うと、三人はぴたりと寮自慢を止めて、わたしを見た。一瞬わたしはたじろいだが、日本で通訳してた時よりはましだと思い、続ける。
「御三方ともスリザリンには何もおっしゃいませんが、スリザリンってどうなんです?」

三人はぽかんとした顔をしているが、すぐに口々に愚痴を言い出した。

「滅べば良いのよあんな奴ら!」
「あれほど下品な連中なんて知らないね!」
「あの寮については弁護のしようがない。」

「はぁ…」
スリザリン嫌われすぎワロタ。

一通り文句を言った後、三人は、私たちは組分けの内容は言えないんだけど、とりあえず、スリザリンだけは間違っても入りたくないと思っておいた方がいい。と、言ってきた。このアドバイスは組分けの儀式的な意味でほとんど答えを教えてるようなもんだな。

駅に着いたので、三人に「またホグワーツで会いましょう。」と、分かれたわたしが外に出ると、空は既に暗くなっていた。森の中の普段は超過疎の駅より過疎ってるであろうホグワーツ前駅はおよそ1000人の学生で溢れ反っている。

わたしはとりあえずウサギの式を打ち、マーカーを放つと、一年生を集めているモジャンボの所にまで歩いて行く。

それにしても、あの狭い車両の中では癒しのソファーは出せないし、この電池めがねが無かったら魔力切れで死んでたかもしれんな。

…恐ろしい。通学するのも命懸けとか洒落にならん。さっさと「空間拡張」呪文をマスターして何処でもソファーを出せるようにしなくては。放課後は先輩方にも手伝って貰ってさっさと宿題を終わらせよう。その後で必要の部屋なり森なりで練習やら鍛練やらすれば良い。

500メートル先からでも分かるようなでかいハグリッドのそばにはハリーさんがいた。数少ない知り合いに会ってホッとした顔をしている。子犬かお前は!

わたしはハグリッドの誘導に従い、モブオーラを纏った地味ーズとともに船に乗った。一学年で平均150人程、同学年で同じ寮でも40人近く居るのだ。ああ、スリザリンは20人か?まあ、原作を見る限りハリーさんの交遊は基本的にクィディッチ以外無い。きっとほぼ全ての学生がハリーを好奇の目で見たせいで、軽い人間不信になってるせいだと思う。不謹慎だが、最悪同じグリフィンドールになっても、パンダを見るような目で「ハリーポッター!」と叫べば向こうからかってに避けてくれるだろう。列車のなかでも似たようなことしたしな。

船はひとりでに進むので、湖にも魚の式を流しておこう。っていうかこの湖もう既にホグワーツの敷地だよな?まだ瞬間移動は使えそうだ。と思っていたその時だった。

バチッと手の上で起動させていた式神が船の上から跳ね飛ばされ、自壊機能が発動してボッ!と燃えて消え去った。

幸い他の生徒はわたしの式神に気付いていないようだった。弾かれた式は、おそらく結界に弾かれたのだろう。良く目を懲らすと、湖の向こうの両岸に塀が巡らされていた。湖を挟んだ塀の両端から湖の上を横断して強力な結界が張ってあるようだった。

ということは…ホグワーツの敷地に入ったのだなとわたしは理解した。

確かに敷地の外に放った式神の気は遮断されて感じられない。もう瞬間移動では敷地からは出られないだろう。わたしは恐る恐る目録を開き、あらかじめ作っておいたメモをウォーディに転送した。

ウォーディの肩には折り紙の鷹の式神を置いて来たので、ウォーディの手元は目録を通して良く見える。メモが届けば分かるはずだ。ホグワーツで目録が使え無かったら癒しのソファーが使えない。そうなると最悪退学か・・・と思っていたが、それらの心配は全て杞憂に終わった。

ウォーディに送ったメモはきちんと届き、その様子は式神の目を通じて目録に中継された。返信用に登録したメモもちゃんと更新され、鷹の式も城からきちんと呼び出せた。流石マッキノン!ホグワーツの結界程度、何ともないぜ。

『目録の全機能は正常に機能している。じゃあ行ってくるよ。』
と、ウォーディにメモを送る。

『行ってらっしゃいませお嬢様。』
とウォーディからの返信も届いた。

これでわたしは本当の意味でホグワーツに登校した。

他の3人は目録を見ながらニヤつくわたしに怪訝な視線を投げかけているがわたしは気にしない。

さて、心配事の半分は解決した。次は組分けだな。


船から降りた私たちはハグリッドに続いて歩いて行く。城の入口に着くとハグリッドがさっきわたし達のコンパートメントまで来たぽっちゃり系の少年に蛙を渡していた。案外あの蛙、ネビルの後を付けるように移動してたから見つからなかったのかもな。蛙なのにスニーキングが得意とは…今度段ボールをあげよう。きっと喜んでくれるだろう。ネビルにトレバーを渡したハグリッドはでかい扉を三度叩いた。ぱっと開いた扉の向こうには○ッテンマイヤー先生が立っていた。

なんかごにょごにょ言っているがぶっちゃけどうでもいい。今日わたしがすべきことはハリーさんがグリフィンドールに入るように最後の念押しをして、わたしは組分け帽子にサンタに祈る子供のように全力でハッフルパフをプレゼントしてくれるように頼むだけだ。

わたしはキョロキョロ辺りを確認し、ハリーさんを探す。おお、グレンジャー女史も近くに居るではないか!

わたしは他の子等の隙を縫ってハリーさんのそばに寄って行く。おおちょうど船でいっしょだった地味男がいるじゃないか!

「やあ、船でいっしょだったね。組分けってどうなるんだろうね。」
「そんなの分からないよ。ああ、スリザリンだったら嫌だなぁ。」
こいつは絶対スリザリンにはならなさそうだ。
「そういえば、ハリー・ポッターは何処へ入るんだろうね?」
視界の端でハリーさんがこっちを振り向いてきた。チャンスだ。
「知ってる?ハリー・ポッターの『両親は』凄い魔法使いで二人とも『グリフィンドール』だったらしいよ。」

ハリーさんわろすwww身を乗り出さ無くても聞こえるでしょ。わざわざ聞こえるように言ってるんだから。ロンが押し退けられて苦しそうだ。そしてハーマイオニー。君も聞き耳を立てているのは分かっているぞ。さっきからピクリともしてないじゃないか。丸分かりだ。

「それにハリー・ポッターのお父さんは『変身術の名人』だったんだって。ホグワーツの『変身術の先生』は『グリフィンドールの出』が多いらしいよ。」

あっハーマイオニーも落ちたな・・・主人公組ちょろいわ。せいぜいわたしの平穏のためにヴォルさんと ちちくりあってくれ。

目の前の地味男君はあまりのプレッシャーで自分の世界に入ってしまったし、ハリーさんがわたしをちらちら見ながら両親のことを聞きたそうにして居るので、あんまり覚えられない内に退散しよう。そう決めたわたしはゴーストどもに気を取られている生徒の間をするりと抜けて主人公組から離れた。

さて、組分けはどうなるのやら…
第十九話[ひとつ前-/-ひとつ先]
ゴーストパレードも終盤に差し掛かり、一々何かを言って行く半透明の一言居士どもがいい加減うっとうしくなって来たので、「そんなに構ってほしいなら貴様等全員除霊してやろうか!」と思っていたら、マッキーが帰って来た。

マクゴナガルせんせーが言うには苗字の順に一列に並ばんといかんらしい。わたし達は周囲の子等とファミリーネームを確認しながら列を作っていくが・・・いや、いくらなんでもこの部屋は狭すぎる。あーあもう真っ先に何食わぬ顔をして先頭に立っている彼女がうらやましい。アボットさんか?きっと今まで出席番号が1以外なことは無かったんだろうな。もう!勇者「ああああ」とか「あああい」が居れば良いのに。そしたらわたし達出席番号中堅組の苦労も分かるだろう。ついでに言うと、アルファベット最後のザビニ君とウィーズリーは蛇の尻尾のようにのたうちまわる最後尾で右往左往しています。那無。

そういう訳でわたしの前は原作ではこの時しか出なかったMacから始まるマクなんとか君。わたしはMakkinonだから・・・わたしの後ろはMalちゃん、別名フォイフォイですた。

まさかこの位置になるとは・・・わたしをここにほうり込んだ奴も知らなかったに違いない。きっと原作を読み返してビビってるだろう。まあ、そんなんかんけーねーんですよ。問題は後ろの阿呆。

あーぶっ殺してー「わたしの後ろに立つな!」って殴り掛かる5秒前。何なのこいつ「スリザリン教」か?聖地:秘密の部屋 聖遺物:スリザリンのロケット 教皇:ヴォルディ 共通語:蛇語 のスリザリン教か?スリザリン万歳ってあまりにもうっとうしかったので、

「そういえば、代々スリザリンの純血家系なのにグリフィンドールに入れられた人がいたな・・・」
と呟くと静かになった。ブラックが自分からグリフィンドールに行ったとは言わない。物は言いようだ。

周りが静かになった所で、マッキーがわたし達を連れて大広間へと歩いて行く。なんだろ?ホグワーツを歩いてても、あんまり感動しないな・・・ああ、家の城に慣れてるからか。我が城は調度品こそ少ないが、どの品も高級で造りも洗練されてて、ある意味神殿的な美しさがある。が、一方でホグワーツはどうだ?前を通る度に謎の原理で話し掛けてくる下品な絵に、訳の分からん彫像、魔法使いには明らかに必要のない鎧、統一感に欠ける造り・・・魔法世界に通信教育は無いのか?ああ、お家帰りたい。

まあ、あれだ。帽子を被った瞬間に「スリザリン!」とか言われたら問答無用で組分け帽子を二つに増やそう。きっと効率が良くなるし、会食の時間が増えて皆喜ぶはずだ。来年からシャンプーハット派と尖んがりコーン派の派閥争いが起きそうだが。

いきなりの不意打ちが無かったら、組分け帽子を説得しよう。無理なら頭の中で一秒間に12回「ハッフルパフ」と唱えて洗脳してやる。わたしの次はフォイ^2なので洗脳も解けるだろう。後ろの奴の脳内は100%純血主義でいっぱいだし、成分的にも偽装なしに血統書付きの純血だからな。

食堂に入ったら結構な歓声が迎えてくれた。スリザリン:レイブンクロー:ハッフルパフ:グリフィンドール=2:3:4:3ぐらいか?なんか高圧的なスリザリンに対してハッフルパフはアットホームでいい感じです。左手邪気眼のわたしでもうまくやれそうだ。グリフィンドールとスリザリンが両方とも食堂の反対側に眼飛ばしてる。君等はもう少し自重しろ。

でもやっぱり1000人は少ないわ。前世が、狭い中に人がひしめく日本だったせいか、この程度では喧騒とは呼べんな。まあ、そんなこんなで組分けが始まり、アボットさんはハッフルパフになりますた。

「うらやましい」とは言わない。「これからよろしく」だ。組分けの列はどんどん進む。「ハーミーは無事グリフィンドールか」と安心していたわたしは、ふと左から呼び止められた。

「やあ、フレイヤちゃん!帽子にはレイブンクローを頼むんだよ!」
「モック先輩でしたか。そんなこと言って良いんですか?」
列に並ぶわたしの左にはイケメンのモックさんがいた。
「うーん。ギリギリセーフかな?ハハハ!」
「おい、モック!余計なことを吹き込むな。」

振り向くとわたしを挟んでモック先輩の反対側にはヴァン先輩が座っている。その向こうにはティンキー先輩がグリフィンドールの席から身を乗り出して手を振っていたので、わたしも笑って振り返す。

「それにしても余裕だなフレイヤ?」
「何です?急に?」
なんかやっちまったのか?
「全く緊張してないのはフレイヤだけだぞ?お前の後ろの子も大概だが、フレイヤは別格だ。」

心外な・・・わたしはチキンハートなのにと、後ろのフォイフォイを見たが、さっきのシリウスの話のせいか、不遜な顔がやや引き攣り、蒼くなっていた。ちょっとやりすぎたか?上級生とはいえ、ハッフルパフ生に話し掛けられて全くマグロだとは・・・相当キているな。

列の前後をよくみると、やはり皆、多かれ少なかれそわそわしている。ネビルとか大丈夫か?あれはそわそわというよりタップダンスだと思うんだが・・・そんな中で、普段通りだれているわたしは、マスコットのダンス会で直立不動を貫いた○アラ並に目立っていた。あ、ネビルもグリフィンドールだ。

動揺してないわたしの姿はよっぽど傲慢不遜に見えたのか、他の3つの寮だけではなく、スリザリン寮からも期待混じりの熱い視線が送られている。やーめーてーくーれー。

「やっちまったな…もう遅いが。」

「マッキノン・フレイヤ!」

そうする内に、Macなんとかさんが何処に決まったのか聞き逃してしまったわたしは、彼から組分け帽子を受け取った。

「はー…頑張ろ。」

つかつかとわたしは安っぽい椅子まで歩いて行き、くるくるっと帽子を回して座った。

椅子に座ったわたしは、全生徒を見渡す形になったが、やけに静かだ。お前らさっきまでペチャクチャくっちゃべってたじゃん!シーンとして何も聞こえない。1000の生徒の2000の目がわたしに注がれる。なんでこーなるかな!

あーもー知らん!

わたしは組分け帽子を乱暴に掴み、ガバッと一気に被った。

頭の中に声が聞こえる。
「スリ…」
「黙れ。」

「…しかしだね君。」
「ハッフルパフだ。」

「話を聞きたまえ。」
「わたしがハッフルパフ生だ。」

「…」
「オール!ハイール!ハッフルパーフ!!」

「聞く気が無いなら勝手に話すが、
『ハッフルパフ!』
おぬしはマッキノン家の最後の
『ハッフルパフ!』
生き残りなのだろう?
『ハッフルパフ!』
一族の再興の為には、
『ハッフルパフ!』
偉大にならなければならない。
『ハッフルパフ!』
そのためにはスリザリンに入るのが、
『ハッフルパフ!』
一番良いのだぞ?
『ハッフルパフ!』
…ええい!スリザリンと言うぞ!」
「その前に引き裂く。」

ぐっと、帽子に力を込めるわたし。

「ハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフハッフルパフ!」

「分かった…話をしよう。ハッフルパフコールはやめてくれ…」
「ハッフルパフ。」

「…Yesととるぞ。」
「ハッフルパフ。」
「…」

「おぬしは、由緒正しいマッキノン家の最後の生き残りなのだろう?」
「ハッフルパフ。」

「マッキノン家は概ねグリフィンドールが多かったが、スリザリンも少なくは無い。」
「ハッフルパフ?」

「…マッキノン家がスリザリン生を出す時は決まってマッキノン家が転機にある時だった。」
「ハッフルパフゥー。」

「そしておぬしの代はこれまでに無い転機を迎えているのだろう?」
「ハッフルパーフ。」

「・・・スリザリンとは言わぬから…その受け答えはやめてくれ。頼む。」
「・・・そう。」

「マッキノン家のためにはあの寮が一番なのだが…おぬしはハッフルパフと言うが、おぬしは『苦労を苦労と思わない忍耐』を備えてはおらん。困難に際し、おぬしは人を盾にしてでも『手段を選ばず苦難を避けようと』するだろう。そのような狡猾なおぬしを純粋で愚直な物が集うハッフルパフに入れることは出来ん。」

「失礼な!わたしほど純粋無垢な娘はいませんよ。」

「…もしそうだったとしても、純粋悪だろう。表面上は悲しんで見せても、自分の為には平気で他人を利用するおぬしほどスリザリン向きな子はおらんよ。」
「ハッフルパフ!」

「・・・すまん…それにおぬしは例え周囲が犠牲になろうとも、勝てるまでは勝負を挑まんだろうから、弱きを助ける『騎士道精神』を求めるグリフィンドールは合わんだろう。同様に『貪欲なまでの知識欲』もない。レイブンクローもおぬしを求め無いだろう。」

「酷い言いようですね。わたしはいかなる困難にも特攻してきましたし、魔法や式神の知識も貪欲に吸収してきたし、鍛練も怠ったことは無いですよ。全部あるじゃないですか!」

「だがしかし、それら全てはおぬし自身のため、おぬしだけの平穏のためだ。外の世界に出ているつもりのようだが、おぬしは『本質的に引きこもり』と変わらん。」

「なん・・・だと・・・」
そんな馬鹿な・・・わたしが社会的引きこもりだと?そんな・・・馬鹿な・・・有り得ない・・・

「悪いことは言わん。スリザリンにしなさい。」

「・・・」

何故そんなことを言われなければならないんだ・・・どこかの英霊の能力でも持っているならまだしも、わたしの力じゃヴォルさんには勝てない。スリザリンなんか行ったら確実に死喰い人のお仲間と寝食を共にしなければならない。下手にこの戦争に関わったら・・・わたしが、死ぬかもしれない。何よりも怖いのは、わたしのせいでハリーさんたちの運命が変わり、彼らに留まらず多くの人が傷つくのが怖いのだ。

いや、詭弁か・・・わたしはだれにも邪魔されずに自由に生きたい。そのためにはハリーもヴォルデモートも不要なのだ。わたしとしてもさっさとヴォルデモートなんて迷惑な存在は取り除きたい。出来ることならそうしたいが、少なくとも今の段階では不可能だ。ならば、関わらないのが今の段階ではベストだ。例えマッキノン家のためにはスリザリンに進むべきだとしても。そもそもわたしはあんまり家にはこだわらないしね。中身おっさんだし。

「・・・・それでも、わたしはハッフルパフを望むよ。」

「何をそこまでハッフルパフに拘るのかは知らないが・・・いや、良いだろう。ハッフルパフは来るものを拒まない。」

頭がスーッと軽くなり、組み分け帽子が寮を決めたのが分かる。
「「ハッフルパフ!」」

「ふぅ・・・やった。」

静まり反った食堂の中、わたしは立ち上がった。ちょっと立ち眩みに顔をしかめたわたしは、ふらふらとフォイフォイに帽子を渡すと、またいつかのようにぶっ倒れそうになるのをこらえた。電池めがねを変えるの忘れてたからか?いや、レンズは曇ってるけど魔力はまだ大丈夫。でも・・・疲れたなぁ・・・

わたしのからだがぐいっと力強く支えられた。誰だか知らないがありがたい。目録もユニコーンブレードも魔力を吸う以前に非常に重い。いい加減疲れてきたところだ。

「大丈夫か?酷い顔だ。」

わたしを支えてくれたがっしりした肩は、どうやらヴァン先輩だったようだ。

「・・・なんだ。ヴァン先輩じゃないですか。大丈夫ですよ。天使のお迎えだったら大丈夫じゃないですけど、ヴァン先輩なら大丈夫です。ちょっとめがねが曇って躓いただけです。」

と、わたしはめがねを取り替えた。新しいめがねを通して見える世界は・・・綺麗だった。これからわたしの平穏が始まるのだ!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
                                     蜜柑
フレイヤの平穏はこれからだ!今までご愛読ありがとうございました!



















なんてな!不謹慎でしたね。せっかく読んでいただいてるのに申し訳ない。ヴォルさんがぬっ殺されるまでたぶん続けますのでご安心ください。しばらくは大丈夫です・・・ホントすいません。ちょっと疲れてます。ごめんなさい。もうこんな舐めた真似はしません。すいませんでした。では、続きをどうぞ。あと、読んでいただいてありがとうございます。

「どういう理屈か知らないが本当に大丈夫か?」

「ぶっちゃけめちゃくちゃ疲れました。晩餐会とかどうでもいいので休みたいです。テーブルの端まで送って行ってくれませんか?」

ヴァン先輩は驚いた顔をしたが、直ぐに仕方が無いと、わたしに背を向け歩き始めた。視界の端ではマルフォイが小躍りしながらスリザリンのテーブルへ駆けて行った。食堂は元のお祭り騒ぎに戻っていた。

「ずいぶん長かったな。」

「そうですかね?」

「普通組み分けは10秒もかからないしな。あのロングボトムっていう子もずいぶん長かったが。」

「はあ…」

「俺達もフレイヤに余計な事を吹き込んだせいで、フレイヤを混乱させたんじゃないかって不安だったんだ。まあ、何にせよ元気そうでよかった。」

「…ご心配おかけしてすいませんでした。」

「ああ、いや。その点は俺たちも悪かったなと思ってな。」

また何処かのテーブルで歓声が上がる。でも「ここ」だけは静かだった。

「ハッフルパフへようこそ。フレイヤ。」

「よろしくお願いします。ヴァン先輩。」

ヴァン先輩は頼りになりそうだ。兄貴肌だな。

そうこうしているうちにハリーさんはグリフィンドールったらしい。どえらい歓声が聞こえる。わたしもうれしくなってきた。もう安心だヒャッハー!ずいぶん気が楽になった私は、ヴァン兄貴に話を聞いてもらう。

「帽子にスリザリンに行けって言われたときはどうしようかと思いました。」

「・・・そうか。」

「でもスリザリンはいやだって言ったんです。」

「俺もそういった。」

「マジですか?」

「マジだ。」

へー。見た目からしてハッフルパフっぽいのに意外。

「意外です。」

「そうでもないよ。」

と、ヴァン先輩が心外そうにふてくされた。

「もしかして先輩純血ってたりするんですか?」

「そうだな。まあ、そうだ。俺はそんなの主張しても腹はふくれんし無駄だと思うがな。」

「じゃあどうしてハッフルパフに?」

「黄色が好きだからだ。」

「へ?」

「俺は黄色が好きだ。だからハッフルパフだ。」

黄色が好き?その程度の理由でいいのだろうか?組み分け帽子はわたしの時にはえらく食い下がっていたが。

「良く分からないんですけど。」

「黄色はいい。綺麗だし、ふわふわでうまいかぼちゃパイも黄色だ。」

「そんな動機でスリザリンを蹴ったんですか?」

「ああ、ちなみに、モックは青、ティンキーは赤が好きだった。後で聞いたら俺たちは3人ともスリザリンを勧められたらしい。結局モックはレイブンクローで、ティンキーはグリフィンドールだ。」

「・・・スリザリンェ。」

「まあ、そういうことだ。」

それでいいのか?創始者たちよ・・・

先輩におぶさって端っこまで来たわたしは、ちょっちいい恰好をしようと、ちょっと見ててくださいねと適当に杖を振って適当な呪文を呟く真似をした。実際は目録から癒しのソファーを呼び出しただけだが。

「おお!これは!」

「特別です。先輩も座ってください。」

なんか一番端っこでお誕生日席みたいになっているが、気にしない。魔力切れのめがねを充電しつつ、わたしも普段そんなに食べない脂っこい物を手当たり次第に食べていった。
第二十話[ひとつ前-/-ひとつ先]
昼間に目録と月光には魔力電池から魔力を供給しているが、逆に言うと夜の間は魔力電池に魔力を注がなければならない。つまり、電池めがねの有り無しに関わらずわたしの一日の魔力消費量は変わらない。

しかし、わたしはマッキノン家当主と言えどもまだまだ11歳の小娘。目録と月光に見合う魔力はまだない。では、どうするのか?答えは単純。

「食べて補う。」

わたしはダンブルドア先生が使っていた魔法『手洗いうがい呪文』を使った。さあ、いただきます。


「すいません次のお皿お願いします。」
「あ、ああ。」

わたしは、平らげ、空になった目の前の皿を持ち上げ、わたしの左側に積み上げる。次の皿は、倒れたわたしを心配して地味に後ろを付いて来ていた6年生の監督生さんが持ってきてくれた。次はソーセージか・・・よろしい!ならば完食だ!

「キャプテン!俺も頼む!」

わたしが積み上げた皿の向こうにはわたしが作ったのではない別の皿の山。

「ヴァン先輩。もぐもぐ。へつに、むしゃむしゃ、無理しなくても、ごっくん。良いんですよ?ふきふき。太りますよ?もしゃもしゃ・・・」

口の周りに色とりどりの食べかすを付けたヴァン先輩がハムの塊を手にこっちを見た。

「普段は、がつがつ、こんなに、わしゃわしゃ、調子が良いことは、ごくっ。無いんだが、あむあむ、ああ、内の家系は、くちゃくちゃ、食っても太らない。ふきふき、大丈夫だ。」

へー。もしかしてヴァン先輩も食い物を魔力に変えられるのか?もしかしたら魔法使いには普通のことなのかも知れないな。変換効率とかは別にして。マグル世界でも変換効率のいい人は太りやすいけど、ヴァン先輩は燃費の悪いスポーツカータイプだからいくら食っても燃やしてしまうんだろうな。

「もぐもぐ、このソファーには、もしゃもしゃ、回復効果があるんです。ごっくん。消化とかも良くなってるんじゃ、ごくごく。無いんですか?あ、次お願いします。」

わたしはもはや給仕と化した地味な監督生さんに次の皿をお願いした。

「なるほど、もっしゃもっしゃ、良いソファーだ。ごくん。それにしても、良く食べるな、ごくごく。フレイヤ?あ、キャプテン、俺も頼む。」

「わたしの胃袋は宇宙です。」

この際だ。予備のめがねも充電しよう。出し惜しみは無しだ。ざらざらと予備のめがねを目録から取り出す。それを見たヴァン先輩の目の色が変わる。

「今からが本気というわけか?」

「ええ、出し惜しみは無しです。ちょうど『前菜』はすみましたし。」

「ふっ・・・言葉は不要か。」

基本的に鉄面皮のヴァン先輩が心底嬉しそうに笑う。

「いざ!尋常に!」
「勝負!」

ヴァン先輩のペースが急に上がる。この人、女の子のわたしに遠慮してまだペースを押さえてたのか!なんか食物から変換された魔力が体に収まらずほとばしっている。ヴァン先輩にも魔力電池を上げても良いかもしれない。形はもちろん車のバッテリーだ。

「やりますね。ですが!」

わたしもヴァン先輩を追い抜くほどのペースで食べはじめる。普段目録と月光の二つにはあまり魔力を吸われないように押さえているんだが、この際そんなリミッターはいらん!

わたし達の前に積み上げられた皿はどんどん下げられ、いつの間にか出来たカウント係に数えられる。空中には枚数を示す数字が並んでいた。

どうやらハッフルパフに新たに追加される皿では足りないようで、左右のグリフィンドールとレイブンクローからも皿が運ばれて来る。

「はい!」と渡された次の皿を水を飲みながら受け取った。

「フレイヤさん!ヴァンなんかのしちゃいな!」

ああ、ティンキー姐さんか。

「元よりそのつもりです。もぐもぐ。」

「おい!ヴァン!フレイヤちゃんに負けたら『狂乱胃袋(マッドスタマック)』の名が廃るぞ!」

ヴァン先輩の方にモック先輩が皿を運んでいる。

「名などどうでもいい。ただ勝つだけだ。」

空中に描かれる数字が同時に50を越える。周りも人だかりが出来ている。

「おいおい、狂乱胃袋のやつ、いつもより遥かに強くなって無いか?」

「あれがやつの本来の全力だろう。それよりもあの化け物に付いて行くだけじゃなく、互角の戦いをしているあの奇抜な格好の彼女。一体何もんだ?」

「あの新入生ただもんじゃねえな。これからが楽しみだ。」

「だな。」

うおー!なんか勝手に盛り上がられて恥ずかしい。『選ばれし者』とか糞みたいなあだ名をつけられる誰かさんよりはましだけどさ・・・ましなのか?いや、きっとましだ。そうに違いない。

わたし達二人のカウントがちょうど100を刻んだ時、ふっとテーブルの上から全ての皿が消えた。前を見るとダンブルドア校長が立ち上がっている。

「時間切れのようですね。ぜーぜー」

「そのようだな。ウップ!」

「わたしは・・・まだまだ余裕ですが・・・ね。」

「俺も・・・だ。」

「いいフードファイトでした。」

「ああ。またやろう。」

ガシッと熱い握手を交わすわたしとヴァン先輩。オーディエンスも拍手したり、歓声を上げている。今回のフードファイトは引き分けに終わった。

他の生徒は元気にホグワーツ校歌を歌っているが、今にもナイアガラしそうなわたし達は上を向きながら、酸欠の金魚のようにぱくぱくするしかなかった。

まあ、双子のウィーズリーがかなり時間を稼いでくれたお陰でかなり楽になったが、わたしの目録とめがねは魔力を吸って新品みたいにツヤツヤになっていたし、隣のヴァン先輩から漏れる魔力はスーパーサイヤ人や仙水さんみたいに金色になってほとばしっていた。

まだ胃がもたれるわたしは、監督生さんに掴まってハッフルパフの寮に向かっていた。ヴァン先輩は「すまんなセド。」と言ってセドリックさんに支えてもらってた。

余命3年9ヶ月ぐらいの3年生のセドリックさんは去年シーカーに抜擢されたらしい。まだこの時はキャプテンでも監督生でも無いんだな。今のキャプテンはわたしが掴まっている地味な監督生の、確か名前はディールさんだったか?らしい。昔は断トツの最弱だったハッフルパフだが、彼の尽力でそれなりに戦えるようになってきたらしい。

そんなこんなで食堂の脇のぱっと見壁の陰になってて分からない廊下にまで来た。廊下の端には大きな風景画が一枚。丘になっている原っぱにちょこんと家が一件、遠くには峡谷かあり、晴れた空に爽やかな風が吹き抜け、草原が楽しげにざわめいている。

「この絵は南にあったハッフルパフの家を描いたものだと言われているんだ。」
と、監督生のディールさんが絵の中に手を突っ込み、絵の中の家の扉を開けた。

今思うと64のマリオっぽいな。1000年前にまだ発売すらされてないマリオ64と同じような仕組みを実現するとは・・・

絵の中の扉は本物の扉になって開き、談話室への道が通じた。

ディールさんがこちらを振り向き、大袈裟に手を開いた。
「諸君!ようこそハッフルパフへ!歓迎しよう・・・盛大にね!」


ハッフルパフの談話室は暖かく抱擁してくれるかのような安心感があった。置いてあるソファーも癒しのソファーに劣らない心地良さ!

いやーよかった!スリザリンだったらどこの拘置所だよ!って感じの地下牢に放り込まれるところだった。そんな豚箱に嬉々として自分から入りに行くフォイフォイ等の気がしれん。もしスリザリンに行ってたら今頃確実に発狂してマル公に筋肉バスターしてたね。

柔らかい光に包まれた談話室には寝室へ続く丸い木の扉と丸い窓があり、大きな窓からは中庭が見える。中庭は、入口の絵にあったような草原で、所々に敷かれた煉瓦が円形に庭を切り取っている。蓋をするようにガラスが嵌められているあの煉瓦は、地下にある寝室の天窓らしい。ここから見える中庭へは、ここの窓と寝室の天窓からしか行けない、ハッフルパフ生限定の憩いの場で、ハッフルパフの出身地にあった草原を再現しているらしい。

しかも、夜の今では寝室の天窓から漏れる光が、中庭を幻想的に照らしている。ぱねぇ。きっとグリフィンドールのハリーさん等でもここに来れば、

「うわっ!私達の生活水準低すぎ!」

と、言うに違いない。もしわたしがスリザリンに行った後この寮を知ったら確実に心臓発作を起こす自信があるわ。

素晴らしいよハッフルパフ!流石ですヘルガさん!今この瞬間から貴女はわたしの尊敬する人物、断トツのNo.1です。面倒見良すぎじゃないですか!

しかし・・・何と言う格差社会www方や豚箱、方や高級リゾート。ホグワーツ!恐ろしい所やで!

食い入るように窓に顔を押し付けていたことに気付いたわたしは、満足して窓から顔を離した。今日はいろいろあったが、何にせよ、よかったと談話室の方を眺める。

大体の一年生はまだ興奮覚めやらぬようで残っていたし、食べ過ぎでソファーの上でへたっているヴァン先輩はディールキャプテンとセドリックさんに介抱して貰っている。

わたしも癒しのソファーを呼び出し、お腹がこなれるまで談話室に居ることにした。寝室には一つずつ風呂まであるそうなのでせっかく覚えた『身体洗浄』は不要だな。『手洗いうがい』と『歯磨き』ぐらいか・・・まあ、歯磨きはもう掛けたから口は綺麗だ。

と思っていると、談話室の扉が開いた。何事かと、談話室の面々が顔を向ける。談話室の反対側に居るヴァン先輩も身を起こして目を丸くしている。

「ここがあなたの寮ですよ。もう迷子にならないように気をつけなさい。」

この声はスプラウト先生だろうか?

「は、はい。すみませんでした。」

一年生の女の子だろうか?扉のせいでここからは良く見えないが、スプラウト先生に礼をしているようだ。

スプラウト先生は去って行ったようで、その子が扉を閉めた。邪魔だった扉が閉まったので、わたしにもその娘が見える。

ふわふわの金の髪に真珠のような血色の良い肌。やや背は低いが、まだ伸びる余地はありそうだ。やや垂れ目の中から覗く瞳は淡い青色で、幼さの残るその整った顔立ちに柔らかな印象を与えていた。何と言うかこう、全てがマシュマロのようにふわっふわだ。

どこかマスコットチックな彼女はすこしというか、明らかに浮いていた。マグル生まれかマグル育ちなのだろうか?

いくらハッフルパフが差別のない寮だとは言っても、やはりマグル育ちだと勝手がわからない。というか「魔法使い」としての常識が無いからな。慣れたらそんな些細な差なんてすぐに埋まるのだろうが、マグル生まれの子達は同じマグル組と話をしている。もっとも、マグル組とは言っても、すでにマグル生まれっぽい上級生が間に入って心得的なものを教えているがね。

「そこの君。そんなところに突っ立っていないで、ここに座りたまえ。」

わたしの方を向いた少女に、わたしもポンポンとソファーを叩いて合図を送った。少女はというと、辺りを見回した後、やはりどのグループにも加わり辛いと思ったのか、素直にこちらに向かって歩いてきた。少女はソファーの前まで来ると少しためらったそぶりを見せたが、わたしが頷くと少しホッとしたようにソファーに座った。

「ハッフルパフにようこそ。」

「ど、どうも。よろしくお願いします。」

わたしが笑いかけると、彼女は少し戸惑ったように頭を下げた。

「頭なんて下げなくてもいいよ。わたしも一年生だ。君はマグル生まれだろう?」

「あ、はい。マグル生まれです。わかるんですか?」

「まあ、大体はね。ローブを着なれてなさそうだったから。」

「確かにローブなんて、着たことも無かったわ。そもそも、魔法使いが本当にいるなんてほんの少し前まで知らなかったから・・・」

ですよねー。私も正直言って信じられないよ。ほんの少し前まではぼろい屋根の下貧しいながらも助け合いながら生きていたのが、今となっては旧家の当主だからね。財産はほとんど使ってしまったけれども。

「えっと・・・貴方は・・・」と、何か聞きたそうにしている彼女を制して、わたしは名乗ることにした。

「フレイヤ・マッキノンだ。よろしく。フレイヤでいいよ。」

「えっ、ええ。分かったわフレイヤ。貴方は・・・じゃなくってフレイヤはえっとなんて言ったらいいんだろ?」

「わたし自身はマグル育ちだよ。母親が魔法使いだったらしいがね。魔法世界についてもついこないだまでさっぱり知らなかった。」

「それにしては馴染み過ぎてるような気がするのだけど・・・」

「その辺りは慣れってやつじゃないかな?ここに来る前にさわりだけとはいえ結構魔法世界に触れる機会があったからね。」

「そうなんですか?」

「そんなものだよ。それよりも、君の名前を聞いてもいいかな?」

「す、すいません。私はフィーネ。フィーネ・アンジェリカです。」

名乗るのを忘れるのはよくあることだ。得に慣れない場所でテンパってたりするとね。初対面の人には名刺を渡す習慣でもあればそんなことはないんだけどね。東の島国の文化はよくできている。

「じゃあ。今後ともよろしく。フィーネ。」

「ええ、よろしくお願いします。フレイヤさん。」

わたし達が軽く握手をした。これから7年間。のんびりいこう。

談話室も人が減ってきた。わたしはフィーネが他のマグル組に加わるのを見届けた後、ソファーを消した。

「ディール先輩でしたか?監督生の。」

「ああ。そうだよ。君は・・・新入生だね?」

「ええ。フレイヤと申します。これからお世話になります。」

「こちらこそよろしく。」

と、わたしは軽く挨拶を済ました。

「ところで、女子の寝室はどこです?」

「ああ。それならあの扉だ。といっても、どの扉をくぐっても基本的に同じだ。中の通路は自分の行きたい寝室につながるようになっている。もっとも、男子は女子の寝室には行けないようになっているけどね。」

グリフィンドールの寮では階段が滑り台になるんだったな。こっちは通路がつながらないようになっていると。なんにせよ安心して眠られるというものだ。

「それはそれは。これで枕を高くして眠ることができます。」

「ははは。そんな女子の寝室に入ろうなんてそんな恐ろしいことは誰もしないけどね。ここだけの話、昔無理に突破しようとした先輩がいたらしいんだけど、その人は一月も地面の下に閉じ込められたらしいよ。」

なにそれこわい。

ディール先輩と別れたわたしは人垣を抜け、いくつかの扉の内、一年生の寝室へ直通になっているらしい真円形の扉を開けた。

寝室までは地下道になっているが、全くそう感じさせないほど温かかった。まっすぐ続く地下道から寝室の入口にはまた丸い扉が嵌め込んであり、扉を開けるとそこは驚くほど広かった。

寝室はまだ誰もいなかったが、既に消灯していて天窓からは星の光が入ってきていた。

さっき仲良くなったフィーネの荷物はどれか分からないが、わたしのは一番端にあった。

「これは都合がいい。」

ずっと癒しのソファーに座っていたおかげか調子が良い。わたしは杖をひと振りし、トランクに収まっている200体の式神を解放した。小さく畳まれた折り紙の式神達が目を覚ましてゆく。あるものは縮こまった手足を伸ばし、またあるものは翼を広げて舞い始めた。まるで小さな動物園だな。他人に見えないようにしているのが少し残念だが、我ながら圧巻だ。

スッと杖を天窓に向けると、天窓が開き、この寮を担当する以外の式が去って行く。わたしの式はわたしの目であり手足でもある。とはいっても、作り自体はそんなに凝っていないので、式神自体は全くと言っていいほど戦闘力はないし、式神を通じて知ることができることも僅かだ。その分呪詛返しもあまり気にしなくていい。

圧倒的に便利というわけでもないが、あるに越したことはないといったところか。魔力の消費が増えるのがちょっとつらいところだが。

「その内監督生用の風呂にも厄介になろうかな?みんな寮で済ませるから誰も使わないって話だしね。」

先に体を洗った後に湯船に湯を張る。泡立った湯船には浸からない。例えイギリス人に生まれ変わろうと、これだけは譲れないところだね。
第二十一話[ひとつ前-/-ひとつ先]
9/1 1991 ?to? by Sybill Patricia Trelawney

『今宵、穴熊の巣に招かれざる者が入り込むだろう。気をつけよ。隠れたる蛇がその首をもたげる前に。無垢な者が穢される前に。』



ああ、ホグワーツに来たのだったな・・・

結局わたしは部屋の隅で使えるスペースが多いことをいいことに、部屋の端に癒しのソファーを呼び出してその上で寝ていた。掛け布団を奪われたベッドはやや不服そうに軋んだ音を立てている。ホグワーツのベッドは決して寝心地が悪いわけではないが、対する癒しのソファーはマッキノンの宝物だ。仕方がない。今度台か何かでソファーの高さをベッドと同じにして、なんちゃってキングサイズにするのも悪くないかもしれないな。

マッキノンのトランクはムーディ先生のトランクのように見た目以上に物が入る。流石にとらえた死喰い人を拘束するための牢屋は備えていないが、クローゼットやら食器棚やら食糧庫やらいろいろ充実している。わたしが薄いケースのロックを外すと、ケースはひとりでに開き、飛び出す絵本のように大きなクローゼットが現れた。

「魔法って本当に何でもありだな。質量保存とか完全に無視してるし。」

ホグワーツの制服は適当に置いておくと、授業を受けている間にホグワーツに住んでいる屋敷しもべが勝手にクリーニングしてくれるのでいつも清潔なのだが、うちの屋敷しもべにとって主人の衣類を勝手に触られるのはとんでもないことらしい。

という訳で、洗濯物はいつも目録を使ってマッキノンの城へと送り、必要な時に呼び出すという訳だ。そして予備の服はクローゼットへ。

地味に面倒だ。マッキノンの城とホグワーツを結ぶものがあれば楽なんだけどな・・・

「あっそうだ。あのキャビネットがあるじゃん。でもあれはなー・・・」

姿をくらますキャビネット。一対のキャビネット同士の中が繋がっていて、例えホグワーツのような強力な結界が張られた場所でも、一方が中にあれば外からホグワーツに侵入できるという優れものだ。原作ではキャビネットを利用してホグワーツに死喰い人度もが侵入してきたわけだが、便利なものには違いない。原作への介入を度外視すれば、出来れば手元に置いておきたいものの一つでもある。

「だけどあれは壊れているし、相方がノクターン横町のボージン&バークスにあるからな・・・しばらく保留か。」

適当に着替えを済ませたわたしは、再びトランクケースを閉じた。わたし以外開くことはできないのだが、心配性なわたしは封印用のお札も貼っておく。後、荷物番に小鬼も呼ぶでおいた。とりあえず食堂に行こう。

「ちょっと失礼。」

と、カーテンで仕切られた同額年生のベッドの前を横切る。何気なく立ち去ろうとしたわたしだったが、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「あ、フレイヤさん。おはようございます。」

「はあ・・・フレイヤでいいってば。おはようフィーネ。」

見たところによるとフィーネも今し方着替え終わったようだった。彼女の荷物は極端に少ない。マグル生まれと言っていたから、わたしのように高性能トランクを持っているわけではないようだ。本当に持ち物が少ないらしい。

「フィーネの荷物はそれだけかい?」

「え、ええ。これだけです・・・少ないでしょ?」

少し乾いた笑みを浮かべるフィーネにわたしは肩を落とした。

「孤児院に住んでたつい先日までは、わたしも似たようなものだったさ。」

「孤児院育ちだったんですか?私と同じですね・・・」

朝っぱらから雰囲気が暗くなってしまったな。

「まあ、そんな話は置いておいて。一緒に朝飯を食べにいかないかい?」

「ええ。喜んで。」

わたしはフィーネを連れて食堂に向かう。フィーネも孤児院育ちだったのか。雰囲気からしてあまり良い環境ではなかったらしい。だが、わたしは同じ孤児院育ちという友人に。無意識のうちになんというか親近感を感じてしまうらしかった。文字の上では知っているホグワーツの生活も、やはり現実となると違ってくるものだし、第一原作は生まれながらの英雄であるハリー視点からみたものだ。

一応純血家系らしいが、マグルの孤児院育ちのわたしは言ってしまえばその他大勢のモブキャラに分類されるだろうし、そもそも誰も滅んだことになっている一家の末裔とは思うまい。別にハリーのようにちやほやされたいわけではないが、主人公組の栄光が気になることは否定できないな。

フィーネと歩くわたしは、同じ寝室の女の子たちに挨拶をした。反応はイマイチだったが、これから7年同じ釜の飯を食う仲間だ。挨拶は良い関係を築く第一歩だとわたしは思うね。。少し早いのか、談話室いる人はまばらだったが、談話室から見える中庭は朝露に輝いていた。

90年代にしては小型のカメラを持った大きめの式神が庭の写真を撮っている。もちろん式神とカメラはステルスで隠している。別に隠す必要が無い気もするが、そこは御愛嬌だ。おっさんになると、「ああ!学生の時もっと写真とっときゃよかった!」ってなるからな。中身おっさんなわたしはその点抜かりはない。

寮を出たわたしたちは真っ直ぐに食堂に向かっていた。行き先が変わる階段でもあまり問題は生じない。式神200体ではホグワーツ城は到底網羅しきれないが、ある程度の情報は得られる。 わたしの式神ネットワークは大雑把だが、城のほぼ全域をカバーしていた。追々追加していくことで最後は禁じられた森もカバーしたいな。

と思っていたところ に、近くの式神から警報を感じ取ったわたしは、すかさず相棒を掲げた。多くの階段が橋のようにかかり、吹き抜けになっているフロアをピーブズがゴミ箱を抱 えてこちらへ一直線に向かっていた。位置はわたし達の真上だ。

「フレイヤ?どうしたの?」

「ピーブズだ。プロテゴ!」

わたしを中心にかさのように広がる半透明の障壁が張られ、ごみの雨からわたしと突然のことに困惑しているフィーネを守る。

「ウゥゥゥゥゥウウウウ!やるねぇ!一年生のおちびちゃんの癖に!」

わたしはおちていったごみをくるくるっと集め、呼び出した『虚無の屑籠』に捨てた。落ちたごみはしもべ妖精が片付けなければならない。彼らが隷属を美徳とするとはいえ、余計な仕事は増やしたくない。上を見上げるとピーブズはあっかんベーをしながら挑発的に動いていた。

「喧嘩を売る相手は考えることだな。」

わたしは二枚の札を取り出し、一枚をピーブズに投げ、もう一枚を手元に置いた。

「きーかなーいよーん。」

と、札はピーブズをすり抜けるが、

「果たしてそうかな?」

札から金棒を持った鬼が現れ、ガン!ときつい音を立ててビーブズを打ち落とした。霊体とはいえあれは痛いはずだ。日本で何度食らったことか・・・落ちてきたピーブズは下に待機させていたもう一体の鬼にホームランされ、遠くへ消えて行った。

「この人たちは何なんですか?フレイヤ?」

「鬼って言ってね。東洋の魔法で悪霊退治用の使い魔みたいなものだ。相手が霊体でも対抗できる。」

わたしはピーブスが吹っ飛んで行った方を眺めながら、フィーネに答えた。

「ありがとう。フレイヤ。ちょっとスカッとしたわ。」

「ありがとう?どうしたんだいフィーネ?」

確かにピーブズは鬱陶しいが、ただ追い払っただけだぞ?

「あの声・・・昨日私が寮に行くのを邪魔してきたのは彼奴だったみたいなの。」

「ふーん。なるほどねー。ま、アイツもこれに懲りてもう来ないんじゃないかな?もし来ても杖でこのカードを叩けば鬼が出るようになっている。フィーネを守ってくれるよ。」

はい。っとわたしはフィーネにトランプの予備のブランクカードに式を書いたカードを渡した。フィーネはしげしげとカードを眺めている。

「これは?・・・トランプにしては不思議な模様が書いてあるね。」

「それは式っていうのさ。ある意味魔力で動く電子回路みたいなものだね。」

「ふーん。じゃあ有難くもらっておくわ。またあの幽霊が襲ってきたらこれを使えばその、鬼さんが出て来てくれるのね。」

フィーネはわたしの両隣に佇む鬼を眺めた。

「じゃあま、お腹もすいたし食堂へ行きましょう。」

と言ってわたしは金棒を持った赤鬼と青鬼を戻した。超占事略決を守っている前鬼や後鬼にはまだまだ遥かに及ばないが、それでも霊体に対しては絶大な効果がある。

そういえばピーブズは混沌の成れの果てだとローリング神は仰っていたな。どこのおとぎ話だったかは知らないが、混沌が力を失う話は有名だ。

たしか・・・原初の時、混沌は宇宙を統べる名君だった。彼の下で働く者は皆彼を尊敬し、ある時彼等は混沌を讃えようと酒宴を開いた。だが混沌には目 も鼻も耳も口も無く、何も食べずにただ笑っていた。彼の部下はそんな彼を憐れんで、彼が寝静まった時、目と鼻と耳と口を作るために混沌の顔に7つの穴を開けた。目覚めた彼が喜ぶと信じて。しかし、顔に7つの穴を開けられた混沌は苦しみ出し、その穴からは混沌の全 てが抜け出し始めた。中身を失っていく恐怖に混沌は怒り狂ったが、もう手遅れだった。混沌から抜け出たモノは形を変えて世界を作り、なにもかもを失い狂った混沌の抜け殻は今も 中身を捜して世界をさ迷っているという・・・こんな感じだったかな?

もしピーブズが失った中身を取り戻せば、ピーブズも古の真の姿を取り戻すのだろうか?

「ま、そんなこと考えても仕方ないか。」

「どうしたの?フレイヤ、一人でぶつぶつ言って・・・何だか怖いよ。」

「ん?ああ。何でもない。それより着いたね。食堂だ。」

朝の食堂は既に結構な人数でにぎわっていた。それぞれの寮のテーブルには料理を盛った大皿が並べられ、どれでもお好きなものをという感じだ。

わたしは魔法で手洗いうがいを済ませ、黙々と料理をよそって行った。わたしがトレー二つ分の料理を抱えていると既に席をとっていたフィーネが手を振っていた。

「席とってくれてたんだ。ありがと。」

「ええ。なんてことはないわ。」

と、フィーネはスクランブルエッグを頬張った。私ほどではないが、フィーネも結構な量の料理を取ってきていた。

「わたしはともかく、フィーネも結構食べるんだね。」

と、わたしが言うとフィーネは照れ臭そうに、

「孤児院じゃお腹いっぱい食べられなかったからつい・・・ね。」

「あー。よくわかるわそれ。もう取り合いもいいとこだったしねー。」

ははは・・・と、わたしとフィーネは孤児院談義に花を咲かせた。三つ子の魂百までともいうし、お互い躰に染みついた貧乏性はなかなか落ちないようだった。

「ねえ、見てフレイヤ・・・あの子も結構ね。」

スモークポテトを頬張っていたわたしにフィーネが声を掛けてきた。

「ほえ?なに?」

と、振り向くと、そこには皿に山盛りの料理を頬張るハリーさんがいた。

「ぶっ・・・ごほっ!ごほ!」

「ちょっと、フレイヤ大丈夫?」

ポテトを吹き出しそうになるのを無理に抑えたせいで、ポテトが息をする方に入ってしまった。まったく・・・ハリーよ、お前もか。

「水ありがとうフィーネ。」

ごくごくとフィーネに手渡された水を飲み干し、お礼を言った。

「あの子も結構苦労してきたのかな?」

と、ハリーを眺めているフィーネが言った。

「らしいね。魔法の力が無かったらみんなまだまだ塀の向こうだったんだよねー。」

「ちょっとフレイヤ、それじゃあ私達まるで囚人みたいじゃない。」

「似たようなもんだったじゃん。」

「・・・確かにそうだわ。」

「でしょー。」

と、他愛ない話は続くのだった。



さて、今日から授業という訳だ。ハリーは、つまらないだとか、やけに難しいだとか不平を言っていたが、どの授業も最高に楽しく感じられた。わたしは死者一名、意識不明者多数の魔法史の授業でさえ、なぜみんなが寝てしまうのかわからないぐらいだったし、その後の変身術の授業では、魔法にもそれ相応の理屈があるんだなと感心したりもしていた。

ただ、マッチを針に変えるのはなかなか厄介だった。ハーマイオニーは授業終了時までに針を練成することに成功したらしいが、わたしはいくら頑張っても先っちょをメッキするのが限界だった。

一日の授業が終わった後、夕食を食べたのでわたしとフィーネは談話室に戻って来た。

「魔法の授業って初めてだったけど、結構楽しかったわ。それに、魔法使いの家の出の子達も私とあんまり変わらないみたいだし。マグル生まれだから遅れてるんじゃないかって不安だったのよ。それにしても、フレイヤは初めてにしては出来がいいわよね?やっぱり魔法使いの血が入ってると魔法を使う感覚とかあるのかしら?」

「いや、そんなんじゃないさ。わたしは杖を買ってからあれやこれややってたからね。さて、さっさと宿題を終わらせよう。ということで!」

と、わたしはソファーで寝ているヴァン先輩に声をかけた。

「勉強を手伝って下さい。ヴァン先輩。」

ヴァン先輩はわたしに声をかけられて酷く動揺している。

「いや、フレイヤ・・・俺はそんなに勉強が得意じゃないし・・・」

と、ヴァン先輩は助け船を求めて辺りを見回すが、ヴァン先輩の同級生は目を合わそうとしない。他の先輩方も勉強のほうはそれほど得意というわけではないらしい。勤勉だが、報われない。それがハッフルパフクオリティ。

「・・・」

「同級生に目をそらされるって先輩・・・」

「それ以上言うなフレイヤ。俺の友達もあんまり出来る方じゃないしな。」

と、先輩は肩を落として、俯いた。

「そういえばそうと、フレイヤ。その子は昨日遅れて来た子だよな?」

「ええ。そういえばまだ紹介していなかったね。フィーネ、こっちはヴァン先輩だ。ヴァン先輩、フィーネです。私の友達第一号ってやつですかね?」

と、わたしはフィーネとヴァン先輩の方を交互に向いてお互いを紹介した。

「おいおいフレイヤ。俺は友達じゃないのか?」

「先輩は先輩ですからね。友達というのはちょっと違うかなと。」

「まあいいか。」

と、ヴァン先輩はソファーから立ち上がり、フィーネの前に進み出た。

「ヴァン・デス・リーゲルだ。四年生だ。よろしく。」

「ご丁寧にどうも。一年生のフィーネです。こちらこそよろしくお願いします。」

一通り挨拶が済んだ後、ヴァン先輩は思い出したように手をたたいた。

「それにしても、課題か・・・俺も結構苦しんだもんだったが・・・そうだ。セド!お前そういうのは得意だったよな!」

ヴァン先輩は、ソファーに座って本を読んでいるセドリックさんに声をかけた。確かにセドリックさんなら勉学の面でも大丈夫そうだ。ヴァン先輩はセドリックさんの背中をたたいてこっちへ連行してきた。

「勉強ならセドが得意だ。セド、俺からも頼む。フレイヤ達に勉強を教えてやってくれ。」

「え、ええ。構いませんが・・・」

いきなりの申し出にセドリックさんは戸惑っているが、セドリックさんが承諾したとたん、ヴァン先輩は「そうか!じゃあ後は頼んだぞ!」と言って立てかけてあった箒を手に取り、仲間と一緒に中庭へ出て行った。

「よろしくお願いします。」

と、わたしとフィーネは残されたセドリックさんに礼をした。セドリックさんは困ったように頭を掻いていたが、懇切丁寧に教えてくれた。フィーネは特に変身術の授業が難しかったと言っていたが、セドリックさんはフィーネが解るまで忍耐強く教えてくれた。流石生粋のハッフルパフ生。この程度は苦労の 内に入らないらしい。

どうやらハッフルパフには「トロールでもわかる!ハッフルパフ流勉強術」という勉強法があり、セドリックさんは当代の伝承者らしい。宿題どころか予習まで済ませたわたし達はセドリックさんに御礼を言った。

「丁寧に教えて頂いてありがとうございました。お時間を頂いてすいません。また、頼めますか?」

「ああ、こちらこそ。教えがいがあったし、基礎の復習にもなるしね。二人ともよく頑張った。」

セドリックさんが爽やかに笑う。

「は、はい!ありがとうございます。」

フィーネも初めは魔法使い生まれのセドリックさんに対して少し戸惑っていたが、教えを乞うている内に魔法使い生まれもマグル生まれもそう変わらないと気付いたようだ。初めはぎくしゃくしていたが、今は普通に接している。

「あ、そうだ。魔法薬の授業はまだ何日か先だったね?魔法薬の授業の前にはさっき言ってたとこをもう一回復習しておいた方がいい。魔法薬は危険な授業だから仕方が無いが、あの先生はちょっと熱心だからね。」

スネイプ先生のいびりを「熱心」の一言で片付けてしまうセドリックさん。貴方はハッフルパフ生の極みです。惜しい人を亡くしたもんだ・・・あ、まだ生きてるや。



「セドリック先輩に教えて貰って良かったね!フレイヤ。あの変身術の課題もよくわかって本当に助かったわ!」

フィーネは興奮している。今まで孤児院生活だったこともあってきちんと勉強したことはなく、今回内容がよく理解できたことがよっぽど嬉しいらしい。


「確かにセドリックさんはすごい。わたしもハッフルパフに来れて良かったよ。」

これは本気を出せばハーマイオニーも越えられるかもしれないな。

「あの・・・ちょっといいかな?」

と、わたしとフィーネに話しかけてくる男の子がいた。この子は確か・・・

「あなたは・・・ジャスティン・フィンチ・フレッチリー?」

「あ!うん。そうだよ。えっと、君は・・・」

わたしが既に名前を憶えていたのにジャスティンは驚いたらしい。ふふふ。こっちはマグル組の動向はよく見ているのだよ。

「フレイヤだ。マグル育ち。こっちはフィーネだ。」

「二人ともよろしく。知ってると思うけどジャスティンだ。マグル生まれ。」

「フィーネです。私もマグル生まれです。」

と、とりあえず自己紹介が終わったところで、本題に入ろうか。

「で、ジャスティン君は私たちになにかご用かい?」

「ああ。それなんだけどさ、さっき君たち上級生に勉強を教えてもらってただろ?言いにくいんだけどさ・・・ちょっと教えてくれないかな?僕らじゃちょっと手におえなくて。」

と、ジャスティンの目線を追うと、隅っこで固まって頭を抱えているマグル生まれの1年生達がいた。

「なるほどね。マグル生まれだってことはそこまで気にする必要はないと思うんだけどね。まあ、そこはこのフィーネ大先生が懇切丁寧に教えてくれるよ。」

「ほ、本当か?ありがとう、フィーネさん。」

「ちょっとフレイヤ!どうして私が教えることになってるのよ!」

「わたしはこれから用事があるので、それにわたしマグル生まれじゃないし、こういうのはフィーネさんが適任だと思うんですよ、なんちゃって。」

「つい最近まで魔法使いの生まれだったなんて知らなかったって言ってたじゃない!」

「あーあー聞こえなーい。」

「もー!」と怒るフィーネをよそに、「じゃ、そういうことなんで後はよろしく。」とわたしはフィーネとジャスティンを残して寮を出た。

談話室を出たわたしは式神ネットワークを使って巡回する先生とフィルチ、猫のミセスノリスを避けて8階の廊下に向かっている。消灯時間はまだと は言え、この時間に寮を出るのは校則違反だ。だが、監督生のディール先輩はわたしが抜け出しても何も言わなかった。

というより、基本的にハッフルパフ生は真面目なので大きな校則破りはめったに起こらない。その分監督性の監視も緩いのだろう。だが、いくら減点が少なくても加点が少なければ寮対抗では勝てない。悲しいかな、現実的に言ってハッフルパフ生は才能に恵まれているとは言えないのだ。

わたしは一人、静かな廊下を進む。起きている者のいない魔法史の授業中に大量の式神を量産していたので、わたしの周りに集めておけば監視網に穴はほとんど無い。ただ、量産には月光を使ったので、どうやって折ったのか全く理解不能な奇抜な作品ばかり出来ていたが。

今、先生等以外で式神ネットワークに反応があるのは地下牢付近のフォイフォイ達に、自分達の寮付近をうろつくのが数人。なぜかグリフィンドール塔と反対側 にいるネビル、隠し通路から出て来て我が物顔で歩くウィーズリー兄弟ぐらいか。ウィーズリー兄弟はその内わたしが先生を避けて移動していることに気付くだろう。

悔 しいが式神ネットワークより忍びの地図の方が学校を歩く分には優れている。まあ、その点こっちは目録を使って遠隔地の映像が得られるし、ちょっとした工作 ぐらいなら式神を操作出来るので、応用性に関してはこっちの方に軍配が上がるか。とにかく彼等とは相互不干渉としよう。

さて、今向かっているのは8階だ。なぜ、わざわざそんなところへ行くのかといえば答えは簡単。そこには必要の部屋と呼ばれる素晴らしい部屋があるからだ。願いを唱えながら廊下を3往復すれば、欲しい備品を揃えてくれたり、隠したいものの置場になってくれる素敵な部屋だ。

出来ればフィーネ以下ハッフルパフ生も連れて行って、総合力の強化を図ってもいいかもしれないが、そこは追々考えていくことにしよう。魔法の練習なら許可を取って昼休みとかにすることもできるし、あんまり原作に干渉する気もない。

ちょっと寂しい気もするが、スーパートラブル体質のハリーさんと同じ学年というだけで死亡フラグが乱立しているのだ。下手に強化クラブ的なのを作ってハリーさんが入ってきでもしたら目も当てられない。

「さて、久々にぶっ放そうかな。」

最近月光が不満げに振動しているし、気の鍛練は欠かせないからな。



「かーめーはーめー・・・波ぁー!!!」

ドァオオ!と音を立てて必要の部屋に現れた厚さ50センチの鉄板が溶解し、消し飛んだ。「ふぅ」と、一息ついたわたしは汗を拭って『空気清浄』を掛ける。シュウシュウと音を立てて立ち上っていた金属蒸気が消え去った。

「ちょっと鈍ったかな?それにできたらもっと溜めの少ない技も開拓した方がいいかな?」

失神術とか、攻撃系の魔法は出が速いからね。「アバダ・ケダブラ」とか舌噛みそうな呪文でも映画のヴォルさんは1秒以内に唱えてたしな。いざ戦いになったら遠くから気弾を操るか、瞬間移動を混ぜるか、それともどどん波とか魔貫光殺砲とか開拓しなくちゃいけないかもしれない。

「ま、今のところ戦う予定はホグワーツ最終決戦か、あるとして半純血のプリンスラストぐらいだしな。気の総量と操作を重点的に鍛えていれば間違いないと思うな。」」

と、気円斬を繰り出した。光る円盤は鉄板をまるで羊羹を切るみたいにあっさりと刻んでいく。気の総量自体は増えているみたいだし、こっちの方はこれぐらいでいいだろう。

次は今日の課題の針の変身だな。後、戦闘用の呪文も鍛えておきたい。式神で外の安全を確認した私は一旦必要の部屋を出て、もう一度入りなおした。



山のようなマッチの束を針に変える作業を繰り返し、飽きたら「盾の呪文」や「武装解除」を試す。気が済んだらマッチの束を・・・と繰り返し、ようやくマッチが満足のいく純度の鋼の針に変わった時には既に日付が回ろうとしていた。

「いい加減お腹すいたな・・・そういえばハリーさんのお父さんは、夜に度々透明マントを使って厨房から食べ物をくすねてたんだっけか。まあ、わたしはそんなことしなくてもいいけどねー。ね、ウォーディ?」

「勿論でございます。お嬢様がそのような品のない行いをなさることはございません。」

今しがた作り変えた針を眺めているわたしの背後からわたしの従者の声がした。くるりと後ろを振り向くと、そこには既にテーブルセットを組み終えたウォーディーの姿があった。

「ウォーディー、この針はどうだい?」

「私の見立てではなかなかのものかと。お嬢様。」

と、椅子に腰掛けたわたしから恭しく針を受け取ったウォーディが答えた。

「ところでさーウォーディ。」

「何でございましょう?」

と、パチン!と指を鳴らして銀の蓋をした皿を取り出したウォーディが答える。この料理はわがマッキノンノ城で屋敷しもべのヌーが今しがた作ったものだろう。深夜だというのに本当に頭が下がる。とられた蓋からいいにおいとともに湯気が立ち上り、いかにも食欲をそそる。

「ここって、ホグワーツだよね。それも特別外部からの侵入に強い必要の部屋だ。」

「左様でございますね。お嬢様。」

ちょっと夜食には重たすぎるんじゃないかと思うぐらいだが、気の訓練や魔法の訓練はかなりカロリーを消費する。夏休みの間にあーだこーだと注文を付けたお蔭か、黄金色の餡がかかった野菜でも一口含むだけで、味っ子よろしく口からビームが出てしまいそうだ。

「屋敷しもべってそうも簡単に何重もの結界を超えてこれるもんなの?いや、屋敷しもべのワープ法は魔法使いの姿現しとは全然違うのは知ってるけどさ。」

「それは、お嬢様からお呼びになったからでございますよ。」

「そうなの?」

はふはふと、溶けてしまうぎりぎりまで煮詰められたニンジンを口にしながら、私はウォーディーの話を聞く。

「ええ。確かに我々屋敷しもべ妖精は、ホグワーツのような強力な結界をも超えることが出来ますが、この必要の部屋は別です。私共といえども普通ならば入ることはできません。」

「ふーん。じゃあ、なんで今入ってこれるの?もしかしてわたしが中にいるせい?」

と、舌鮃のムニエルを口にする。うん。うまい。この脂の乗りっぷりがたまらないね!っていうかこれ最早イギリス料理じゃなくね?あ、それは最初っからか。

「左様でございます。我々屋敷しもべは主人の所有物でございます故。」

「中にいる人間のものならば、通しても差し支えないっていう理屈ってこと?所有物扱いってのが気に食わないけどね。」

ふっとウォーディの顔が一瞬だけほころんだ気がした。それにしても白米うめぇ。いや、これはもしや胚芽米か?!

「私共はお嬢様の所有物でございますよ。ですが、我々は私共に対しても敬意を払ってくださるお嬢様の慈悲深いお心を誇りに思っております。これほどお仕えし甲斐のあるお方はおられませんよ。」

「そんなに持ち上げても何にも出ないけどねー。まあ、こんな夜中に呼び出して悪かったね。」

「いえいえ、滅相もございませんよ。我々一同ホグワーツ付といえども、他のしもべ妖精がお嬢様のお世話をしている現状を悔しく存じていた次第でございます。どんな些細なことでも結構ですので、なにとぞ我々に御命じくださいませ。」

「全く頭が下がるね。まあ、訓練したらお腹はすくし、これからも頼むよ。」

「承りました。」

と、頭を下げるウォーディからおしぼりを受け取った私は、さっさと必要の部屋を引き払い、寮に戻った。



あの日から必要の部屋に通い初めて数日。わたしの魔法の腕は僅かだが確実に上がっている。

盾の呪文はピーブズのごみ攻撃を防ぐのに格好をつけて使ったが、あのときは実はビニール傘程度の防御力しかなかった。今では式神に投げさせた鉄球に耐えられるかどうかというところだ。学校で使われるいたずら程度の呪文なら問題なく防げる程度だ。

まだしばらくかかるだろうが、中程度から、将来的には戦闘用の呪文も返せるようになりたいな。式神の投擲に耐えられるようになったら、今度は鬼を使ってみてもいいかもしれないな。

日本を離れてから式神術や鬼道術から離れていたから、そっちの方の練習にもなるしね。将来的には前鬼と後鬼を従えたいと思っているしね。目指せシャーマンキング!なんちゃって。

武装解除の方は、使えなくもない程度だな。わたしぐらいの年で使える子は少ないから油断を誘ってなんとかというぐらいか。相手にしているのが剣を構えた甲冑程度じゃいまいち危機感がわかない。スーズに頼んでマッキノンの城から戦闘用のゴーレムを借りてもいいかもしれないな。

ま、今のところはそれぐらいかな?

朝の陽ざしがまぶしい朝食のテーブルに着いたわたしに、フィーネが尋ねてきた。

「ねえ、フレイヤ。毎晩毎晩いったいどこへ行ってるの?あんな時間まで外にいたら絶対校則違反じゃない。捕まったらちょっとやそっとの減点じゃすまないわ。」

「ああ、フィーネ。その点は抜かりないから大丈夫。捕まらないように対策をとってるしね。」

「はあ・・・捕まらなければいいってものじゃないのよ?」

と、フィーネは肩を落とした。フィーネは何度かわたしを追いかけてきてはいたが、その度にフィルチに見つかりそうになり、寮に引き返していた。今では追いかけるのをあきらめたらしく、わたしが先生やフィルチを避ける何かをしているのだとうすうす気づいているようだった。

「ま、またいずれね。それよりもジャスティン達はどうだい?セドリックさんの了解は取れた?」

「ええ。今日からみんなで一緒にセドリックさんに教えてもらうことにしたわ。やっぱり私だと質問に答えきらないことも多いし。」

「ジャスティンたちの相手を勝手に押し付けたのは悪かったね。今度何かで埋め合わせするよ。」

「じゃあこれで!」

「あっ!」と、言うわたしをよそに、さっとフィーネが摘まんだわたしのクッキーはフィーネの口の中へ消えていった。

今日もホグワーツでの一日が始まった。
第二十二話[ひとつ前-/-ひとつ先]
しかし、不思議なのは変身術の授業だな・・・木を鉄に錬金すると言うのは、まあ、100歩譲って納得できるとしても、家具が動物になるって言うのはどういうことなんだ?ああ、だから「錬金術」ではなく、「変身術」なのか?原子核変換なんていうちゃちなもんじゃないということか。全く・・・エルリック兄弟が聞いたらぶっ倒れそうな「真理?なにそれおいしいの?」な理屈だな。

魔法はイメージが大事らしいから、変身術はわたしには合わないかもしれない。物質からウィルスとか、単細胞生物ならまだしも、高等生物が生まれるなど想像も・・・あれ?いけるんじゃね?こう、作りたい生き物の細胞とか、臓器とかをイメージしつつ、原料となる非生物を錬金して容を整えてっていう感じのイメージで・・・っていうか魔法はそこらへんが適当でも成功するって言うのが、この科学に染まった中身が元おっさんのわたしの脳にははなはだ疑問で仕方がない。

マグル生まれとは言えフィーネや、ジャスティンたちはまだまだ子供。そこらへんの認識がまだ科学に染まり切っていないので、あんまり気にならないらしい。ここら辺がマグルと魔法使いの認識がかみ合わない原因になっているんだろうな。

中身がオッサンなわたしが豚を作りたいと思ったら、とりあえず今度屠殺場にでも行ってよく観察してみるか?気は進まないが。っていうか豚に変えられた家具は魔法を解除すると戻るし、もしかしたら本当の意味で豚を作っているわけじゃないのかもしれないが・・・その辺りはローリング神に聞いてみないと何とも言えないな。

ああ、でも「動物もどき」には興味があるな。こう「ドラゴラム!!」って感じで・・・でも龍だからって捕まったりしたら厄介だなー。何になるかは分らないけど、もし龍になったりしたらファッジに相談してみるか?難しいらしいからこれも鍛錬だなー。

しかし・・・臭い。

「フレイヤ・・・あの先生変なにおいがするわ。」

「わたしもそう思ってたところだ。とりあえず『空気清浄』!これでどうだい?」

原作では臭いと書かれていたが、これほどまでとは・・・いや、もしかしたら本当の臭いというよりも、刑事が「臭い」とか「こいつは臭うぜ!」とか「こいつはくせえーッ!ゲロ以下の匂いがプンプンするぜーッ!!」みたいな魂的な意味での臭いなのかも・・・しれない。

鼻をハンカチで覆っていたフィーネが恐る恐るその手をどけた。

「ありがとう。フレイヤ。ずいぶんマシになったわ。」

「そうか、それはよかった。」

やっぱり、物質的な匂いだったか・・・ヴォルさんは臭いと。

「あれ、フレイヤ?今出席飛ばされてなかった?」

と、わたしの隣に陣取るフィーネがクィレルがわたしの出席を飛ばしてしまったのに気付いたようだ。なかなか目ざといが、こればかりはどうしようもない。

「まあ、そういう仕様だ。問題ない。出席簿には式神で書き込んでおくから。」

今わたしたちは、闇の魔術に対する防衛術の授業を受けている。だが、クィレルは、授業中、わたしに見向きもしない。クィレルはまるでわたしを見ていないかのように無視を決め込んでいる。

他の生徒達はクィレル先生の授業は半ば休息時間みたいにとらえているし、例え出席を飛ばされるものがいても「どもりのクィレル先生だからきっと緊張しているのだろう。仕方がない。」と言う認識らしい。



だが、それは間違いだ。クィレルは「本当にわたしのことが見えていない」のだ。先代が私にかけた強力な「追跡阻害呪文」によって、わたしはすさまじい漢気を放つ「ゾクのはちまき」みたいなのを巻いていない限り、ヴォルデモートと、それに与する者に対して完全な「ステルス」状態だ。

もしヴォルさんと戦うことになったら、はちまきをした状態から急に「ステルス」に移行することで、一発ぐらい入れられるかもしれない。でも、多分ヴォルさんのことだからそれが通用するのは一回コッキリだろう。ホグワーツでも使える瞬間移動と同じで、ここぞと言う時のためにとっておかなければ。しかし、眠っているとはいえ、クィレルが黒板を向いてこっちに背を向けているときはヴォルさんがこっちを向く体勢になってるんだよなー。そう思うと激しく怖い。

まあ、そんな殺伐としたことは全部ハリーさんらに任せておけばいいのだ。ヴォルデモート関連を除けば今の魔法界は至極平和だし、楽しいこともいっぱいある。

しかし、毎日日付が変わるまで鍛錬しても、日が昇るまでに回復してくれる癒しのソファーは本当に素晴らしいな。 しかし、癒しのソファーに頼り切っている私が言うのもなんだが、やはり規則正しい生活こそに健康は宿ると言うものだ。これからはできる限り夜更かしは控えよう。一応成長期だしね。

「それにいい加減同級生にもなじまないといけないしな。」

いつも授業が終わると、マグル生まれ組と一緒にセドリックさんに教えてもらった後すぐに必要の部屋にこもっているせいか、同級生の中でも非常に付き合いが悪いと思われているようだ。事実アボットさんとボーンズさんとか、話したこともないしな。一方のフィーネはというと、他の一年生たちとうまくやっているようだし、彼女の御陰で孤立せずに済んでいる面もある。まあ、最近はセドリックさんに教えを乞う一年生も多いし、勉強会に参加している限りは最低限の社会性は維持できそうだ。セドリックさんには感謝してもしきれないな。

「フレイヤ、先生に言わないといけないと思うわ。たった一回でも出席は出席だし。」

と、フィーネはわたしを心配してか、声を掛けてきた。闇の魔術に対する防衛術の教師は成績を出す前に「永遠に失踪」することになっている。出席などどうでもいいのだが、フィーネもわたしが何かしないと収まらないだろうし、それが普通の反応だろう。まあ仕方がない。わたしはクィレルが出席簿を置いた隙を突いて、式神を使って出席簿に丸をつけた。授業はいろんな意味で普通だった。



そして、例のごとくセドリックさんに今日の授業の復習と明日の魔法薬の予習を重点的に教えてもらったわたしは、必要の部屋で鍛錬していた。今日は早めに切り上げることにしよう。

「クッ!やっぱりまだちょっと早かったか・・・」

式神の投げる鉄球に慣れたわたしは、鬼を使って鉄球を防ぐ練習を始めたのだが、まだ早かったらしい。盾の呪文で防ぎきれなかった鉄球が顔の真横を掠めたときはさすがにひやりとした。

鬼を戻したわたしは普通の式神を呼び直して鉄球を投げさせることにした。

「焦る事はない・・・か。じっくり確実に実力をつけていけばいいのに、何を焦っているんだわたしは?」

さっきから何やら誰かに弄られてるようで体がむず痒い。



「こんばんは、フレイヤ。」


「へ?ウォーディーか?何か言った?」

返事は帰ってこない。当然だ。今日はまだウォーディたちは呼んでいない。

「お呼びですかお嬢様?」

バチン!と言う音とともに、ウォーディーが現れた。ということはやはり、さっきのはウォーディーではなかった?

「いや、別に呼ぼうと思っていた訳じゃへぶし!」

何かの声に気を取られていたわたしは、式神の投げた鉄球をもろにくらってしまった。

「大丈夫でございますか?!お嬢様!!」

「クッ!痛たた。エピスキー(癒えよ)。」

ほっぺたにガツンと鉄球があたったところがジンジンする。幸い当たり方が良かったらしく、初歩的な治癒呪文で何とかなる範囲だった。ウォーディーは真っ青な顔をして駆けてきたが、大したことはないと手を振っておいた。

「もし投げてたのが鬼だったらと思うとぞっとするな。簡単な訓練だからって油断してたわ。一歩間違えれば取り返しのつかないようなことをやってるのに。」

「お嬢様の安全をお守りできなかった責は」

「あー良い良い。油断大敵っていう教訓になったから、ウォーディーは何もしなくていいよ。」

ウォーディーが責任うんぬんと言い出す前にわたしは制した。鉄球が当たったところをさすりながら、わたしは式神を消しす。

「それにしても、さっきの声・・・一体なんだったんだ?」

と、さっきの声の正体を確かめようとしていた時だった。


―驚かせてしまったかね?フレイヤよ―


・・・声で話してるんじゃない?これはどっちかって言うと直接頭の中に響いて・・・式神ネットワークから?

ハッとしたわたしは、全式神を確認すると1146番だけ、明らかに反応がおかしい。まさか・・・と思ったわたしは、意識を集中して1146番の視界を映し出す。

―こんばんは、フレイヤ―

「はぁ・・・いつかこうなると思っていましたが、こうもあっさりやられるといささかショックです。」

目録を通してみた、1146番の視界の先に映っていたのは、

「アクシオのアでも唱えようものなら自壊して燃える程度の仕掛けはしていたんですが・・・ダンブルドア先生。」

ダンブルドア先生でした。わたしの式神はネットワークで異常がないか相互に監視させているし、その式神一体一体も不測の事態があれば即時に自壊するようにできている。正直わたしでさえもどうやって無傷で、しかもネットワークにつながったまま捕獲できたのかはさっぱり分らない。しかし現に式神の一体は先生に囚われている。頭が痛いことこの上ない。

―なに・・・こうちょちょっとな?―

片手間でやられるとは・・・と、落ち込んでいるとウォーディが心配そうに見てきた。わたしが「ダンブルドア先生とお話ししている。」と言ったら、ひどく驚いていた。

「学校長とでございますか?何か困ったことでも?」

「いや、大丈夫だ。大したことじゃないよ。」

当然と言えば当然か。こんな夜中に校長先生からの電波を受信するなんて心配されて当然だろう。

「でしたら学校長にはマッキノンの屋敷しもべとして、是非個人的に御礼が言いたいのでございますが。」

「なるほどね。多分校長室に押し掛けることになるから突いてきたらいいよ。」

とわたしは言っておいた。


「どうしたのじゃフレイヤよ?」

「ああ、すいません。ウォーディが心配そうに見ていたんで。・・・話を戻しますが、出来れば後ほどそれについて詳しくお教えいただきたいものです。先生がわたしの式神達を認めてくださればの話ですが。」

―ほほぅ。フレイヤは話が早くてよいのぅ。君の式神たちはわしが認めよう。ずいぶんよく出来とるし、群体として魔法生物の域にまで至ろうとしておる。実に興味深い。じゃが、はやり学校でこれらを使うのにはある程度の責任を負ってもらわねばならん。―

あの部屋を見張れとか来るんじゃないだろうか?いやだいやだ。めんどくさい。とりあえず先手は打っておくか・・・

「学校のために式神のネットワークを使えとおっしゃるのなら、その1146番はさしあげます。どうせ腐るほどありますしね。先生にもネットワークへのアクセス権を差し上げますのでどうぞご活用ください。先生ならいろいろな使い方が出来ると思います。」

―いや、君にわしの指定した場所を見張ってもらいたいのじゃ。この城には危険な魔法生物を閉じ込めておる部屋もあるし、危険な魔法道具をしまっておる部屋もある。更に言うなればそれ自体が危険な部屋ものう。それらの部屋に誰かが近づいたときに知らせてほしいのじゃ。―

「わたしは監督生ではありませんし、そういうのは先生のお仕事だと思います。もし、ダンブルドア先生がお忙しくて出来ないようなら、ほかの先生にソレをお渡しください。」

―ふむ・・・まあよいじゃろう。が、そこまで嫌がることもなかろうに。―

「例え相手が先生でも使いっぱしりはいやです。わたしは自分の自由を全力で守るので精一杯です。ほかの生徒までは手が回りませんよ。」

―ふむ。全く頑固じゃのう。おぬしを見ているとわし等とともに戦ったマーリンを思い出すわい。―

「先代に?あんな狂人と一緒にしないでください。血のつながりなんてほとんどないですし。と、そこらへんは置いといて、1146番を解放してくれませんか?式神たちはわたしと直接つながっているので、捕まえられていると何だかむず痒くて気持ち悪いんです。あと、どうやって捕まえたのか教えてください。ダンブルドア先生以上の使い手は居るとは思えませんが、念のためにセキュリティを上げておかないと。」

ヴォルディとかに悪用されたら目も当てられんからな。

―わかった。やり方は紙に書いてこの子に見せればよいのじゃな?―

「出来ればわたしがそちらにお伺いして、直接お尋ねしてもよろしいですか?文章だけでは分りにくいので。」

―まあ、いいじゃろう。来なさい。場所はわかっておろう?合言葉は・・・―

「パーティボッツの百味ビーンズ」

―これは、かなわんのぅ。―

「わたしが見れるのは映像までですがね、口の動きと、先生のご趣味からの推測です。ああ、校長室にはウォーディも連れて行っても良いですか?彼は先生にお礼を言いたいそうです。」

―ああ、かまわんよ・・・そうじゃ。双子のウィーズリー兄弟が"クソッタレな虫"が多すぎてかなわんと「地図」を見ながら漏らしていたのぅ―

いろいろ偽装を掛けてはいたんだけれど、式神で覗いた「忍びの地図」には2000体近くの式神がばっちり映っていて、しかもそれぞれが蠢いていたせいで、非常に使い辛いものになっていた。そろそろ何とかしないと、まずいことになりそうだ。あの兄弟が式神はわたしが操っていると気づいたら、とんでもない仕返しをしてくるかもしれない。

それにしてもあの元祖いたずら4人衆には敵わないな。どうやら「忍びの地図」はホグワーツ城「そのもの」を利用しているようだ。あの「地図」はこの城を本当の意味で知り尽くしていないと出来ない代物だ。まったく、頭が下がる。

「ああ、「地図」ですか・・・確かにばっちり写っていましたね。そのあたりの解決にもお力を貸していただきたいものです。」

―ああ、構わんよ。では、また後での。ウォーディにもよろしく言っておいておくれ。―

「わかりました。校長先生。」

ダンブルドア先生との通話を終わらせ、わたしは黙って通話を見守っていたウォーディの方を向く。電話している人を傍から見ていると、何を話しているのか分からないしな。思って心配してくれたのだろうか?よくできた従者だよ。

「と、言う訳で校長室に行くことになった。ウォーディもね。」

「承知いたしました。差し出がましいようですが、この時間に出歩いても大丈夫なのでございますか?」

ウォーディが心配するのも無理はないか。式神術の知識はこっちにはほとんどないし、そもそも類似の使い魔術でさえ実質絶えてしまっているしな。

「大丈夫。式神はわたしの目であり、手足でもある。いつも抜け道を使ってるのは念のためさ。」

「御見それいたしました。」

と、ウォーディーがこうべを垂れた。

「どうってことないさ。さあ!時間がない。行こう。ウォーディ!」

わたしはウォーディーを従え、「必要の部屋」を飛び出した。



「そこはこうしたらどうじゃ?」

「ああ、なるほど。たしかに・・・そうするとかなり効率化が図れますね。」

わたしとウォーディは夜の校長室に来ていた。「マッキノンの新しい当主としてお嬢様を紹介してくれたことに非常に感謝している。」とお礼を言ったウォーディを見たダンブルドア先生は、非常にうれしそうだった。わたしとしては目の前で生来の威厳が〜とか、素晴らしい才能が~とか、言われるのはものすごく恥ずかしかったのだが。

その後、わたしが恥ずかしさのあまり床を転げまわっている間、ウォーディはダンブルドア先生とダンブルドア先生が作ったと言うボールがとめどなく流れていくおもちゃの出来の良さについて語らった後、マッキノンの城へ帰って行った。博物館とかにあるアレ、マグル世界ではなんて呼ばれていたかな?ゴールドマンマシン?まあ、わたしとしてはピタゴラス○ッチのアレを複雑にしで、更に魔法を使うようにしたものと言ったほうが分り易いか?とにかくウォーディはわたしが復活するとすぐに会釈して去って行った。

明日の魔法薬の授業は午後からだ。グリフィンドールとスリザリンの合同授業のあとの入れ替わりで、レイブンクローとの合同になっている。だから、若干の寝坊は許される。とはいっても夜更かしはよくない。幸いまだ十時ごろだ。

校長室は趣味のいい内装に、よくわからないアイテムや、原理不明の動く物体、後、棚の中には憂いの篩もあった。フォークスは止り木に止まって眠っている。1146番はテーブルの上に置かれていた。月光で折った1146番はなぜか鳳凰型だ。

はじめは1146番の鳳凰型の式神に何か反応を示すかな?と思っていたが、フォークスにとっては取るに足らない存在らしい。よろしい、ならば改良だ。無視できないレベルにまで改良して、ダンブルドア先生を釘付けにしてやろうではないか!

まあ、それは置いといて、わたしはダンブルドア先生の手を借りて式を改良している。ダンブルドア先生は式神の知識はさわり程度しかないようだったが、わたしと一緒に式を弄るうちにあっさりと私の術を理解してしまった。これが年季の違いというものだろうか?

今は「忍びの地図」対策をしている。ホグワーツ内に居る以上、式神にはどれほどの偽装を施そうが無駄なようだ。つまり、式神を「忍びの地図」に映らないようにするのは不可能。ならばと、わたしとダンブルドア先生は視点を変えることにした。

式神は魔力が通って動く限り「忍びの地図」上では「魔法生物」として扱われて表示される。逆を言えば、魔力供給のない式神はただの「紙切れ」であり、「忍びの地図」には表示されない。式神が映らないようにするのが不可能ならば、映る式神の数を減らせばいいのだ。

わたしは監視対象が居て、起動している式神の周囲の式神だけが起動するようにし、他の「働いていない」式神への魔力供給をカットするようにした。監視対象が動くにつれて、バトンリレーのように式神を起動すれば、大部分の式神は表示されないのでウィーズリー兄弟に迷惑はかからないし、わたしも魔力が節約できてお得だ。

実のところ最近調子に乗って式神を量産しすぎたせいで、ネットワーク維持のための魔力負荷が月光に追いつきそうな勢いで増えていたので少々あせっていたところだ。新しい式をネットワークにアップロードし、インストールした瞬間、肩の荷が下りるような感じがした。

「ふー。ずいぶん楽になりました。ありがとうございました。」

わたしはぺこりとダンブルドア先生に礼をする。先生は髭をなで、

「構わんよ。なに、生徒と学校のためじゃ。ネットワークの維持にはわしからも魔力を出してもよいぞ?」

「それには及びませんよ。それよりも、次はセキュリティです。どうやって1146番を捕らえたんですか?」

「ほう。それは9月1日の夜に遡るかの・・・」

「わたしが式を放った当日じゃないですか・・・」

もう最初っからバレバレだったと・・・ショック。

「うむ。気付いてはおったんじゃが、君の指導がよいのかなかなか捕まらんくての。しばらく遠くから眺めさせてもらった。」

「監視されてても自壊するようにはしてたんですが・・・」

「まあ、そこらへんは腕の見せ所じゃ。とにかく、しばらくおぬしの式神を観察するうちにひとつの式が独立しているのではなく、連動しているのがわかったのじゃ。」

「ネットワーク化が売りですからね。わたしの式神は。まあ、出来るようになったのはつい最近ですが。マグルの最新の技術の一つを拝借させてもらったんです。」

1991年にはインターネッツなんてパンピーには無縁のものですからな。それを独力でシステム化し式神に組み込むのは大変だったと胸を張った。そんなわたしを、半月形のめがねから覗く目が見据える。

「あのような発想はついぞなかったもんじゃから、わしも一つ作ってみたくなっての。」

ほれ。と、先生が杖を振ると、テーブルの上にはミニチュアのホグワーツ城と、その中を動き回る人形が現れた。精巧に出来ているな・・・と、わたしは感嘆したが、驚いたのはそれではなかった。

「なん・・・だと・・・これは?まさか?!」

「どうじゃ?おぬしほどではないが、なかなかよく出来とるじゃろう?」

ダンブルドア先生はいたずらが成功したときの少年のように笑う。わたしは、ガーン!と稲妻に打たれたような衝撃を受けて崩れ落ちた。

「わたしが・・・日本で・・・血反吐を吐くほどの・・・リンチを受けてやっと作った・・・式神・・・ネットワークが・・・」

ダンブルドア先生が作ったミニチュアホグワーツ城の中で稼動していた人形はわたしが作った式神達と同じか、それ以上のネットワークを作っていた。なぜかその中で1164番もミニチュアの城の庭で、わたしが設定した動きでは出来ない筈の生き生きとした動きをしている。

これは式神というより、マッキノンの城でわたしを出迎えてくれたグリフィンの像や粉々にした鎧のゴーレムに似ているな。式神の性質を持ったゴーレムだろうか?

「昨日思いついての。今朝から夢中で作ってしまったんじゃ。」

「たった・・・一日でだと?!なんというジェバ○ニ」

カハッと喀血してしまうわたし。あ、ダンブルドア先生、心配しなくても大丈夫です。これケチャップなんで。それと、このイカした不死鳥のぬいぐるみ返します。

「おぬしの式神はそのネットワークとやらから切り離されると自壊するようにできておろう?式神を壊さずに切り離すことまではわしにとってはさほど難しいことではなかったが、わしも誰が作ったのか、どういう仕組みで動くのかよく知りたかったしの。そのままでは自壊してしまうこの式神を、わしの作った複製品の出来を見るためもかねて、わしのにつないで見たのじゃ。」

「そして元のネットワークには先生の作った1146番の複製を置いて、わたしのネットワークを解析していたと。」

わたしは鬼やら何やらを動員してネットワークにつながっている1146番を確認したところ、1146番はさっき渡した不死鳥のぬいぐるみに置き換えられていた。わたしは1146番は何らかの方法で「ただ捕まって」いると思っていたのに、そもそも入れ替えられていたなんて思っていなかった。しかし、それでもわたしはお茶目なダンブルドア先生がわたしを「からかう」ためにそのぬいぐるみを置いたのだと思っていた。

だが、ダンブルドア先生と話すうちにわたしの背筋は寒くなって行った。「からかう」なんてもんじゃない。このぬいぐるみは不完全とはいえネットワーク上では1146番と認識されるほど精巧な複製だったのだ。だから、わたしの想定をはるかに上回る事態が起こっていたことに、わたしはショックだったというより恐ろしかった。

「うむ。いや、おぬしの仕組みはなかなかに手ごわかったぞ?これほど手こずったのは久しぶりじゃった。」

さすが、「ウィザード」もうこの人がマグルのネットワークに手を出したら、スカイネットどころの脅威じゃすまないんじゃないか?笑い男とか、素子さんとか、BPSとか呼んでこないといけないよ・・・

ちょっと眩暈がしたわたしは目録から癒しのソファーを取り出し座った。なんというか精神的に疲れた。

「それを片手間の範囲内でやってしまう先生に、わたしも脱帽だよってやつです。そして、ハックし終わった先生がわたしに呼びかけてきて、今に至ると。」

「そういうことじゃな。」


もうだめぽ。




その後、ダンブルドア先生に手伝ってもらって、式神がネットワークから切り離された時に発動する自壊術式を改良し、また、ネットワーク自体のセキュリティ向上と不正な端末が入り込んだときの排除、それが出来ないときのための不正端末の制圧、ネットワーク自体の暗号化と、自己進化やらなにやら、ダンブルドア先生の作ったほうのネットワークから逆輸入した技術やらを組み込み終わったときには、式神ネットワークはもはや魔改造されすぎて全くの別物になってしまっていた。

初期の紅蓮から、いきなり紅蓮聖天八極式になったぐらいだ。なんか周囲に漂う魔力も吸収して稼動できるようになったので、ホグワーツの圏内ならわたしは元気玉を使えそうだ・・・赤字収支だったネットワーク維持魔力が僅かだが黒字に転じるとか・・・止めとばかりに電池めがねを式神ネットワークのモニターに改造されてしまった。先生のめがねにもよく分らない図形がうっすらと映し出されている。なんか、コナン君みたいだね。ははは・・・


「もうどうにでもな〜れ!!」

「大丈夫かね?ちょっと熱が入ってしまったようじゃのぅ。」

「まあ、要するに『ダンブルドア先生まじぱねぇ』です。以上!ありがとうございました。」

「うむ。なかなか有意義な時間じゃった。お休み。フレイヤ。」

「おはようですよ。ダンブルドア先生。それでは・・・」

一礼したわたしはソファーから立ち上がり、目録に仕舞った。わたしはさらに一礼して校長室を退室する。校長室の窓から見える地平線には太陽が昇り始めていた。ああ、今日も朝日が目にしみる。徹夜でハイになっている目の下パンダなわたしは、寮に戻るとささっと身をきれいにしてソファーを呼び出し、キングサイズになったベッドにもぐりこんだ。

最後の力を振り絞って目覚ましを仕掛けたわたしは瞬間的に眠ってしまった。今日の午後の魔法薬はどうなるのだろう?など思う暇さえなかった。
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